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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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不帰(かえらず)の館、その36~不安夢~

「そもそもアルベルトがここにおる、いうんがおかしいんや。それにおかしい点はほかにもぎょうさんある。まず魔剣であるインパルスが簡単に貫かれたとこととか。ラーナが魔術の一つも使わずやられたとこととか。それにウルティナの切り札はあんな攻撃やない。それらを総合して考えられるんは・・・」

「なんなんだ?」

「これは夢や!」


 ブランディオはアルベルトを蹴飛ばしながら答える。その表情は油断なく構えているが、まだまだ余裕を感じさせている。

 対するラファティは、ようやく状況を分析する気になっていた。


「夢、だと?」

「せや。それもあんさんの夢やな。そう考えたらこの状況も納得がいく。インパルスはやられたが、魔剣はあんな死に方はせえへん。魔剣がほんまに死ぬ時は、剣と精霊の部分に分かれてから死ぬ。ラーナの魔術は詳細をしらへんし、ウルティナの能力はあんさんの勝手な想像やろう。ワイがアルベルトの攻撃を受けることができたのも、ワイという人間の能力をあんたが測りきれてないからや」

「馬鹿な、それでは話が合わん。これが私の夢だとして、私の夢で饒舌に話すお前はなんだ? それに、いつから私は夢を見ていた?」

「そんなん知らんがな。ただ前の疑問には答えよか。もっともな疑問やけど、あんさんにはさっき教えたよな? ワイの能力は・・・」

「記憶の操作、か」


 ラファティは先ほどのブランディオとのひそひそ話を思い出していた。ブランディオがこっそりとラファティに明かした能力とは、記憶に関するブランディオの能力であった。ブランディオは、相手の記憶を自由に読み取ることができるというのだ。


「そう。正確には違うんやけど、説明がめんどいからそれでええわ。今は自らの我をあんさんの一部に割り込ませて、夢にお邪魔しとるいうとこやな。敵の能力が夢やいうことは知っていたから、予防策っちゅうところや。結構力使うねんけど、やっといてよかったわ」

「私の記憶を操作できるということか?」

「そんな便利なものやあらへん。記憶の操作って、ごっつ難しいねんで? 人一人の意識を操作しようと思ったら、ワイの全精力を使ってどうにかなるかどうかや。

 それよりも、あらかじめワイはここに乗り込む前、生き残った少年の記憶を盗みとってん。なんで少年が生かされたか、その真実を知りたないか?」

「知りたい。だが知っているならなぜ早く言わなかった?」

「ワイの能力を悟られたくなかったからな。それに手柄は独り占めしたかったし。でもそんなこと、もう言うとれへん。この夢は厄介やで。さっきから何しても目覚めんわ。おそらくそれぞれが自分の夢をみとるやろうけど、夢で起きたことは現実に反映されうる。つまり」

「夢で死ぬと、肉体も死ぬということか?」

「ありえる。あんさんもそんな事例を聞いたこともあるはずや。夢の操作をするような魔術は、魔術教会でも禁忌に近いしな。精神と肉体の関係って、思ったより密接やねん」

「なるほど。もう一つわからないことがある。敵がアルベルトなのは、なぜだ?」


 ラファティがアルベルトの斬撃をよけながら会話する。そして昔からの馴染みの様に、ブランディオはラファティと見事な連携を見せアルベルトを魔術で押し戻す。


「想像やけどな。これが悪夢の類やとしたら、もっとも戦いたくない敵が出てくるんちゃうか?」

「つまり、私にとっての最悪な敵はアルベルトだと?」

「しかもちょっと想像により美化されとるな。神殿騎士団団長がこんなに強いなんて、聞いてないわ」

「いや、これでも・・・」

「これでも、なんやねん」


 ラファティはあえてその先を口にしなかった。だがアルベルトの本気はこんなものではないはずだと、ラファティは考えている。そもそもアルベルトが全力で剣を振るえるほどの相手が、人間にいるのかとラファティは思うのだ。今目の前にいるアルベルトは、ラファティが昔見たアルベルトの全力である。御前試合で父であるモルダードを倒した時。その時、アルベルトはまだ13歳だったのだ。あれから10年。今のアルベルトの全力は、いかほどなものか。

 アルベルトは一言も口にすることはなかったが、昔から自分では剣の相手にもなっていなかったはずだと、ラファティは自認していた。何かがアルベルトは常人とは違うのだ。歴代のラザール家の人間と比べても。

 つまり、アルベルトは全力で戦うことができなかったはずなのである。父であるモルダードとの御前試合ですら、真の意味での全力を出したことはないはずである。モルダードもまた御前試合で負けた後につぶやいたのだ。手を抜かれた、と。アルベルトの全力は、相手の完全な死を意味すると、誰もがそう思っていた。

 だが目の前にいる、仮想のアルベルトには容赦がない。アルベルトが持ち合わせているはずの優しさや、遠慮がないのである。同時に、ラファティが知りえる力しか持たないはずである。あるいは、ラファティが想像した、アルベルトの強さしか。こんなところで負けていては、これから先の戦いでは足手まといにしかならないだろうとラファティは考える。周囲に積まれた仲間の死体は、すなわちラファティ自身の不安の顕現である。


「私がやる」

「ええんか? おいそれと倒せる相手やないで。あんたの中の、理想かつ最悪の相手のはずやからな」

「それでもやらねばなるまい。自らの恐怖にすら打ち勝てずして、なんのための騎士か」

「騎士ってほんまに融通きかんわ。でも、そういうのがいっちゃん強い時もあるわなあ・・・ええわ、存分にやりや。いざとなったら手貸したる」

「心遣いだけもらっておこう」


 ラファティが剣を構える。アルベルトと対峙するのは、彼にとっても久しぶりである。幼き頃は共に訓練に励んだこともあるが、互いに神殿騎士となってからはその機会もなくなった。仲が悪くなったわけではない。単純に、今の自分達が手合せをすればもはや手合せではすまないだろうことが、容易に想像できたからだ。


「兄さん。子供のころからろくに勝ったことはないけど、今日だけは勝たせてもらうよ。僕が知っている頃に兄さんにさえ勝てないようじゃ、この先誰と戦っても勝てないだろうからね」

「・・・」


 アルベルトは答えない。顔色一つ変えず剣を構えるところは、自らの記憶にある兄とそっくりだとラファティは思い、アルベルトと対峙した。その時、ふと思う。アルベルトが笑うのは、いったいいかなる時だったかと。記憶にアルベルトの笑顔がないわけではないのだが、いったいいつ笑っていたのかが思い出せない。


「兄さんと、きちんと向き合ったのも久しぶりか。帰ったら、一回酒にでも誘うかな」


 ラファティとアルベルトは同時に床を蹴り、決して現実では見ることのできないであろう死闘へと身を投げ出すのであった。



続く

次回投稿は、11/29(木)9:00です。

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