不帰(かえらず)の館、その40~真実の入り口~
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「おいジェイク、どういうことだ?」
「何がだ?」
「ここは最初に俺達が入ろうとした扉じゃねえか!」
ブルンズが指さしたのは、最初にラファティの手を払った扉である。そしてブルンズの大声に扉が一番驚いていた。扉はウルティナに凄まれて最初の勢いをなくしたのか、手を左右に振りながら「自分はもう関係ない」とでも言いたげにしている。言葉にはしないが、ブルンズの気持ちはジェイク以外が全員同じであった。
だがジェイクは務めて冷静であった。
「いや・・・俺は最初からなんだか違和感があったんだ。目の前に正解があるのに、何かが違う気がしていた。それに、どんなに歩いても相手の懐にたどり着く気がしない。その答えをずっと歩きながら探していたんだ。それでも新米だし騎士だから、指揮官の命令には従おうと思っていた。
だがようやくわかった。全員まとめて騙されていたんだ。こいつに」
ジェイクが扉を指さす。扉はまだ手を左右に振っている。
「おいおい。こんなふざけた奴がどう正解だってんだよ?」
「こいつに聞けばわかる」
ジェイクは剣を抜き放つと、扉にぴたりと突きつけた。扉の手の動きが止まる。
「今からお前を壊す。悪く思うな」
「ギ・・・ギイイイィ!」
扉は自らの危機を察したのか、急に吠え立てジェイクに襲いかかろうとした。扉の中から槍が突出し、ジェイクを串刺しにしようとする。
ジェイクは槍を躱し剣を突き立てようとしたが、槍は続けざまに飛び出してきた。ジェイクは構わず剣を振り下ろし、取っ手部分の手を両断した。扉の動きはぴたりと止まり、ジェイクを突き刺そうとした槍もジェイクをよけたところで止まっていた。
その槍を逸らしたのは、ドーラとラスカル。ドーラは冷静なままだったが、ラスカルは真っ青な顔をして冷や汗をかいている。
「む、無茶しやがって!」
「悪い。でも二人が飛び出してくるのが見えたから」
「信じてくれるのはいいことだけど、一つ間違えれば死んでいたよ? 感心はできないな」
「死なないさ。ここではね」
ジェイクはドーラの顔をちらりと見ると、意味深な表情をした。ドーラは真剣に忠告する表情で返したが、二人の間には沈黙が流れただけである。
気まずいとも取れる空気にラスカルがはっとする。
「そういえば、ブルンズは?」
「・・・後ろだ」
ブルンズは剣を抜いたものの振り下ろす先がなくなったのか、剣を上段に構えたまま止まっていた。飛び出すのが遅れたのだろうか、振り上げた剣の降ろし先に困っているようだ。
「何やってんだ」
「いや、それは、そのう」
「どんくさいんだから」
ネリィがブルンズの膝裏から蹴りをくらわせながら前に出る。同時に扉はゆっくりと地面に倒れると、元の扉としての形を取り戻し始めた。
「これでいいのか?」
「ああ、いいと思う。元の場所を見ろよ」
ジェイクが指さしたのは扉があった入り口。扉はそこから飛び出すようにしてジェイク達に襲いかかったわけだが、扉がなくなった以上はそこはただの空洞になっているはずであった。
なるほど、ジェイクの指摘する通りただの空洞がそこに開いている。そう、先に示されるべき館の内部はそこにはなく、ただの空洞だったのだ。
「これは・・・」
「まともな入り口じゃなかったんだろうな、最初から。ここから入るとそれぞれ別の場所に転移させられる、とか」
「なるほど、労せずして全員を分断できるね。それならもっと上手いやり方があったような気もするんだけど、どうしてこんな中途半端なことをしたのかな? 最初からただの扉のふりをしていれば、僕達は最初からばらばらだったろうに」
ドーラの指摘ももっともである。全員がドーラの言葉に同じ意見を持ったが、ジェイクだけは違っていた。
「そうだな・・・一度にいると厄介だったけど、一気に殺すつもりはなかった、とか?」
「はあ? わけがわかんねえ。こっちを叩くなら、素直にそうすりゃいいじゃねぇか」
「敵は貴方みたいな単細胞とは違うのよ、ウスラデブ」
「な、なな、なんだとぅ!」
「はいはい、そこまでぇ」
取っ組み合いになりかけたネリィとブルンズをラスカルが引っぺがし、事なきをえた。どうにもネリィはドーラに果敢に迫るようになってから、他の男子への当りが厳しい。ブルンズに対して貴族という遠慮がなくなってからは、彼にだけは一段と厳しいかもしれないが。
ドーラとジェイクが苦笑する中、地面に倒れた扉は元の扉へと完全に戻っていた。今度は元のように厳めしい造りではなく、普通の扉、というには少し違うかもしれないが、木造りの観音開きの扉へと変貌を遂げていた。大きさも一回り、二回りほど小さくなったように感じる。ジェイク達が開けるにも不都合はなさそうな大きさだ。
「これは」
「開けてみよう」
ジェイクはためらう他の仲間に先がけて扉を開く。扉が今にも崩れそうなほど軋みながらその内を晒したが、その先には今度は石造りの階段が地下に連なっているだけだった。らせん状に連なったその先は真の暗闇であり、ほんの数歩先からは見えなかった。不自然なまでの暗闇に、ジェイクも少し息をのむ。後ろからはドーラが同じように覗いている。
「ジェイク。これは何だと思う?」
「多分、これが本当の館なんだと思う」
「はあ? じゃあここに立っている館は何なんだよ?」
「知らないよ。でも、こっちが本命だ」
「ジェイク、勘か?」
「勘だ!」
ドーラの問いにジェイクは間髪入れずに答えた。ドーラは大きく一つ息をつくと、ジェイクに先だって歩き出したのだ。
「よし、行こう」
「おいおい、いいのか? 俺達だけじゃ心もとない。ここは報告するのが妥当じゃないのか?」
ラスカルが冷静にドーラを引き留める。彼は他の誰かの合流を提案するが、ドーラとジェイクはそろって首を横に振った。
「普通ならそうだが、こんな館じゃ誰と合流できるかわかったもんじゃない。それにここに戻ってこれるかも怪しい」
「時間も惜しい。もうあまり時間をかけていられないかもしれない」
「どういうことだよ」
ブルンズの問いにジェイクが答える。
「この館に入ってから、どんどん嫌な感じが強くなってる。最初は奥に進んでいるからだと思ったけど、そうじゃない。最初から俺達は奥に進んでなんかいなかったんだから。
確信したのは敵を倒している時。敵が倒れるたびに、嫌な感じは強まっていった」
「本当かよ?」
「もしかしたら・・・」
ネリィが口をはさむ。
「ここって城、なんだよね? 教書の一つに書いてあったけど、結界って異物が多いとその力を発揮しにくいんだって。その異物っていうのがもし敵だとしたら・・・」
「そうか。敵を倒せば倒すほど、城は効果を強める」
「だとしたら、もうほとんど敵が残っていないのかもしれない。俺達以外いなくなったら、どうなるのか想像もつかないな」
「ってえと、雑魚を全滅させる前に早いとこ敵の親玉を倒した方がいいってことか?」
「そうかもな」
全員話が飲み込めてきたようだ。ブルンズが一つ掌をぱんと叩く。
「なら先に進もうぜ! 敵の親玉を潰せば俺達の勝ちだ!」
「あんたねぇ・・・さっきから全然役に立ってないくせに」
「いいじゃないか。ブルンズみたいな元気が僕達には必要だ」
「枯れ木も山の賑わいってね」
「おいラスカル! 誰が枯れ木だって?」
ラスカルが軽口を叩いたのをブルンズは非難しかけるが、
「そうね。枯れ木じゃなくて、荒野にも豚の悲鳴、ってとこかしら」
「おい! マジで怒るぞ?」
「はっはっは、本当にみんな元気だな」
ドーラが笑い声をあげたので、ジェイクはぎょっとして彼を見た。ドーラとは既に長い付き合いになりかけているが、彼が声を上げて笑うのを初めて見たからだ。くったくのない笑顔にジェイクは気を取られたが、同時に妙に大人びた彼の笑い方に、彼の本質を見た気がした。
空気が一瞬だけ和らいだした気がしたのもつかの間。ジェイクは背後に迫る殺気を感じて剣を抜いて身構えた。ドーラもほぼ同時に剣に手をかける。他の三人はまだ何も感じてはいないが、動きと反応だけは熟れてきていた。
「敵か?」
「ああ。それも大勢だ」
「どこから来る?」
「・・・全部みたい」
ネリィが見たのは、四方八方から出てくるヘカトンケイルの群れだった。館の窓から、陰から出てくる彼らは、その数が多すぎて数えきれないほどだった。さっと全員が青ざめる。
「どこにこんなにいたんだよ・・・」
「俺が聞きたい」
「どうするジェイク? 無視して中に入るか?」
ラスカルが青ざめながらもジェイクに指示を求める。彼の表情は明らかに戦いを避けてほしいと訴えていたが、ジェイクもそれは同意見であった。だが、
「あいつらを無視してこの下が行き止まりだったら、挟み撃ちだ。倒すか、足止めするかどちらかだと思う」
「倒すったって、数が多すぎるぜ? 自慢じゃあねぇが、俺は一人じゃ一体も倒せねえ」
「ほんっと、自慢にならないわね!」
「るせぇ! こんなところで見栄なんか張るか! で、どうすんだ?」
「・・・」
ジェイクは悩んでいた。戦うにしても囲まれた状況では無理だ。だが一度脱出して体勢を立て直せば、間に合わないのではないかという予感がひしひしとする。もっとも現実的な手段。それは自分以外の者にここで足止めをさせる事。
「(だけど、そんなことをさせればきっと全員死ぬ・・・くそぅ、人を率いる時にはそういう判断だってしなければないないと、思ってはいたのに!)」
ジェイクが正規の神殿騎士団として任命された時、ミリアザールに呼び出されて言われたことを思い出す。
「(ジェイク。おめでとう、とは言わぬぞ)」
「(なんでさ?)」
「(ワシとしては、まだおぬしの昇格は先にしたかった。できれば今の一連の騒動が落ち着くまでは、周辺の一般騎士団で過ごしてほしいと思っていた。だが状況が許してくれぬ。ここから先、普通の時代では遭遇せぬほどの悲惨な戦が数々発生するかもしれん。巻き込んだことを許せ)」
「(よくわかんないけど、俺は目標に近づいているんだろ? なら別にいいさ)」
「(気楽よな・・・若い、というよりは幼いの。だが一つ覚えておけ。力ある者には責任が付きまとう。責任には犠牲がつきものだ。おぬしはこれから先残酷な判断の連続に悩むことになるだろう。夜はやがて安息の時間ではなくなり、眠ることのできぬ日々がおぬしに訪れるかもしれぬ。そんなときはワシに相談に来るがよい)」
「(・・・? わかった、そうする)」
ジェイクはミリアザールの助言をその時はなんとなく流していたが、その意味をそれからずっと考えていた。なんとなく他の人に話を聞きながら、残酷な決断とはどういったものかを想像していたが、覚悟は伴っていなかった。現実に判断する場面になると、どういった選択が正しいのかまるでわからない。
「(ああ、ミリアザールが言っていたのはこういうことか。こんなの、判断できるわけないじゃないか。だけど、それでも俺は・・・)」
ジェイクが考えたことを口にしようとした矢先、ヘカトンケイルの囲みの一部が吹き飛ぶ。ヘカトンケイルを蹴散らしてジェイクの眼前に立ったのは、銀髪の美しい女性だった。
「無事か?」
「あ・・・ルナティカ?」
ジェイクはリサの隣にいながらほとんど会話することもなかったこの女性の出現に驚いた。思い返せば、口をきいたのも初めてかもしれない。だが血に塗れた無口な女戦士が今は頼もしい。
「どうしてここに?」
「リサの頼みだ。そして伝言がある」
ルナティカは近づいてきた一体を吹き飛ばしながら、ジェイクを一瞬だけでもちらりと見た。
「『一人でなんでもしようとするな。上手く周りに助けを求めろ』だ、そうだ。確かに伝えた」
「あ、ちょ・・・」
ジェイクが止める暇もないまま、ルナティカはヘカトンケイルの群れに突撃していった。ルナティカの一撃で削られていくヘカトンケイル達を見て、ジェイクは決断する。
「彼女に任せて、俺達は地下に行く」
「いいのか?」
「いいんだ。ルナティカは俺が一番してほしいことを知っている」
ジェイクはちらりとルナティカの戦う姿を見ながら、彼女の異変に気が付いていた。ルナティカは返り血を浴びない戦い方をすると聞いていた。それが今やヘカトンケイルの返り血など気にしないとばかりに、愚直な突撃を行っている。彼女にも余裕がない中、ルナティカはジェイクを進ませるためにここにきてくれたのだ。
リサは、このことを予見していたのだろうかとジェイクは考え、同時に感慨深い気持ちになった。
「(まだまだなんだな、俺は)」
「おい、ジェイク! ぼやっとすんな!」
既に明かりを魔術で灯しながらネリィとドーラは先に進んでいる。後にはブルンズが扉を閉めながら、ジェイクを待っていた。襲ってくるヘカトンケイルはいやしないかと、ひやひやするのも隠そうともせず。
ジェイクはどこか安堵した気持ちになり、彼の開けてくれている入り口から地下に潜るのだった。
続く
次回投稿は、12/5(水)9:00です。