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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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不帰(かえらず)の館、その44~狂気の愛情①~

「なんで勝手に開いたんだ?」

「知らないわよ。中に人がいる、とか?」

「外から錠前が下りた部屋の中にか?」

「何があってもおかしくない場所だしね。あるいはそういう事もあるかもしれないが、どっちにしても行くしかないだろう。後ろの方がまずそうだ」

「え?」


 ドーラが指し示す後ろでは、少しずつ灯したはずの明かりが一つずつ消えていくのが見えた。そこそこに長い廊下ではあったが、入り口付近にはちゃんと明かりをともしたはずだった。なのに、いつの間にか半分近い明かりが消えている。そして開け放ってきたはずの扉もまた、いつに間にか閉じていた。

 恐るべき光景に、少年達は自然と扉の中に入る決断をした。どちらにしてもこれは罠だとしか考えられなかったのだが、他に取るべき選択肢がないことも事実である。少年達はジェイクを先頭に、身を寄せ合うようにして最奥の部屋へと入って行った。

 中を改めて照らすと、突如として浮かび上がった人影にまたしても全員の動きが固まった。この館に入ってから既に何度目かの驚きだが、一向に慣れはしない。既に彼らの心境としては、一年分以上の驚きを体感していた。

 浮かび上がった人影は女性であろうと想像された。正確には女性であったろうと想像されるのだ。ロッキングチェアーに座ったまま死んだであろうその女性は、手を見る限りでは既に白骨と化している。だがそれ以外の部分は異様に黒々とした、地面に流れるほどに長い髪に覆われてまるで見えない。女性だとかろうじてわかるのはその長い髪と、そして衣服が女性のものであるということだけだった。

 ジェイクは改めて視線を遺骸から外し、部屋の様子を見渡した。部屋はその女性がいる場所を角として、三角であったのだ。別の一角には本棚。もう一角には丸机があり、机には本が一冊乗っている。本棚はかなり大きなものであり、そこにはぎっしりと背表紙が赤の本が詰まっていた。はちきれんばかりに本が詰められたその本棚は、まるで敗れる直前の風船を見るかのような切迫感を人に与える。ただし、中から出てくるのは決して空気などではなく、もっとおぞましいものだろうということだけは確実だった。

 ジェイクはどこから手をつけるべきか悩んだが、机の上の本をまず手に取ると、松明をドーラに託して読み始める。後ろからネリィとラスカル、ブルンズも覗く。本を手に取ったのはさして深い理由はない。この状況であからさまに怪しい死体に近づく勇気はなかったし、たくさんの本よりも一つの本が選びやすかったからだ。

 ジェイクが一つページをめくると、そこには斜体で書かれた文字が見えた。だが速記に近い速度で記すはずの斜体でありながら、文字は丁寧。それはこの本の持ち主の性格と、そして内容を誰かに見せることを前提で書いたのではないかと想像できる。

 ジェイクはさらに1頁めくってみせる。


「これは?」

「・・・日記だと思う」

「読んでくれよ。暗くって文字が見えねぇ」

「読むぞ?」


 日記の文字は独特だが美しいといって差し支えない程度であり、日記の主の高い教養が垣間見えた。


『緑が芽吹く月の3日


 今日、新しい館が完成した。お父様からの贈り物。大切に使わないと。もう愛の行き場に困ることもない。

 私の大好きなお父様。私が頼めばなんでも揃えてくれる。

 でも今の部屋の数じゃ少ない。もっとたくさん作ってほしいわ。

 私の愛情はピレボスの頂きより高く、大海よりも広く深いのだから。お父様は私の愛の程を知らないのね。恥ずかしいけどわかってもらえるように、ちょっとずつ示していたのに。

 愛情表現って難しいわ。



 緑が芽吹く月の10日


 今日、さっそく私の愛するべき人が現れた。

 名前はジョニ。遠い国の貴族だそうなの。この屋敷には物珍しさで訪れたのですって。

 お父様の館は芸術品だものね。でも、私の館も見てほしいわ。この館は私が設計したの。作ってくれたのはお父様と執事と、使用人達だけど。

 ああ、そうだ思い出したわ。お父様と執事はもちろんだけど、人足達も私は大好きなの。私のために屋敷を作ってくれたのですもの。

 だから私がたくさん愛してあげたいの。でも一度に50人にも愛情は注げないのね。私の不器用さを恨んで?

 しょうがないから、みんなに愛することにしてもらったわ。ちゃんと調理場のお肉の中に混ぜておいたから、きっと大丈夫。もうすぐお友達の元に行けるからね? 明日ジョニを歓迎するパーティーが開かれるから。でも、見知らぬ人にも接してしまうかも。人見知りの方がいたら、ごめんなさいね。



 緑が芽吹く月の11日


 ジョニが私の元に来てくれた。嬉しいわ。彼もとっても嬉しそう。

 だって、あんなに目を見開いて私を見てくれるのだもの。でも少し口数が多いわね。私はもっと言葉少なの殿方が好みだわ。

 そうだわ、口を縫ってしまえば口数は減るわね。針と糸を用意しましょう、できるだけ太い方がいいわね。私ってほら、不器用だから。あ、でも細い糸でも何度も縫えば大丈夫よね? 裁縫道具はどこかしら?



 緑が芽吹く月の15日


 困ったわ、とても困ったわ。

 ジョニが中々私の言うことを聞いてくれないの。

 糸をすぐに引きちぎるし、扉を叩いて「ここから出せ」と叫ぶの。

 扉を叩く音がうるさくて書き物に集中できないから、手を壁に打ち付けてあげたわ。これで少し静かになる。私の愛情も伝わるし、一石二鳥ね。でも釘って思ったより耐久性がないの。五寸釘じゃ弱いのね。登山の足場に使うような、もっとしっかりした作りのでないと。

 そういえばジョニって、口数は相変わらず多いの。どうやらジョニはそんなに私の事好きじゃないみたい。それに頭もよくないのね。

 いっぱい愛して愛されるかと思ったのに、私の運命の人じゃなかったかもしれない。でも貴方を愛した責任はきちんと最後まで取るから、安心してね。

 明日はさらにあなたを愛するために、蝋を用意しているの。蝋なら糸よりも頑丈だと思うのね? 貴方にも、きっと届くはずよ。



続く

次回投稿は12/13(木)8:00です。

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