不帰(かえらず)の館、その45~狂気の愛情②~
緑が芽吹く月の17日
私の愛情がジョニに届いたみたい。
ついに彼も私の言うことを聞いてくれるようになったわ。左足と右腕がなくなっちゃったけど、そんなことは大きな問題じゃないの。私は貴方の本質をいつも見ているのだから。
だけど目の焦点が定まっていないのはいただけないわ。私の事をちゃんと見れないじゃない。まだ愛情の注ぎ方が足りないのかしら。それとも私、恋人としてジョニを甘やかし過ぎかな?
ジョニに愛情を伝える、何か良い方法はないかしら。明日、旅の商人さんが色々な風変わりな品を見せてくれるらしいから、探してみましょう。できれば尖っているのがいいなあ。ジョニに私の愛が一直線に届くように。
緑が芽吹く月の19日
昨日の買い物は有意義だったわ。
商人の持ってきてくれた品はどれも使い勝手がよかった。彼に試したら、彼自身がとても嬉しそうにしてたから間違いないわ。特に長さを調節できる鉤はとてもいいわね。紐を丈夫にしたら、天井から吊り下げるなんてどうかしら?
今晩はこの銛みたいな道具を使いましょう。一度食い込むと、傷を開かない限り取り出せないらしいわ。私の愛と同じね。
緑が芽吹く月の23日
昨日から様子がおかしかったけど、ジョニが動かなくなってしまった。
あんなに愛情を注いだのに、彼は私の愛情に応えてくれなかったのね。
彼は私の愛情を注ぐに値する相手じゃなかったみたい。
まあいいわ。昨日、とても素敵な人を見つけたの。
扉の隙間から覗いた彼は旅の若者で、パイルっていうらしいわ。剣士らしく、盛り上がった筋肉が素敵なの。体も大きいし、さぞ弾力があって、私の愛を沢山受け止めてくれるそう。今からとっても楽しみだわ。
ああ、早く沢山愛したい・・・
緑が芽吹く月の27日
釘がもうなくなったわ。今日から新しい私の恋人が増えるっていうのに、100本じゃ足らないわ。一人400本は使えるわね。パイルは体が大きいから、もう100本は使えるかしら。
ああ、こんなに私の愛を受け止めてくれるパイルがいるのに浮気するなんて、私っていけない子。でも女性だったら、沢山の殿方を手玉に取るのは一度は夢見る事よね。
そうだわ。愛し方を変えてみましょう。せっかく火窯も作ったのだし、あるいは私のお風呂の釜に抱き着かせておくのもいいわね。釜を隔てて触れ合う裸の男女。官能的で、興奮するわ。それにいい声もたくさん聞けそう。
・・・やだ。私、我慢できなくなってきちゃった。パイルの前でしちゃおうかな。そう、私の・・・
』
「ちょ、ちょっと待て!」
ブルンズがジェイクの朗読を止めた。ジェイクとしてもそろそろ読むのに疲れてきていたので、ちょうどよい所で朗読が途切れたと言ってよいかもしれない。ここより先をジェイクはちらりと見たが、ほとんどパイルの苦悶の言動が書かれているだけだったので、朗読しなくて正直ほっとしている。
ジェイクはブルンズがなぜ自分を止めたのかを気づきつつも、聞き返す。
「どうした?」
「これ、変だろ? どう考えても、こいつ頭がおかしい」
「それはこの館に入った時からわかっていたことさ。頭のまともな奴が悪霊になんかなるはずがない」
「だけど、いくらなんでも限度があるんじゃないのか? 普通の殺し方をしてねぇよ。それにこの日記が本当だとしたら、こいつが殺した人数は百どころじゃないだろ? そんな殺人鬼、どんなアルネリアの記述にものってないだろう?」
「記述に載らない殺人者なんていっぱいいるだろう。英雄と呼ばれる歴史上の人物は、そのほとんどが殺戮者だ。それも桁違いの。
それに・・・この日記の主は殺したつもりはないんじゃないだろうか」
ドーラがぽつりと言い放った。その言葉に含まれる意味をジェイクは瞬時に理解したが、同時にわかりたくもなかった。日記から滲み出るのは悪意ではない。むしろ・・・
「じゃあどういうつもりだって言いたいんだよ?」
「遊んで・・・いや、違うな。『愛している』んじゃないだろうか」
「愛して・・・・・・愛して?」
「そう」
困惑するブルンズをよそに、ドーラは続ける。
「そう、この悪霊は全員を愛している。ここに閉じ込めた人間、あるいは殺害した人間を全部。たまにいるのさ、こういう殺人鬼が。この手の奴は非常に厄介だ。説得も通じないし、何より会話そのものが成立しない。会った瞬間に殺すしかないけど、既に相手は死んでいるはずだ」
「なんでわかる? 依頼では悪霊って話だったが、まだ決まったわけじゃないぜ?」
「日記の日付を見てみな。最初と最後でね」
ドーラの言うとおり分厚い日記の最初と最後を見たジェイク達の目が見開かれた。日記の最初と最後では、日付に200年近い開きがあったのだ。
「おい・・・ってことは何か? こいつは悪霊になっても、日記を書き続けたっていうのか? 殺した人間の事を詳細に?」
「そういうことだろう。今までの話が本当ならこいつは人間だ。悪霊になったことも気が付かず、こいつは人を愛するという名目の元、殺し続けた。あっちの本棚の背表紙を見たが、ジョニやパイルといった題名がある。あれは個人別に何をしたかがまとめてあるのだろう。200年以上に渡る、全ての行為を」
ジェイクは本棚に近寄って本を見比べた。ジョニ、パイル、ドーマー、アルソン、トルー。他にも夥しい数の本が見つけられたが、それらは全て人の名前が入っていた。ざっと見積もって千以上はあるであろう本の数に、少年達は言葉をなくして立ち尽くした。この奥に隠し部屋があって、そこにさらに多量の本が収められていることには気づかなくて幸いだったかもしれない。
ジェイクとてどうしたものか。神殿騎士となれば敵は容易ならざるものになるだろうことは聞かされていたし、またある程度以上の覚悟はしていたつもりだった。だがこの敵はあまりに異常だ。この敵と戦うことが正解かどうか、ジェイクに初めて迷いが生じていた。誰もがしんとして立ち尽くす中、突如としてぎぃ、とロッキングチェアーが揺れた。
静寂の中に突如として発生した音に、少年達の注意が集まる。椅子はぎいぎいと軋む音を立て、ゆっくりと揺れていた。見れば、手すりに乗せられていたはずの遺体の右腕がだらりと垂れさがっていた。その衝撃で椅子が揺れているのだ。
ブルンズがはーっと溜めていた息を吐いた。
「なんだ、驚かすなよ」
「・・・いや、驚くところだよ」
「んだよ。手が垂れ下がっただけだろ? 閉まりっぱなしの部屋が開いたんだ。部屋の中の環境が変わってもおかしくないだろ。温度とか、湿度とかよ」
「ブルンズにしては理知的な意見だけど、そうじゃないみたい・・・髪を見て」
ネリィが杖を構え、唇を震わせながら後退している。彼女の前に立ちふさがるようにドーラが守り、ジェイクとラスカルも剣を抜きながら後ずさっていた。彼らが等しく気にしているのは髪。最初は多少流れる程度に長かっただけの髪は、今や床の半分を覆い尽くさんばかりの勢いで伸びていたのだ。ブルンズも遅ればせながら気が付いたが、彼には珍しく無言であった。もはや驚くことでできる隙すら死に直結すると、彼にも感じられたのだ。
そしてネリィとドーラが出口を確保せんとひさしに足がかかる頃、彼らは突如として後ろに引っ張られるように姿を消し、部屋の扉はその重さに似つかわしくない速度で閉じてしまったのだった。
続く
次回投稿は、12/15(土)8:00です