不帰(かえらず)の館、その29~別行動~
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「おや、変な所で会うなぁ」
「それはこっちのセリフです」
館の探索を続けるジェイク、ブランディオ一行は、ひょんなことでウルティナと再会した。悪霊と魔物のはびこる館の中、ウルティナは優雅なまでに悠然と歩いていたのだった。
「あんさんの性格やと、さらに館の奥深くに切り込みそうやと思ったんやけど」
「私もそうしたつもりでした。ですがいつの間にか館の廊下へと誘導されていたのです。あるいはここが館の奥なのかもしれませんが、こればっかりは何ともいえませんね」
「そうか。そんで、探索の成果はなしか?」
「残念ながらほとんどありません。こっちは敵もさっぱりと出ませんし、ちょこちょこと悪霊が出たくらいでしょうか」
「さよか」
ブランディオはあっさりと会話を切ったが、この敵はさらに容易ならざる敵であることが想定された。なぜなら、こちらを分断した段階で、ある程度戦力に偏りができることは否めない。どの集団の戦力が低いかを考え、おそらくは弱い順に削っていくつもりなのであろう。ウルティナの方をちらりと見ると、同じ考えであることをウルティナも目で訴えてきた。あまり時間の余裕はあるまい。今頃弱いと判断された集団は集中攻撃を受けているはずだからだ。
「(さしあたってアリストはんのところが危ないかいな。こうなるとこの子供達は邪魔になるな・・・先行き楽しみな逸材やけど、敵の本拠地を叩く意味合いでは囮にするのが手っ取り早いな。幸いにしてウルティナもここにはおる・・・よし)」
「ウルティナ、それぞれの集団がどこにおるかはわかるか?」
「目印はつけてありますよ。敵の気配が最も強い場所にいるのは、ラファティ殿の部隊ですね。向かいますか?」
「そやな。もうあんまり遊んどる暇はなさそうや。さっさと終わらせるのがええやろ。ちゅうことでや」
ブランディオがジェイク達の方をくるりと振り返る。
「これからワイらは敵さんの本拠地らしきところに一直線や。遅れたら置いていく。ええな?」
「いいよ。足手まといになるくらいなら、それでいい」
「よう言うた。できる限り敵をちゃっちゃと片付けて迎えにきたる。もしはぐれても、それまで持ちこたええよ?」
「おう」
ジェイクの答えにブランディオは満足すると、ウルティナを先頭に屋敷の中を走り始めた。男であるブランディオはともかく、シスター服のウルティナの動きが人間離れして速いことに驚くジェイクだが、彼はなんとか二人の動きについていこうとした。
だがジェイクはともかく、肥満であるブルンズと、幼いネリィにはとても無理な話であった。彼らは見る間に置いてきぼりにされる。
「ジェイク、ちょっと待った」
「なんだよ、ラスカル」
「ブルンズとネリィはついてこれない」
「ちぇ、しょうがないな」
ジェイクはじれったさを感じたが、これもしょうがない。ジェイクが歩みを止めたのをブランディオはちらりと見たが、これも計算づくである。ジェイク達が自分達についてこれないことを知ったうえで、ブランディオは行動を起こしているのだ。
ジェイクもなんとなくブランディオの意図を察しながら、自らは歩みを止めた。いくらなんでも二人を放っておいて彼を追いかけるわけにもいかなかったからだ。
「はあ、はあ・・・速すぎだって」
「無理・・・ごめんなさい。だけど無理・・・」
「ジェイク、どうする?」
「いや、これでいいかも」
ドーラが呆れたように二人を見たのだが、ジェイクの言葉は意外なものであった。全員がジェイクに注目する。
「これでいいって?」
「ああ。この方が俺達も動きやすいかもしれないから」
「どこがだよ。ブランディオさんがいないと、敵に出会ったらどうするっていうんだ?」
「それはなんとかするさ。それよりも、敵の拠点とてんで違う方向にブランディオは向かったんじゃないかと思ってね」
「はあ?」
「どういうことだい?」
ジェイクの言っている意味がわからずブルンズは頓狂な声を上げ、ドーラは慎重に問いかけた。だがジェイクはあっけらかんと、
「いや、勘だけど」
「またかよ!」
「いい加減に・・・」
「いや、信じよう」
ブルンズだけでなくラスカルも怒りかけたその時、ドーラだけはジェイクを信じる発言をしたのであった。丁度いい時にドーラの声が聞こえたので、文句の言葉を飲み込むことになったブルンズとラスカル。
だがドーラの顏は慎重なままだった。
「ジェイク、信じていいんだね?」
「多分。あっちに行くよりは、きっと敵にたどり着く」
「わかった。そうなると信じるしかないね。僕達の大将は君なんだから。二人ともいいかい?」
ドーラがラスカルとブルンズに同意を求めたが、二人はふてくされながらも同意せざるをえなかった。
「よし、ならこっちに行こう」
ジェイクは彼らを伴って、ブランディオとは全く別の方向へと歩み始めたのである。
***
ジェイクがブランディオと別れたのに気が付いたのは、ドゥームも同じであった。
「なんだ・・・別行動?」
ドゥームは不可解な彼らの行動の意味をしばし考えたが、その意図にまでは気が付かなかった。
「まさかこちらの意図を読んで、ジェイク達を囮にしたのか・・・? それならばインソムニアに釘を刺しておかないとな。ヘカトンケイルの集団でも差し向けられたら、非常にまずい」
ドゥームは急いでインソムニアのいる場所へと足を向けた。ほどなくインソムニアの所へたどり着くと、ドゥームは命令を彼女にくだす。
「インソムニア、気が付いているか?」
「・・・」
「え? 全部知っているって?」
「・・・」
「だが見逃せないと。どうして?」
インソムニアが何をどう話しているかは定かではないが、ドゥームには確かにインソムニアの言葉がわかるようであった。
「・・・」
「何? ジェイクがまっすぐこちらに向かっているって? 妨害しないと、そのままこちらに来てしまう?」
「・・・」
「足止めをするだって? 改良型のヘカトンケイル一部隊を送り込んで、足止めも何もないもんだ」
「・・・」
「まあ確かにボクは彼の事が嫌いだけどね・・・しょうがない。できる限り上手くやっておくれ。その気になれば、君がジェイクを直々にとらえることもできるはずさ」
「・・・」
「何? 城の中に異分子が多すぎて、力が発揮しにくい? それはしょうがないよ。アノーマリーの依頼も兼ねているんだから」
「・・・」
「え? まあそりゃ最悪全部殺してもいいけどさ・・・できる限り穏便にだね・・・あ、ちょっと!」
ドゥームとの話もそこそこに、インソムニアはその場を去ったようであった。ドゥームは残され、舌打ちをする。
「今日はいらいらする日だね、全部僕の意図しないところで話が動いていくや。さて、どうしたものかは運命のみぞ知るってか。ああ、陰謀は面白いけど面倒くさいね。まだ上手いこといかないことが多いや」
ドゥームもまたこれ以上ここにいてもしょうがないと、その身を翻したのである。
続く
次回投稿は、11/18(日)10:00です。