不帰(かえらず)の館、その35~悪夢~
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「そんな馬鹿な! 外にはマリオンやミルトレがいたんだぞ? どうなった?」
「アルベルト団長がなぜここに? いや、それよりもこれは一体?」
「話は後だ、来るぞ!」
部屋の中にいたのはクルーダス、ラファティ、ラーナ、ブランディオ、ウルティナ、ベリアーチェ、エメラルド、インパルス、その他数名であった。彼らは予想もしない敵の出現に我を失いかけたが、とりあえず剣を構えた。目の前のアルベルトは、所詮敵のまやかしだろうと思ったからだ。だが、
「あに、う・・・」
エメラルドとインパルスをかばうべく前に出たクルーダスの上半身が、剣ごと吹き飛ばされた時にその幻想は壊れた。クルーダスの上半身はきりもみ上に吹き飛ばされ、血をまき散らしながら壁に鈍い音を残して激突した。もはや彼はピクリとも動かず、ただ剣を握りしめた姿だけがかろうじてクルーダスの面影を残したのである。
クルーダスを袈裟懸けに切り下したアルベルトの剣を、インパルスは反射的につかんでいた。エメラルドを掴んでいた手を放し、アルベルトの剣に手を伸ばしたのは本能のなせる業である。インパルスが掴んだ剣は血でぬめっており、思わず剣をつかみ損ねるところであった。インパルスの記憶に、生々しい過去の戦いの時代が思い出される。
「ちい!」
インパルスはためらいなく、全力で魔力を放出した。魔剣の形態をとりエメラルドが振るう時よりも出力は落ちるが、上位雷撃の魔術よりも高出力の威力はあるはずであった。巨人族であれ、感電死させるに十分な威力である。
アルベルトの動きを止めたと確信を持ったはずのインパルスだったが、電撃の放流は途中で止まってしまう。電撃を流されているはずのアルベルトが、その剣を深々とインパルスの胸に突き刺したからだ。インパルスは痛みではなく、電撃の放流が止まるのを実感した。それは自らの核となる部分が破壊されたことを意味している。魔剣としての、死である。
「う、そだろう?」
「いんぱるす!」
駆け寄ろうとするエメラルドに向け、アルベルトは剣にインパルスを突き刺したまま、その大剣を振り下ろした。インパルスが逃げろと叫ぶが、その声を聴く暇もなく、エメラルドに叩きつけられたインパルスは二人まとめてどちらがどちらと分からぬほどに砕かれた。
ベリアーチェは目の前で起こる信じがたい出来事に、へたへたとその場に座り込んだ。
「なんてこと・・・こんなことが起こるなんて」
「ベーチェ、立て! 今は生き延びることを考えるんだ!」
「その通りです!」
ウルティナが祈り、光の手を発動させていた。その手の数は扉を破壊した時の数倍にもおよび、ウルティナが何の手加減もなく能力を解放したことを示していた。夥しい数の手に覆われ、まるで腕の牢獄とでもいわんばかりの中にアルベルトを閉じ込めていた。閉じ込めたというより、圧殺に近いほどその体積が縮んでいたかもしれないが。
「今のうちに体勢を! はやくしないと・・・」
「あ、ああっ?」
ラーナが叫び、指さした先ではアルベルトが光の腕をへし折りながら起き上ってくるところであった。ウルティナは信じられないと思った矢先、信じられない速度で突撃してきたアルベルトに切り伏せられ、ラーナがウルティナの方を振り返った時には、既にアルベルトの剣が目前に飛んできていた。
ラーナの鼻から上がなくなり、壊れた噴水のように血を噴き出しながら倒れる頃、ラファティは二刀流の剣を抜き放って構えていた。
「そ、そんな馬鹿なことが・・・」
「あ、あなた・・・」
ラファティが聞いたのは、愛する妻のか細い声。隣にかばっていたはずのベリアーチェの胸には、アルベルトの脇差が深々と刺さっていたのである。
いつ投げたのか。そんなことはどうでもよかった。ただベリアーチェがゆっくりと倒れていく様を、ラファティはただ眺めていた。愛する妻が死なんとする時、愛する妻を抱き留めるのではなく、それでも剣を手放さぬように鍛えられた自分の習性にあきれ果てながら。ラファティは初めて、ラザール家に生まれた自分を呪っていた。
「うおおおおお! アルベルトぉおおお!!」
「落ち着かんかい」
ラファティが玉砕覚悟の突撃をしようとした瞬間、後ろからブランディオの錫杖がラファティの頭に振り下ろされた。割に容赦のない一撃に、ラファティの視界に一瞬火花が散る。
「がっ・・・何をする!」
「落ち着け言うとるやろ、どあほう。なんやおかしい思わんのかい、この状況を。あんさんは一軍の将やろが。たとえ仲間が殺されようが、妻が目の前で犯されようが冷静に状況を見極めるくらいのケツ穴を持たんかい!」
「わかっている、わかってはいるが・・・」
「ええか?」
そうする間にも繰り出されたアルベルトの一撃をブランディオは受け止めながら、冷静にラファティを諭した。
続く
次回投稿は、11/27(火)9:00です。