不帰(かえらず)の館、その27~閉ざされた部屋~
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「こちらにございます」
「うむ」
ラファティ達は執事の導かれるままに館の奥へ、奥へと進んでいた。途中道に見えぬほどの狭き道を通り、また低き天井の通路も通った。子供であれば通れるような通路は執事が仕掛けを動かすことで初めて通路としての体をなし、ラファティ達はこの館が噂通り仕掛けだらけの建物であることを、初めて認識していたのである。
「(なるほど。確かに案内がなくてはここにたどり着くことさえ不可能だろうな。そもそも通路があるかどうかすら怪しい場所が多いのだから)」
ラファティは執事とランブレスの案内に感謝しながらも、まだ油断はしていなかった。ラーナにそう忠告されたからである。それに敵の襲撃が全くないことも、ラファティにとっては不自然であった。
そうするうちにも、先をゆく執事とランブレスの動きが止まった。
「この部屋にございます」
「そうか」
ラファティ達が見つけたのは、厳めしい黒い扉だった。そこにはいくつもの複雑な錠前がとりつけられ、部屋と言うよりはまるで牢屋のようであある。余程中に住まう者を恐れた結果なのか。ラファティですら一つ唾を大きく飲み込むほどの威圧感がそこにはあった。ラファティの本能が、この中にいる者に会いたくないと告げている。
「ここまで厳重に鍵をかける必要があったのか?」
「あるいは必要なかったのかもしれません。ですがわが娘ながら、あの子は何を考えているかが常にわからなかった。長い髪に隠れて目は見えませんでしたが、いつも、どこにいても我々の事を見ているようでもありました。この数々の鍵は、我々の恐れの具現です。効果があったかなど、誰も考えてはいなかったでしょう」
「娘は了承したのか?」
「いえ。ただ何も不満は口にしませんでした。それに、気が付けば鍵ははずれ、娘は館の中を彷徨っていたのです。鍵は娘にとって、何の意味もなかったのでしょうね」
そういうと、ランブレスと執事は複雑怪奇な鍵を一つ一つ外していった。ラファティ一行は油断なくその行為を見守り、その間にラーナはラファティを引き寄せると、そっと耳打ちをする。
「ラファティ殿。このまま踏み込まれるおつもりで?」
「かなり危険だとは思いますが、そうせざるをえないでしょう」
「ならば一つ忠告を。結界の内部にいる者は、本質的に主が再現した者であり、死者と同義です。再生された死者が自我を持つことなど、通常はありえません」
「なるほど、それはつまり・・・」
「はい。中にいる者は主の考え通りに動く人傀儡か、あるいは決められた動きを繰り返す人形に過ぎません」
ラファティはちらりとランブレスとその執事に目をやる。先ほどまでは会話も成立していた彼らだが、今はこちらに目もくれず鍵を開けようとしている。彼らの様子をうかがっていると、徐々にその変化にラファティ気が付き始めた。
「旦那様、本当にこの鍵を開けるのですか?」
「そうだ。いかに鬼子とはいえわが子なのだ。死んだ者を弔わぬのは道義に反する。ここ最近の異様な出来事も、元はと言えばこれが原因かもしれん」
「それはそうですが・・・危険ではないですか? 悪魔祓いとか、アルネリアの司祭に何らかの協力要請をした方がよいのでは」
「そんなことをすれば我が家の名折れぞ! 娘が大量の人を殺したであろうこの事実を、世間に向かって公表しろと?」
「・・・」
「もちろんそうせざるを得ないのかもしれん。次々に我々の家族が死んでいるのだから、一連の流れはもはや止まらんのかもしれぬ。だがまずはここを空けてからだ。事実を確認せねば次も何もなかろう。いいな?」
「・・・仰せのままに」
執事はまだ何かを言いたそうに項垂れたが、その後は黙々と鍵を開け続けた。そしてついに鍵は全て外され、開かずの扉が開いたのである。
騎士達は身構えたが、ランブレスと執事は一目散に中に入っていった。だが扉は開け放たれても、特に異常があるわけでもなく、騎士達は拍子抜けしたのであった。
ラファティは何人かを伴い、そっと扉の中に入っていく。中には明かり取りの窓などは一切設けられておらず、照明こそ多いものの、不健全に見える部屋の造りであった。最初からここは娘の牢獄として作られたのであろう。いかほど細工に精をこらそうとも、閉塞感を感じずにはおられない部屋である。そして床には何かをひっかいたような跡が見られた。ラファティにはそれがなんだかはわからなかった。
中ではランブレスと執事がどこから取り出したか、つるはしで壁を打ち壊している最中であった。淡いクリーム色の壁に、一部分だけ灰色の壁がある。戸棚を一つどかしたところにある一つだけ色の違う壁は、娘とランブレスの罪の象徴でもあった。執事は邪魔になる本棚や衣装箪笥をどかし、主の作業を手伝っていた。
ラファティは彼らを目の端にとどめ、自分は部屋の様子を見渡した。相当の読書家だったと見え、部屋には山と蔵書が積み重ねられている。その内容は実にさまざまであるが、偏りを見せていた。動物の解剖学書、拷問術、黒魔術などなど。この部屋の主が、明らかに常軌を逸していることがよくわかる内容ばかりであった。
「子供が読むような書物が一切見当たらない・・・・最初から狂っていたのか」
「そうですね、他の種類の書物が見当たりません。よくここまでの書物を集めたものです。この時代にはまだ印刷術はそれほど発展していないはず。書斎などは富裕層だけが可能となる所業でしたでしょう。現に、書物のほとんどが手書です・・・これは?」
ラーナがぱらぱらとめくっていた書物の一つに目を止めた。その書物をラファティが覗き込む。
「書き込みのようだな」
「ええ。これがこの書物の持ち主の文字なのでしょうね。自ら解剖学や拷問術に書き込みをしています・・・それにしても、なんとおぞましい」
ラーナは書き込みを目で追った。釘を人体に突き立てた時の反応、痛がる部位、一見脂肪にしか見えない臓器も実は重要な臓器であるなど、この当時解明されていない様々な出来事が書き込まれている。どこを傷つければ致命傷で、どこを傷つければどのくらい生きていられるなど、おそらくは書物の主が実践したであろう出来事がそこには事細かに書かれていた。文字は赤。ラーナはその文字が血で書かれたことに気付いていた。
「(犠牲者の血で書いたのか・・・だが何の魔術的要素も持っているわけではない。単に書きたいから、使いたいから血で書いただけ。この主は異常だ)」
暗黒魔術に親しいラーナでさえ、嫌悪感を催す行動。魔術士である以上、常軌を逸していると思われる行動も一定の目的に沿った論理的行動をとる魔術士に対し、この書物の主は内から湧き上がる衝動に従っているだけなのだ。ラーナは他の書物も手に取ったが、どれもこれも同じような産物であり、書物の番号を重ねる毎に主は人を長く生かす術を覚えている様子だった。
正式な手順を踏んでいれば医学や魔術に貢献したであろう書物だが、個人で行えば狂気の産物としかなりえない。それに書物を見る限りでは、犠牲者の数は10人ではとどまらないだろう。それほどの数の人間がいなくなっていることに、この屋敷の者達は誰も気が付かなかったというのだろうか。ラーナは素朴な疑問を抱いた。
ラーナが書物を見ることに我慢ができなくかったころ、つるはしがガチンと金属音を呈した。
「旦那様」
「もう一息だ」
ランブレスと執事が狂ったようにつるはしを振り上げる速度を上げる頃、部屋の外にいたミルトレが叫ぶ。
続く
次回投稿は、11/15(木)10:00です。