不帰(かえらず)の館、その39~リサの切り札②~
「ぐううぅ・・・ううっ!」
「何っ!?」
リサは一角兜の右腕の筋肉がまだ収縮しているのを悟ると、いち早く飛びのいた。リサの反応が過敏になっているからできた芸当だが、普通なら間に合っていない。現に一角兜の拳はリサの前髪をかすったのだ。
リサが驚いたのはそれだけではない。ヘカトンケイルが口をまともにきき始めたのだ。
「驚いた小娘だ。死んだかと思ったぞ?」
「馬鹿な、化け物が口を・・・」
「驚くことはない。我々の想像主は日々研究を進化させている。既に魔王にも口をきく者もいれば、自らの意識を残している者もいる。我々ヘカトンケイルと呼ばれる一群には、まだそこまでの能力は備え付けられている者はいないそうだがな」
「なんですって?」
リサは相手がそこまで進化していることに、驚きの色を隠せなかった。このまま相手の研究が進めば、どこまで敵は強くなっていくのだろうか。
「ではあなたはなぜ喋ることが可能なのですか? 説明がつかないではありませんか!」
「俺達ヘカトンケイルの新型には、死に瀕した時にのみ発動する、制限をはずすような装置があるようだな。話せるようになったのはその副産物のようだが、詳しくはよくわからん。そのための実験台だと俺達は言われたからな。俺達でどのような行動をとるのか、あるいはどのような結果になるのか創造主は試しているんだろうさ。
もっとも向こうの奴は、制限が外れる前に細切れにされたようだが? 役に立たん奴だ」
一角兜のヘカトンケイルは吐き捨てるように、はるか向こうでアリストに倒された個体の事を馬鹿にした。どうやら彼らに憐憫の情など、微塵も持ち合わせていないらしい。
一角兜のヘカトンケイルはリサの剣を首の筋力でへし折ると、柄をゆっくり抜いて投げ捨てた。
「さて、覚悟はいいか? もう俺の寿命は数刻とないだろうが、もはや貴様に遅れを取ることもないだろう。死が決まった代わり、それまでの再生能力は先ほどまでとは比較にならん。半端な傷では俺は死なん。
ここから先、貴様の勝ち目はない」
「勝ち目はない・・・確かにそうかもしれません」
リサは一角兜の言葉を肯定する。一角兜の動きが止まる。
「死を覚悟した・・・わけではなさそうだな。何を考えている?」
「いえ、たまたまなのですが、私の友人には小道具を作るのに長けた者がおりまして。さっきの薬もそうですし、中には爆薬のようなものを作ったりとか、妙に鉱石なんかにも詳しくて。自身は錬金術師か薬師あたりの出自だと言うのです。本人もよくわかっていないあたり、なんとも妙な話ですが。血は争えないということですね。
最初はただの乱暴者かと思っていたのですが、事実なかなかどうして制作物に関する造詣が深い。実は私が使った先ほどの仕込み刀。あれもその友人の製作物の一つでして」
ヘカトンケイルの動きは止まったままだが、言葉にはわずかに動揺が見えた。リサが当然気づかぬはずがない。
「・・・どういうことだ?」
「いえ、別段大したことではないのですよ。ただリサもその仕込み剣を使うのは今が初めてですし、その友人の言った言葉が本当だとはどうしても信じられなくて。まさか刀から沁み出す成分が、相手の血と結合して爆弾になるなんて、ね」
ヘカトンケイルが凍りつく。リサはふっと笑った表情で一角兜を見た。
「いやいや、リサも色々質問したのですよ。そんな都合の良い剣があるものか。だいたい相手の血糊がついたら、私の剣も危ないじゃあないかと。するとね、とても面白い言葉を返すのです。『空気と触れ合ったら効果がなくなるし、衝撃を加えないと爆発しないから大丈夫』ですって。
ということは、あなたの体内では今まさに爆薬が作られている最中ということになります。リサの剣が半分以上体内に残っているのですから。これは動かない方がいいのではないかと、リサは思うのですけどね」
「でたらめを・・・」
「あ、ちなみに」
リサがち、ちと指を振る。
「爆薬の一部が心臓に届けば、その拍動でも爆発すると友人は言っていました」
「ふざけるな!」
一角兜は不安を振り払うように動こうとした瞬間、中から爆ぜて粉々になった。返り血をリサはローブで凌ぎながらつぶやく。
「ああ、だから言ったのに・・・リサの言葉を信じないのがいけません。ちなみに最後の心臓のくだりは真っ赤な嘘ですので、動かなければ助かったかもしれませんね。あ、どちらにしても死ぬのでしたか。リサちゃんの完璧勝利は確定事項だったようですね?」
リサが勝ち誇ったように周囲のヘカトンケイルを見ると、彼らは一様にその場を離脱し始めた。どうやら指揮官が倒れた場合、逃走行動をとるように命令されているのだろう。動きには恐れや焦りといった感情は見られない。
リサは敵が撤退したのを見届けると、懐から青い丸薬を取り出し、おもむろにそれを飲んだ。
「(とはいえ・・・あそこで動いてくれて助かったのです。正直これ以上行動していたら、体中の反動が限界を超えている所でした。今の段階でも、もはやこれ以上動くことは不可能に近い。体中の筋肉が悲鳴を上げているのです。
しばし、このまま休まないといけませんね。それにしても胸まで苦しくなるとは。心臓もやはりミランダの言う通り、筋肉ということですか。やはりこれは不死身に等しい再生能力を持つミランダだからできる芸当。とはいえ、痛みを感じないわけではないでしょうに・・・)」
赤い丸薬は人間の限界を忘れさせる。痛みも消え、動ける以上は自らの潜在能力を強制的に全開放にするに等しい。ただし痛みを感じない以上、引き際を謝ると自滅することになるとミランダは忠告した。
青い丸薬は赤い丸薬の中和剤。飲めばすぐ効くはずだが、体にたまった疲労を回復するものではない。つまり、青い丸薬が何らかの理由で失われれば、それは命を失うのと同義であることを示している。
リサは袋の中にある二つの丸薬を見ながら考える。
「使える時間は30秒程度。そして反動が癒えるまでの時間も計算しないといけませんね。これでリサも並以上に戦えるようにはなりますが、なんでも便利なものはないということですか。やれやれなのです」
リサはその場にうずくまりながら、後ろから聞こえるアリストの声に耳を傾けようとしていた。その彼らをこっそりと陰から見守る姿がある。
「あれ? 僕の出番がなくなっちゃったね。大したもんだよ、あのヘカトンケイルを仕留めるなんて。リサちゃんは流石にいい女だねぇ」
ドゥームが楽しそうに笑う。
「だけど切り札をもう切ったのはまずかったかもね。知っていればどうということはない手札だ。それにしてもアノーマリーは面白い物を作る。あのヘカトンケイルはいつになったら量産できるようになるのかな? 後で聞いてみようか。
だがこれで『城』の中の異物もなくなり、ますますインソムニアはやりやすくなったのだろう。敵を倒せばいいってもんじゃないんだよ、アルネリアの皆さん」
ドゥームはくすりと笑うと、その場から姿を消すのだった。
続く
次回投稿は、12/3(月)8:00です。