不帰(かえらず)の館、その37~魔晶石(ロードストーン)の剣~
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「うわぁ!」
「ラオが負傷!」
「敵の増援が10体!」
「まだ増えるのか?」
アリスト率いる騎士達は奮闘を続けていた。今回の襲撃は寄せの強さこそまあまあだったが、非常に長かった。もう四分の一刻近く戦っているであろうか。その身に傷を受けていない者など、一人もいなかった。無論、リサも。
珍しく生傷まみれになりながらも、リサはいつも通りの調子であった。
「しつこいにもほどがありますね。嫌うどころか、しばらくは鎧兜も見たくない心境です。もとい、感知したくもない心境です!」
「同感です。この戦いが終わったら、数日の休暇を神殿騎士団に申請します」
「休暇を取りそうな人間には見えませんでしたが?」
「つまらない男ではありますが、釣りにくらいは行きますよ」
「なるほど。リサの中で、貴方の好感度がちょっと上がりましたよ?」
「それはどうも。恋人のいない女性に言われたいものだ」
二人が交わす軽口に対し、周囲の状況は絶望的であった。周りの騎士達は死ぬまでその気力が折れることはないだろうが、それでももう先は見えている。だが敵の数は一向に減る気配がない。血を流し倒れる相手であり、まさかその数が無限と言うことはないだろうが、それでも増援が途切れることはなく、常に20体以上は目の前にいる気がする。
敵の指揮官らしき個体は二体見られるが、決してこちらには仕掛けてこない。非常に慎重にこちらの出方を覗い、消耗を待っているようだ。
厄介な奴、とリサとアリストは同じ思いを抱いていた。専守防衛の中で隙を見つけて敵の首領を取るつもりであったのだが、その目論見は上手くいきそうにもない。こうなると、危険を覚悟で敵中に切り込んででも、敵の首領を倒す必要がある。
同じ考えを抱いたのか、リサとアリストは目を合わせた。
「リサ殿、これから私は敵の中に突撃します。一体は必ず仕留めて見せますが、もう一体の大将格は自信がありません」
「反対側にいますものね」
「ですから、もし私がやられることがあれば仲間を率いて一度退却をお願いします。センサーであるあなたが誘導するのが、もっとも効率よく脱出できるでしょう」
「この結界の中での私の能力はいかんせんその真価を発揮していませんが、男子の頼みとあれば断るわけにもいきませんね。引き受けてもいいですが、私にも少々考えがありまして」
「?」
「大将首を2つ取れとは言いません。ですが、周囲の雑魚を一瞬でよいのであらかた片付けてもらってもいいですか? 何せ、私としても初めての試みなので」
リサには何か考えがあると踏んだのか、アリストはリサの考えを読み取ろうとその目をじっと見た。そうする間にも、仲間は傷つき倒れていく。
アリストにはもはや議論する余裕など残されていなかった。
「信じてもよいので?」
「もちろん。とはいいませんが、全員で助かるにはもっとも確率がよいかと。貴方はアルネリアにとって、失ってはいけない人だと思うので」
「わかりました、やってみましょう。では」
アリストは脇差をすらりと抜いた。緑に光るその脇差は、まるで水晶のように透き通っていた。初めて見る鉱物に、リサのセンサーが敏感に反応する。
「なんですか、その剣は? リサは初めて感知します」
「これは魔晶石といわれる、アルネリアに代々伝わる特殊な鉱石で作られた剣だそうです。大戦期には積極的に用いられたそうですが、戦争の終結に伴い最高教主がその使用と精製を禁止したとか」
「その理由は?」
「大陸の秩序を壊しかねない、と最高教主は言っていましたが。これは最近精製された試作品です。私も試振りしかしていませんが、最高教主が封印した理由はよくわかりましたよ。では」
アリストはリサの返事を待たずして地面を蹴った。目の前で騎士と鍔迫り合いをしながら押し込もうとする、ヘカトンケイルの脳天目がけてその脇差を振るう。ヘカトンケイルを守るその鎧は非常に強靭で、並みの刃などは全て弾くことは知っていたから、騎士達は攻撃魔術と鎧の継ぎ目を狙った攻撃で彼らを倒していた。だが、アリストは鎧ごとヘカトンケイルを真っ二つにしたのだった。
しかしアリストの表情は浮かないものだった。なぜなら、アリストの手ごたえは全くといっていいほど軽い物だったのだ。そう、人ではなくまるで軟体生物か空気を切ったほどに、その手ごたえは軽いのだ。試し切りの時と同じく、魔晶石で作られた剣の切れ味は、現存するどの鉱石と比べることもできないほど鋭い。命をあまりにもあっさりと奪えるゆえに、人の命を軽くすることをミリアザールは懸念した。これが魔晶石を封印した理由のひとつ目である。
そして、二つ目は。アリストが身を持って体感していた。
「(体が重い。まるで左手から生気を吸い取られるように、強制的に魔力が奪われていく。なるほど、神殿騎士になぜ魔術の素養が求められるかわかった気がする)」
どれほど腕が立とうとも、魔術が使えない者、魔力の総量が少ない者は神殿騎士団になれない。創立から連綿と続くその方針は何度反対意見が出ようとも、最高教主が一切異論を認めなかった。その理由が魔晶石である。切断時に対象物の硬度を上回るべく、使用者の魔力を強制的に吸い取る魔晶石は、ある意味では量産型の魔剣とも言えた。
そして、いざという時に魔晶石を振るうために集められた騎士達。それが神殿騎士団の本来の役目であり、最低条件でもあった。逆に言えば、大戦期に魔晶石で出来た武器を振るう者こそ、神殿騎士の原型であったのだ。
アリストは神殿騎士団でも相当上位に属する者である。時に応じて、ミリアザールとも直接話すこともある。だからこそ、なんとなく神殿騎士の真の役目に気が付いていたのだ。自分達は命を削りながら戦う者。ひとたび大きな戦争が起きれば、何の見返りもなくその渦中、もっとも厳しいところに身を投じなければならない。この時代においては、おそらく魔王との全面戦争に立ち向かわなければならない、と。
アリストはいずれミリアザールがそういった命令を下すことを予想しつつも、内心ではまるで恐れがなかった。
「(感謝します。かつてただの人殺しとして逃げ回るだけの私の剣に、意味を与えてくれたことを。そしてまだ私の恩は返し終わっていない。こんなところでは死なない!)」
アリストは大きく息を吸い込むと、敵の大将格に向かって突撃した。一際大きな角を携えたそのヘカトンケイルはアリストの突撃を見ると、ついに自分の武器を構えた。だんびらのように武骨なその剣は敵を切るのではなく、叩き潰すためのものにしか見えない。
ヘカトンケイルはその剣を右手にかつぐと、左手を前に突き出しアリストを待ち構えた。およそ既存の剣にはない構えであるし、どう理にかなっているかも定かではない。だが明らかに、アリストを真っ向から一撃で叩き潰す気であるのはよくわかった。
アリストは他のヘカトンケイルの間を駆け抜けながら、ぶつぶつと何かの言葉を呟いている。大将格のヘカトンケイルはアリストが剣の射程内に入ったと見るや、地面を蹴って剣を振り下ろした。蹴り足の強さに、木造りの地面が一部砕ける。だんびらがうなり、アリストの周囲のヘカトンケイルごと宙に舞わせたが、アリストは敵が地面を蹴った瞬間にある魔術を唱えていた。
【加速】
一時的に人外の速度を手に入れたアリストはだんびらをなんなく躱し、残像を作りながら大将格のヘカトンケイルの四方八方から無数の斬撃を浴びせかける。
時間にして一秒少し。その間にアリストは敵を無数の肉塊に変えた。
アリスト=ブランクェス。元農民でありながら、少年時代に田畑を守るために農具を用いて盗賊を丸ごと壊滅し、殺害数の多さから死刑を宣告された男。まだ素人であった頃の彼は実に武器を持った37名の盗賊を返り討ちにした。その後アルネリアに拾われ、成長した彼は神殿騎士団で10傑に入るまでになり、ラファティの剣の師でもある男。3系統の魔術を使用でき、二刀を使いこなすその男は実力とは裏腹に物静かな、釣りを好む男である。争いを好まないアリストが全力を出すことは滅多になく、騎士達の多くはアリストの全力を初めて見たのであった。
続く
次回投稿は、12/1(土)9:00です。