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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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不帰(かえらず)の館、その38~リサの切り札①~

 そしてもう一方では。アリストが周囲のヘカトンケイルを蹴散らした瞬間、リサが飛び出していた。ルナティカがいない今、決定力に欠けるこの面子ではいずれ押し切られるのは目に見えている。リサは切り札を持つ自分がなんとかしなければと考えていた。

 リサにはもちろん勝算がある。だが、安全の保障はなかった。計算高いリサがこのような勝負に出るのは非常に珍しい。逆に言えば、それほど追い詰められているとも取れる。

 リサは飛び出す前に、懐の赤い丸薬を口に含んでいた。効き始めるまでに多少時間差のある丸薬であり、また効果が出始めるといつものような精度の高いセンサー能力が使えなくなる。つまり、効果が出始める前に敵に接近し、接近した瞬間に効果が出るのが最も望ましい状態であるのだ。

 一歩間違えれば八つ裂きにされる。リサとてアルフィリースと出会ってからは剣術のなんたるかも多少学んでいるし、また組手も積極的に教わっていた。実は人並み以上に戦えるはずなのだが、実践はリサにとっても久しぶりである。


「まともな戦闘はルキアの森以来ですか。やれやれです」


 リサは周囲に群がるヘカトンケイル達の武器を躱し、目標とするヘカトンケイルの元に進んだ。敵の得物は弓。当然のごとく敵は距離を取っている。まだ50歩くらいはあるだろうか。

 最初の弓が唸りを上げて飛んできた。鋼鉄で出来た矢を飛ばしてくるあたり、相手はやはり人間の力とは思えなかった。人であれば2~3人はまとめて串刺しにしそうな勢いの矢である。

 だがいくら威力があっても、当たらなければ意味がない。リサは余裕をもって躱すと、さらに前に出た。矢の風圧こそ凄まじいが、それだけであるとリサは思っていたが。その他のヘカトンケイルの群れを抜けたところで、リサはその足を思わず止めた。


「ちょ・・・それは反則でしょう?」


 なんと、ヘカトンケイルは矢を3本同時につがえていたのだ。3本同時に打たれることは、さしもリサにも経験がない。矢の先から軌道を読むことは可能だが、矢じりはゆらゆらと揺れ、狙いを最後まで定めないように工夫されている。明らかにリサの能力を知ったうえで、対策を立てているのだ。

 リサの顏に冷や汗が垂れる。ここからは、抜き差しならない命のやり取りになることがわかったからだ。


「ちっ!」


 リサが小さく舌打ちをした瞬間、矢が放たれた。リサは横っ飛びでそれを躱すが、矢の風圧が足に当たるのを感じた。リサが転げまわって体勢を立て直すと、その時には次の矢が構えられている。矢は一角兜のヘカトンケイルの足元に山のように突き立てられており、準備は万端であった。あの矢をすべて躱す自信はリサにはない。


「横の連中が矢を補充するのですね。やる気まんまんじゃないですいか。今まで何もしようとしなかったくせに!」


 リサが悪態をつきながらも矢を躱す。流れ矢に巻き込まれて他のヘカトンケイル達が次々と倒れているのだが、誰もそんなことにかまう余裕はなかった。焦っていたのはリサだけではなく、一角兜のヘカトンケイルもそうだったのである。

 変化のないやりとりに業を煮やしたのか、一角兜のヘカトンケイルが顎をしゃくると傍の部下達が別の矢筒を取り出した。中からは矢じりが口の形に変化した矢が取り出される。また矢の尾も対称の形ではなかった。

 リサも武器の変化に気が付く。


「あの形・・・まさか!?」


 一角兜のヘカトンケイルはその矢を3本つがえると、いっそう引き絞って放った。すると矢は今までよりも甲高い音を発し、その軌道を曲げながらリサに襲いかかったのだ。


「!」


 リサの表情が硬直する。形から想像はしていたが、現実に軌道が変化する矢などどうやって対応すればよいのか。放った当人すら、その軌道を予測しているとは言い難いのだ。軌道が仮に感知できたとしても、反応が追いつかなければ意味がない。リサにとって絶体絶命であった。

 矢が唸りを上げながらリサの喉笛に噛みつこうとしたその時、リサでさえ予想もしない結果が待ち受けていた。

 なんと、リサが素手で矢の一本を受けていたのである。もちろん他の二本は躱している。目前に迫った矢じりをわしづかみにし、リサは止まっていた。


「ふう・・・どうやら効果が現れてきたようですね。ここからは、私の番ですよ?」


 リサはぎろりと一角兜のヘカトンケイルを睨み据え、矢を素手で投げ返した。当然ヘカトンケイルには突き刺さる道理などないわけだが、矢の勢いは凄まじく、一角兜は思わぬ衝撃に一歩後ろへとあとずさってしまった。

 その隙に、リサがあっという間に目の前に迫った。ヘカトンケイルも驚いたが、一番驚いたのはリサである。一歩踏み込んだだけでそこまで前進してしまったのだ。


「う、あっ!」


 リサは反射的に膝を出して、一角兜の横っ面を蹴飛ばした。そうしないと、一角兜の角がリサの腹に刺さりそうだったからだ。だが軽く蹴り飛ばしたはずの一角兜は、壁にめり込まんばかりの勢いで横に吹っ飛んだのだ。

 一角兜を蹴飛ばしたリサは、そのまま相手を通り越す形で地面に着地した。ヘカトンケイルにも驚く感情はあるのか。彼らの動きも硬直している。

 リサは体勢を立て直しつつも、心臓は早鐘を打っていた。


「(お、驚きました。この薬は容量を少なくしてミランダには飲ませてもらい、その時の様子から最適な量を丸薬にしてもらいましたが、まさかここまで違うとは。前回は多少走るのが早く、力持ちになったのかしら、という程度だったのに。今ならダロンとも素手でやりあえるのではないかという気がしてきます。恐ろしきはミランダの薬に対する知識ですね。

 だが持続時間はそう長くないはず。反動も考えると、決着はすぐにつけなければ!)」


 リサは仕込み杖から剣を抜きだすと、逆手に構えた。構えは小刀の時と同じ。アルフィリースから学んだ剣術ではなく、ルナティカから学んだ暗殺術に近い。普段はもっと小ぶりな武器で行うのだが、今ならこの得物くらいでちょうどよいと思えるのだ。いつもの仕込み剣が羽毛のように軽い。

 リサは周囲のヘカトンケイルが武器を抜いて襲いかかってくるのを感じたが、焦りは不思議となかった。どのヘカトンケイルも動きが非常にのろく感じるからだ。


「(感覚まで速くなるのですね。これなら何が来ても負ける気がしません。なるほど、ミランダはこの状況を、自分の意思でいつでも作り出せるということですか。強いはずです。常に人間の限界をはずした状態で戦えるのですから)」


 リサは目の前に迫るヘカトンケイルを倒すのではなく、あえて押しのけるようしてバランスを崩すのみで一角兜へと迫った。余計な手間をかけたくない。何より、いち早く中和するための青い丸薬を飲めと、ミランダには忠告されているのだ。長時間使用による副作用までは、保証できないと。

 リサはまだ体勢が立ち直っていない一角兜の後頸部にある鎧の継ぎ目から、刀をおもむろに差しこんだ。鎧が邪魔でセンサーの透過は不十分だったが、ここに相手の背骨があるのは確実だった。背中をやられると生き物が立てなくなるのを、リサは経験的に知っている。ヘカトンケイルもおおよそ人間と構造は同じなので、立てないと思っていたのだが。

 どうやらこのヘカトンケイルは少し事情が違ったようだ。



続く

次回投稿は、12/2(日)8:00です。

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