不帰(かえらず)の館、その32~破壊の尼僧~
「貴様・・・何を知っている!?」
「そう怖い顔せんといてや。ワイはアルネリアの成立と、そしてあんたたちラザール家の呪われた祝福の、おおよそ全てを知っとる。だが勘違いせんといてくれ。ワイはそのことを知ったからって、何もどうもせえへんよ。むしろあんたたちの事を尊敬した。あんたら大した一族やわ。200年からそこら、一族総出で最高教主を守り続けとるんやからな」
「・・・何者だ、お前」
ラファティは得体のしれない巡礼者に恐れを抱いた。その内心を知ってか知らずか、ブランディオの返事は相変わらず素っ気ない。
「ワイは何者でもあらへん。ただ縁あってアルネリアに仕え、縁あってここに来とるだけや。ワイは面白かったらそれでええんや。今はアルネリアに仕えとるのが面白いわな」
「本当だな?」
「ああ。少なくとも、この作戦の成功は願っとる。だからこそ、念のためにあの小僧を別行動させたんやからな」
「あの小僧?」
「ジェイク言うたか? あれが今回の切り札になるかもしれへん。確か今回、最高教主が同行を指示したらしいな? 最高教主は何か知っていそうやな、あの小僧について。ワイも興味が出てきたところや」
「ジェイクにはやはり何かあるのか?」
「なんや、気づいとらんのか?」
ブランディオは呆れたように、やはりラファティに耳打ちした。ラファティの顏がまたしても驚愕の表情に彩られる。
「それは・・・本当か?」
「いや、どうやろ? まあ可能性の一つではあると思うけどな。だがこれが事実やとしたら、ワイらはとんでもない男を味方にしとることになる。あの小僧が主と定める者こそ、この世の王となる可能性を秘めとるんや。
あの小僧、強くなるで。それこそ、やり方次第では俺達の頂点に立つかもな」
「いや、だが確かに。そうか、ならば別行動でも大丈夫なのか。それならばむしろ我々の方が・・・」
「ああ、罠にかかった可能性が高いなあ。あの小僧が大丈夫そうな理由は別にあるけどな」
「?」
ブランディオはジェイクの周囲にいた仲間の顔を思い浮かべる。確かにジェイクは見どころがあった。だがそれ以外にも、気になることはあったのだ。
「(あいつ、何か隠してそうやな。最後までワイに隙を見せんかったわ。まあええけどな。今回の依頼には直接関係ないし。後でミランダさんに報告するかいな)」
ブランディオが一瞬考え事をした時、丁度彼らは隠し部屋へと続く扉の前へと再びやってきた。そこには、ランブレスと執事を飲み込んだ扉が、重々しく佇んでいたのだ。
ラファティは手を挙げてその扉を開けるように僧侶たちに指示したが、ウルティナがそれを止めた。
「この扉は正攻法で開ければ時間がかかるでしょう。それに触れることもそうですが、近づくのもできればよした方がいい。無理やり私がこじ開けますが、よろしいですか?」
「いいだろう。だができるのか?」
「問題なく」
ウルティナは一礼すると、扉の前に向かって祈るような仕草をした。その祈りは静かであり、だがラファティ達は全身の毛が逆立つのを感じずにはいられなかった。
祈るだけで周囲を圧倒する何かが、この巡礼のシスターには存在しているのだ。
「彼女はいったい・・・?」
「あれは巡礼の中でも六番目の業績を持つ女。その任務は、主に邪悪なる者の殲滅。特に集団を相手にさせたら、右に出る者なしといわれたほどのシスターや。言うとることはきっついが、顔も声もおとなしそうやからタチが悪い。
ええか、あいつのあだ名はな・・・」
「放っておいてください、ブランディオ。余計なことを口走らないように」
ブランディオがしょうがないと言いたげにため息をついたが、ベリアーチェは気になったようだ。ブランディオの袖を引いて話しかける。
「で、なんてあだ名なの?」
「『全て破壊する救いの御手』、言いますねん」
ブランディオの言葉と共に、ウルティナの周囲にはたくさんの光る手が出現した。はっきりと手の形をとるわけではないが、多くの帯状の光る物体は確かに先が人間の手のように見えなくもない。
ウルティナは祈った姿勢のままだったが、彼女の足元から、周囲から湧き上がるように出現する光の手は、一斉に扉に向けて突撃を開始した。そして扉にぶつかると、轟音と共に壁ごと扉を変形させたのだ。その威力に騎士達の中からため息がもれた。
「まだまだでっせ。恐ろしいのはこれからや」
ブランディオが告げると、扉の周囲、少し壊れた部分からは髪が扉を守るように絡み付いてきた。髪はどうやら扉を守ろうとしているようだったが、光の手は漆黒の髪が扉を守ろうとするのを見ると、突如として統制された動きを止め、今度は嵐のように髪をつかみにかかった。
光の手は乱暴に、まるで乱暴者が乙女を傷つける時のように髪をひっぱり、千切り、むしりとった。野生の獣のごとき荒々しさに髪は無残にも引き裂かれ、その残骸をその場に晒す。敵とはいえ女の髪が無造作に引きちぎられる光景は見ていて気持ちのいいものではなく、ラファティ達の中には思わず口を押えて辟易する者もいたのだ。
ブランディオも呆れ顔で語る。
「無茶苦茶ですやろ? あれがウルティナの攻撃方法ですねん。あの手に捕まったら最後、四肢と頭を引きちぎられておしまいですわ。ウルティナは発動させるとそれこそ手が付けられないとか洒落を利かせていいますけど、あれがあの女の本性なんちゃうかなと、ワイは勝手に思っています。
あ、ちなみに発動中のウルティナはほとんど瞑想状態ですさかいに、ワイの言葉は聞こえていません。ゆえに今ウルティナには近づかん方がええですよ。自分に害なす対象として認識されかねませんから」
ブランディオは変わらずへらへらとしていたが、ほとんど誰もが耳に入っていなかった。ただウルティナが放った光の手が、強引に扉をこじ開けるさまを、呆然と見ていたからだ。
確かに扉は開いた。その扉は光の手によって無造作に放り投げられ、部屋の中を荒らしてその動きを止めた。邪性を持っていると考えられた扉も、凶暴な光の前には形無しである。
ラファティはさらに強く防御結界を張るように騎士達に指示すると、ゆっくりと隠し部屋に向かって前進を始めた。ウルティナは目標を達したからか、瞑想から覚め、一度光の手を消してラファティ達と共に部屋に入っていく。
続く
次回投稿は、11/23(金)10:00です。




