不帰(かえらず)の館、その46~抗する者~
「ネリィ! ドーラ!」
「ジェイク! こっちは2人とも無事だ!! そちらに行けるように努力するから、なんとか持ちこたえろ!」
「持ちこたえろと言われても・・・」
一瞬2人に気を取られたジェイクが再び振り返ったと同時に、部屋の中にあったネリィの照明魔術が消滅し、松明の明かりがかき消えた。突如として訪れた暗闇にブルンズは悲鳴を上げ、ラスカルは彼を落ち着かせるために声を張り上げ、そしてジェイクは明かりを灯すべく冷静に思考を働かせた。
相手が光を消したのは、明らかに光が苦手だから。ならばなんとしても明りを灯すべきだとジェイクは考え、ラスカルに向けて叫ぶ。
「ラスカル! 松明はまだあるか?」
「ある! だけど一本だけだ!」
「俺が攻撃魔術で光を点ける! その方向に向けて松明を投げろ!」
「わかった!」
ジェイクが必死に攻撃魔術を唱える。元々魔術が得意ではないし、それにブランディオにも「正直魔術の才能は並み以下かもな~」と言われたジェイクだが、今はそんなことを言っている場合ではない。やらなければ死ぬ。魔術に焦りは厳禁だが、それ以上にジェイクの集中力は高まっていた。魔術が発動すべくジェイクの掌に明りが灯った瞬間、ジェイクは顔のほんのすぐ右側に何かがいることに気が付いた。
振り向くまでもなくそれはややジェイクの下側から、彼の顔を覗き込むように身を折っていた。先ほどまで椅子の上に座っているはずのそれは、いつの間にか身に肉を取り戻し、音もなくジェイクに接近したのだった。
顏は長い髪に隠れてほとんど見えないまま。一瞬髪が落ちて明らかになった口元。もはや唇と呼べぬほどカサカサに乾いた二枚の花びらが歓喜に歪むのをジェイクは見た。漏れた生温い吐息が顔にかかり、何かが腐ったような匂いがつんと鼻をつく。ジェイクの背筋がぞわりと逆立つように悪寒が走った。ジェイクは直感する。この悪霊は自分達を獲物として認識した、と。
ジェイクは反射的に、詠唱途中の魔術を悪霊目がけて放った。すると悪霊は飛びのいて元の椅子のあった場所へと戻る。部屋に明かりはなかったが、ジェイクはラスカルが投げた松明が足元に当たったのを感じて、地面を剣で削るようにして出た火花で松明に炎を灯した。部屋にようやく明かりが戻った。
だが悪霊は光に身じろぎもしなかった。光が闇を照らすのではなく、闇が光を食いつぶさんといわんばかりの圧迫感。その悪霊を見て、ブルンズとラスカルも青ざめながら剣を構える。剣を構えたところでどうにかなるものではないかもしれないが、それが彼らにできる精いっぱいだったのだ。騎士としての訓練を受けているとはいえ、やはり少年。それは致し方のないことかもしれない。剣を向けるだけでも、彼らとしては最大の勇気を振り絞っていた。
その中で、ただジェイクだけが青ざめていなかった。むしろジェイクは、この敵を見た時から体の中に力が満ちていくのを感じていた。今まで感じていた疲れなど、どこかに吹き飛んでしまっている。本能が告げる。この敵は、自分が狩るべき敵だ、と。体に巡る熱い血潮を感じてジェイクは叫んだ。
「こいつは俺がやる! 2人は援護を頼む!」
「え?」
「ちょ・・・」
ジェイクは2人の返事を待たず、本能のままに踏み出した。一歩で距離を潰し、二歩で剣を抜きながら敵に切り付ける。ジェイクは低い姿勢から、居合さながらに回転運動で下から剣を突き上げる中で、悪霊の目を見た気がした。
ジェイクは突如として足の力を抜き、軸を変えることで剣の軌道を背後に変えた。すると、後ろからは束になり槍状になった髪がジェイクを貫かんと迫っていたのだ。ジェイクはそれらを全て弾くと、さらに体を捩じりこんで駒のように回りながら今度こそ剣を悪霊に向ける。とことんまで鍛えた足腰があるからこそ、できる芸当である。
そのジェイクの視界に入ったのは、髪に捕まったブルンズとラスカルが悪霊に盾にされている光景。なぜ、いつの間にと問う前に、ジェイクの剣は勢いを増したせいで止めることが困難。そしてジェイクの友人2人の影から、さらに髪の槍が迫る。
剣を止めると自らが串刺し。剣を向ければ友人が死ぬ。その極限の判断を一瞬で迫られたジェイクはいかな判断を行ったか。ジェイクは奥歯が割れるかと思うほど歯を食いしばると、逆に剣を思い切り振りぬいたのだ。
悪霊の首と共に、ジェイクの友人2人の首も宙に舞う。そして悪霊の放った攻撃は、ジェイクの体をかすめる程度で済んだ。ジェイクは首が落ちると同時に大きく息を吐きだす。また戒めが解けたかのように後ろの扉が開いて、ジェイクの帰り道を指し示していた。廊下に人気はないが、明りも戻り邪気もまた消えていた。音はなく、沈黙という穏やかな時が戻ってきたように感じられる。
ジェイクの表情には達成感も、後悔もない。明りが差す中ジェイクは開いた扉に一瞥をくれると、剣を抜いたまま扉に向かった。いや、帰るふりをして、丸机の上に放置された先ほどの日記に、突如として斬りかかったのだ。剣を深々と突き立てられた日記から、悲鳴と苦悶のうめき声が聞こえてきた。ジェイクが黙れと言わんばかりに吠える。
「茶番はここまでだ! 夢の世界なんかに、俺を閉じ込めれると思うな!」
瞬間、世界が反転した。
続く
次回投稿は、12/16(日)8:00です。