不帰(かえらず)の館、その30~猛攻~
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大広間で戦う騎士達は目を見張っていた。魔王率いる巨人の群れの中に単騎突撃し、当たると幸いに巨人たちをなぎ倒す銀髪の美しい少女の凄まじい戦い方に。サイクロプスが振り下ろす棍棒を回し蹴りで勢いを逸らし、無防備にあった腕を遠心力を利用してそのまま切断する。巨人が叫び声をあげるよりも早く、次の瞬間サイクロプスの首は宙に舞っていた。
サイクロプスやギガンテスの巨体では、致命傷となる部位にルナティカの手は届かない。ゆえにルナティカはまず足を切り付け彼らを地面に這いつくばらせるのだが、その作業があまりに早すぎて、ただ血煙の中に巨人たちが沈んでいくようにしか見えないのである。
その美しいまでの流れ作業も、ルナティカにとってはまだまだ余裕の行動であった。返り血を浴びることなく、次々と巨人を倒していく。そしてついにその魔王たる一際大きい巨人の腕が振り下ろされると、ルナティカはあっけなくその腕に弾かれて宙に舞った、ように見えた。騎士達がああっ、と声を上げるが、きりもみ上に宙に舞ったルナティカは巨人がその口を開けてルナティカを飲み込もうとする瞬間、体を捻って交差際に巨人の頭をみじん切りにした。
ルナティカが地面に着地すると、巨人型の魔王がゆっくりと地面に倒れる。魔物達もその動きを止めるが、そこにルナティカの瞳が彼らを射抜くと、魔物達はたまらず逃げ出したのである。
「す、すごい」
「強いとは思っていたが、あれほどとは・・・リサ殿、彼女は一体何者なのです?」
「さあ? 旅の途中で出会ったただの暗殺者の少女です。ひょっとして有名人ですかね?」
「リサ、それは違う」
ルナティカが自分の得物についた血を魔物の衣服で拭いながら、ゆっくりと歩いてくる。
「暗殺者として名が売れるのはせいぜい二流。一流は名前すら知られず、また痕跡すら残さない。ただ積み上げた死体の数だけが数えられる」
「そ、そうですか」
「現在、そういう意味での一流は世界に3人といないと考えられている。私もまた、そういう意味では一流と二流の狭間くらいに当たる。私のかつての仲間は私の事を知っているから、痕跡が残りすぎている」
ルナティカは自分の得物を確認すると、その得物を無造作に放り投げた。
「だめだ、多少肉厚の敵を切りすぎた。もう使い物にならない。誰か予備の剣をくれないか」
「これでよければ」
騎士の何人かが自分の短剣を差し出した。また予備の剣を渡す者もいる。ルナティカはそれらを受け取ると、取り出しやすい場所に収めていく。そして剣は背中に一本を背負い、腰に一つを差す形にした。それらを振って、重心を確かめるルナティカ。
「良い剣。手入れもされているし、造りも良い」
「使えそうですか?」
「長物は得意でないが、無いよりはよいだろう」
「ルナ、そうではなくて」
リサがしょうがないと言った風にルナティカを窘めた。ルナティカはしばし考えたが、はっとしたように、だがしかし無表情のまま、
「恩に着る」
「は、はあ」
とだけ言い、礼をした。そしておもむろに剣を宙に放り投げると、そのままリサの元に歩き出した。宙に放り投げられた剣を見て、騎士達は、
「危な・・・」
と叫びかけたが、
「問題ない」
とルナティカは言い、事実その通り宙を舞う剣はルナティカの背中の鞘にぴたりと収まったのである。
「嘘だ・・・」
「な、なんで」
「ひやひやさせないでください」
「そうか? 別に何も危なくはない」
リサの文句をさらりと流して、ルナティカはリサの傍で控えたのである。そんなやり取りがあったが、気を取り直してアリストが一つ手を叩いた。
「さて、敵の襲撃は一度やんだ。体勢を立て直すぞ!」
「損傷は一名のみ。ポライトが腹をやられて重態です」
「無事なのは何名だ?」
「五体満足なのはリサ殿とルナティカ殿を入れて、14名」
「減ったな・・・」
アリストの部隊は最初23名いたはずである。そのうち7名は既に死亡し、後の二名は既に戦闘能力を喪失している。戦場では死人よりも重症者の方が手がかかる。一人戦えない者がいると、健常な者3人の手を取ると考えてよい。つまり、この部隊はこれから6名で戦う必要がありそうである。
アリストはそのことを踏まえながらも、負傷者を助ける命令を出した。かつて戦時中では負傷者は自ら自決することもあったそうだが、現在の戦いにおいてそこまで要求されることはまずない。アリストもまた、そこまで非情にはなれずにいた。
だが度重なる襲撃に、兵士達は疲労がたまっていた。後何度襲撃を躱せるか。アリストも考えるのがおっくうになりかけた時である。
「次、来ます」
「またか!」
「これで何度目だ・・・?」
「他の部隊も同じ目に合っているのだろうか」
「それより目の前の敵に集中しろ。油断するな!」
アリストの鋭い号令に、騎士達は重い腕を上げた。だが今度はどうしたことか、敵の数は一名だけであったのだ。
現れたのは小兵の男。いや、少年であった。
「みなさん、こんばんは」
「・・・誰だ?」
「やだなあ、敵に決まってるじゃないですか。こんなところにただの少年が現れるわけがありませんって」
笑みを顔にはりつけたまま、少年は可笑しそうに身をよじる。
「鈍重な敵ばかりで飽きたかなと思いまして、ここいらで趣向を変えようかと」
「何が言いたい?」
「ここから先、私一人で十分ってことですよ!」
少年の姿が消えるのと、ルナティカの姿がリサの傍から消えるのは同時であった。そして少年の蹴りが一人の騎士の首をへし折るのは、ルナティカが少年を蹴り飛ばすのよりちょっとだけ早かった。少年はテーブルで見事にバック宙をしながら、ルナティカの蹴りの勢いを殺して着地する。
「危ない危ない。十分に距離はあったはずなのですが」
「・・・同業者か」
「まあそんなところです。おいで!」
少年が掛け声をかけると、ルナティカの足元から手が伸びてくる。ルナティカは反射的にその手を切り付けたが、刃はその腕を通らず、ルナティカは腕に弾き飛ばされるという珍しい失態を犯した。弾き飛ばされた先ではルナティカが勢いを逃しながら立ち上がろうとするが、宙にとんだ一瞬の隙をついて、背後から蹴りが飛んできた。
ルナティカはその蹴りを防御するのではなく、逆に刃で反撃に出た。だが反撃の刃は飛び込んできた少年によって止められ、逆にルナティカは背後からの蹴りを肋骨に直撃でもらってしまう。鈍い音がルナティカの中に響いたが、ルナティカの動きが変化することはなかった。彼女は華麗に衝撃を逃し、柔らかく着地を決める。
「さすがやりますね。肋骨の2、3本は折れたはずですが」
「そうだ。だが支障はない」
「ルナ!」
リサは思わずルナティカの事を心配したが、ルナティカはリサを制した。
「大丈夫、不意打ちを食らっただけ。もう二度とありえない。それにこいつらは聞いたことがある。三人一組で暗殺を行う、『手長足長』と言われる暗殺者。有名なゆえに、二流」
「言ってくれますねえ。ですが悲しいことにその通りかもしれません。確かにもはや不意打ちは難しいかも。ならばこういうのはどうでしょうか?」
ぱちんと少年が指を鳴らすと、それぞれ手の長い男と足の長い男がルナティカに向かって手足を伸ばす。ルナティカは抱きつくように延ばされる手長の両手をかいくぐると、片方の腕を右肘でへし折り、左手は懐の錐を目に突き立てていた。同時に後方から飛んでくる足長の蹴りを前に倒れるように躱しながら、慣性で後ろに出る足で、蹴り足の膝を破壊した。そのままルナティカは足を相手の足に引っ掻けると、今度は回し蹴りの要領で宙に舞い、足長の首を蹴り折ったのである。
手長、足長の二人に反応させないほどの早業だったが、相手もさるもの。絶命しながらもルナティカに覆いかぶさるようにその動きを止めに来たのだった。そこに少年が飛び込んでくる。
「上出来です、二人とも」
少年はほくそ笑むと、何かを呟き、その直後ルナティカと手長足長の体は消えたのだった。一瞬の出来事に、なすすべもなく立ちつくす騎士達。
「え・・・何?」
「しまった、転移はこの中でも使えたのか? 不覚・・・」
「なるほど、さすが暗殺者。良い仕事をする」
リサが事の重大さに気が付く時には、敵はもう押し寄せてきていた。隊長格と思しきヘカトンケイルが二体と、通常兵士がそれぞれ30ずつほど。今まで仕掛けてきていた敵が一斉に襲ってきたのである。
「このための布石・・・」
「その通り。いつまでもここに関わっているわけにもいかないのでな」
「我々はここで価値を示さねばならん。そうでなければ明日にも廃棄処分だからな」
「ふん。そっちの事情なんか知ったこっちゃありませんが、確かに効果的な手ですね。ですがそうそう簡単にこちらの命を取れると思わない事です!」
「その通りです」
勇ましい叫び声と共にリサとアリストが武器を構え、ヘカトンケイルの群れに突入していくのだった。
続く
次回投稿は、11/19(月)10:00です。