不帰(かえらず)の館、その31~敵中~
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「ここは」
転移によって強制的に移動させられたルナティカは、まず自分の動きを止めた者を八つ裂きにすることから行動した。目にもとまらぬ速度で解体される手長足長の血飛沫越しに、ルナティカは現状を確認した。
そこは出入り口の無い部屋。明かり取りの窓すらなく、部屋には燭台が数個あるだけの、なんとも殺風景な部屋であった。何のために作られたのか、その意図もまるで見えない。ルナティカは拷問の一環として全て白で塗りたくられた常に明るく何もない部屋に監禁するという手法があると知っているが、この部屋の意図は少し違うのではないかと思われた。
ルナティカは足元を指でつつ、となぞる。その指には埃一つつかなかった。ルナティカは残骸として散らばる手長足長の一つをにらむと、おもむろに話しかけた。
「いつまで死んだふりをしている。この部屋は何だ?」
「気づいていたのですか」
頭が半分吹き飛んだ少年が答える。脳漿の代わりに何か緑色の液体をこぼしている残骸が、にたりと笑う。
「やはりあなたは普通の暗殺者とは違うようですね。『大陸で最強の暗殺者は誰か?』という問いには、多くの暗殺者が『銀の殺戮者』と答えると言いますが、あながち嘘ではないかもしれない」
「有名だという段階で私は一流ではない。それより私の問いに答えろ」
ルナティカは残骸と化した頭を躊躇なく蹴り飛ばしながら、少年を問い詰めた。だが頭は一向にルナティカの問いに答える気配はなかった。
「いえいえ、一流ですよ。貴女の痕跡は事実どこにも存在しない。貴女が有名になったのは、貴女の背後にいる組織が意図的にその噂を流したからだ。貴女は独立して活動していれば、間違いなく当代最高の暗殺者でしょう」
「貴様のおべっかに付き合う暇はない。最後だ。これで答えなければ死ね」
ルナティカが手を手刀の形に変える。脅しでもなんでもなく、本当に一撃で葬るつもりなのだろう。それでも相手もさるもの。いまさら姿勢を崩さなかった。
「ふふ・・・いかに強がろうとも貴女はこの状況を警戒している。そしてその予感は当たっていますよ。なぜなら・・・」
相手が自分の問いに答える気がないことを悟った瞬間、ルナティカは手刀で残骸をさらに粉みじんにした。だがもはや無意味。ルナティカもわかっていながら、それでも状況が進展しないことに苛立っていたのだ。
自分は隔離されただけ。狙いは残されたリサとアリストだろうと、ルナティカもわかっている。だが、そこまでわかっていて50点。相手はルナティカもまた逃がすつもりはさらさらなかった。
「・・・せっかちな人だ。暗殺者どうしではこうして話し合うこともできなかったのだから、今はこのゆとりを楽しもうではありませんか」
「そのつもりはない。さっさと死ね」
「骨の髄まで殺し屋だな、貴女は! ですがそうはいきません。この私を殺せるものなら、どうぞやってごらんなさい。ある方から授かった、この私の新しい体を殺せるものならね!」
ルナティカの足元がぐにゃりと歪む。急に柔らかくなった足元にルナティカが飛びのいたが、そこかしこが同様に柔らかくなっていた。そして今まで埃一つ、傷一つなかった部屋に、ひび割れが出現する。やがて床は赤黒い肉へと変貌を初め、そこかしこに脈打つ血管とぬらぬらとし光沢が出現した。
埃一つないのもうなづける。この部屋そのものが、生き物の体内なのだ。生き物がいびつに歪んだ目を、獰猛な口をそこかしこに開きだす。
「なるほど、部屋全体が魔物なのか」
「そういうことです。さて、稀代の暗殺者は私を殺せますか?」
部屋である魔王は、挑戦的に問いかけた。だがルナティカは。
「やれるかどうかは問題ではない。やると決めたら、殺るだけだ」
いつものように、戦いに向けて呼吸を整えるだけであった。
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ブランディオはこの館に踏み込んでから、初めておかしいと思い始めていた。ふとした疑問は、徐々に確信に変わる。それは、ブランディオとウルティナがベリアーチェ達と合流し、そしてラファティの援護に無事駆けつけた時だった。
「しもた・・・そういうことか」
「どうしたの?」
隣で戦うウルティナが問いかける。ウルティナは先ほどヘカトンケイルの隊長を一人仕留めたばかりだ。閉じられたランブレスの娘の部屋も、少しずつだが髪を払いのけ再び押し入っている。さすがにここに集結したシスター、聖騎士たちの総力を結集すれば、なんとか押し返せているのである。
状況は好転し仲間達が盛り上がるなかで、ブランディオだけがなぜかここにきて蒼白になっていた。ブランディオは一人だけ唖然とした顔で、そしてすぐに腹立たしげに壁を殴りつけた。
「うかれとったのはワイや・・・ワイらはこの館に入った時から、いや、そもそももっと前から丸ごとはめられとったんや」
「どういうこと?」
「なんでワイらはここに集められた? 特にワイらは順路を見つけたわけでも、敵の罠を見破ったわけでもない。ただ進むがままに任せてこっちに来ただけや。それがなんでこうも的確に、目的地に到着する?」
「それは・・・言われてみればそうね。誰かが到達してもいいとは思うけど、全員同時というのはおかしい。それに敵の抵抗が少なすぎる」
「そうや」
確かに敵は悪霊が散発的に出現するだけであり、後はヘカトンケイルの出現が定期的にあるものの、寄せの強さがあまり本格的ではなかった。いくらか切り結んでは、数体の被害で出ると逃げ出す。そんなことを繰り返しているのである。
その状態が真っ当ではないことに気が付いたのは、ブランディオだけではない。ラファティもまたこの状況がどうにもおかしいことには気が付いている。
「(順調といえば順調だ。だがあまりに手ごたえがなさすぎる。この規模の結界を使う敵の割に、だが。考えすぎか?)」
前にしか進めない状況と言うのが、ラファティは気にくわなかったのだ。その時妻であるベリアーチェが合流してくる。
「あなた!」
「ベーチェ! 無事だったか」
「もちろんよ。それよりここが敵の拠点?」
「だと思っているのだが」
ラファティの言い草に、ベリアーチェは違和感を覚えたらしい。すぐに彼の悩み事を見抜いたのだ。
「根拠が希薄なのね?」
「そうだな・・・確かにここには禍々しい気配はある。だが全ては敵の手の内のような気がしてな。私の勘に過ぎないのだが」
「戦士の勘を侮るものではないわ。現にあなたの直感は、アルベルト義兄さんのものより優れているはずよ?」
「そう言われると嬉しいが」
「いや、あんさんの勘は正しいかもな」
ブランディオがラファティの元に歩いてくる。そしてそっとラファティに耳打ちした。ラファティの顏が、俄かに驚愕の表情になる。
「それは本当か?」
「あんまり大きな声で言わんといてくれ、ワイにとっては重大な秘密やねん。自らの能力をばらすなんて、戦う者としては致命的やからな」
「巡礼の者は、我々神殿騎士団を見下していると思っていたが?」
「まあ当たらずとも遠からずや。だがあんたらラザール家の者は別や。あんたらの事情は知っとるし、尊敬しとるつもりやで」
ブランディオは正直に話したつもりだったが、ラファティだけでなくベリアーチェの表情まで険しくなった。まるで敵を見るような目つきである。ラファティは誰にも聞こえないように、ブランディオの耳元で凄んだ声を出した。
続く
次回投稿は、11/21(水)10:00です。