不帰(かえらず)の館、その26~進化する駒~
「な・・・」
「敵!」
ルナティカの言葉と同時に、壁がどんでん返しになりそこからヘカトンケイルが多数出現した。壁は結界の一部であるため、リサはヘカトンケイル達の接近に気が付かなかったのだ。
「小癪な仕掛けを・・・このリサをだしぬくとは!」
「リサ殿! おさがりを」
間髪アリストがリサの護衛に来たので、ルナティカは先ほどの矢を放った者を見た。みれば、今度はまたしても他のヘカトンケイルとは違う、大きめの鎧に身を包んだ一回り大きな相手だった。アリストもその存在に気が付く。
「また違う形・・・一体何体の敵がいるのだ?」
「面倒。見た敵から順に潰す!」
ルナティカが弾けたように飛び出したが、敵はすっとその身をひるがえして、同じようにどんでん返しから消えて行った。ルナティカが消えた壁を全力で蹴るが、壁はびくともしない。
「くっ」
「やりますね・・・徐々にその牙をむいてきましたか」
「このままでは消耗戦になる。何とかしないと」
だがアリストの悩みもむなしく、打開策は思いつかなかった。そして彼らは否応なく戦いに巻き込まれていく。
***
アリスト達が奮闘するのを、ドゥームは遠くから眺めていた。その傍にはオシリア、そしてマンイーターがいる。さらに、その傍には屈強のヘカトンケイルが三体。一体は角が大きめの兜をかぶり、一体は槍を携え、一体は鉄球を持っていた。
そこに弓矢を持った大きめのヘカトンケイルが帰ってくる。
「おかえり。お疲れ様と言っておこう」
「・・・ああ」
驚いたことに、ヘカトンケイルはドゥームの問いかけに対して返事をしたのである。いや、その場の誰もが驚きはしなかったが、これはアルネリアの者達が聞いたら驚いたであろう。ドゥームとて、最初は驚いたのだから。
だがヘカトンケイル達は話し合うのが当然のごとく、ややまったりとだが、会話をする。
「はずしたな・・・失態だ」
「・・・すまぬ」
「まあいい・・・これであそこの目途はついた。二部隊もあれば追い込める。大した戦力はいない」
「おいおい、あの銀色の髪の少女はけっこう強いだろう?」
ドゥームが会話に割って入る。木偶人形どもの大胆な会話に、我慢ならなくなったというのが本音かもしれない。だがしゃべるヘカトンケイル達はドゥームの懸念をものともしなかった。
「確かに強い。だが、やりようはいくらでもある」
「そう。たとえば二部隊で交互に仕掛けて足止めをし、敵をじっくりと分断する」
「数ではこちらが圧倒的に勝る。向こうが疲弊するのを待てばいい」
「それに一部隊を犠牲にすればなんとでも戦い様はある。我々に死を恐れるような感情はないのだから」
「なるほど・・・確かにこれは強いね」
ドゥームは何ともつかない表情で屈強の戦士4人を見た。確かに頼もしい駒であり、これほどのものを開発したアノーマリーに驚きもするが、逆に想像以上の出来栄えにリサとジェイクがこんなところで死んでしまうのではないかと思ったのだ。
それでもドゥームには不思議と確信があった。ここでリサとジェイクが死ぬはずがないと。妙な信頼感が、あの二人にはある。それに、
「(ここで死ぬようなら、ボクが遊ぶまでもないのかもね。でも、できることならこの困難を突破しておくれよ・・・?)」
と思い直し、ドゥームはヘカトンケイルの隊長達に好きにやらせることに決めたのだった。
***
「損耗は!?」
「一人怪我をしましたが、すぐに回復させます!」
「急げ、次が来るぞ!」
ベリアーチェは奮闘を続けていた。これで何度目の襲撃を退けたろうか。残った者達を引き連れ必死で戦う彼女だが、絶え間ない敵の襲撃に徐々に兵士達は傷つき倒れて行った。もう何刻戦い通しなのだろうか。むしろここまで5人程度の脱落で済んでいるのは奇跡なのかもしれない。
そして疲れ果てた彼らに異変が訪れた。次の襲撃の間までの準備をしている時、何の前触れもなく仲間達が眠り始めたのだった。
「お前達、寝るな! なぜ寝る!?」
「ねむ・・・い」
「馬鹿な、こんなところで寝たら・・・う」
ベリアーチェも突如として襲われた眠気にめまいを覚えた。確かに体は疲れている。だがこんなところで寝る程、平和ボケしたつもりもない。夜に休む時とは違い、強制的に睡眠に誘導される妙な心地。この眠りは決して穏やかなものではないと、ベリアーチェは本能で察した。
「ま、まず・・・ぎゃう!?」
眠りに落ちかけたベリアーチェの全身を、突如として激痛が貫いた。見れば後ろにはインパルスが立っており、彼女の手がベリアーチェの背中に当たっていたのである。
「悪いね。電撃を流させてもらった」
「い、痛いわね! でも感謝するわ」
「礼は後だよ。様子が変だ」
既に周囲の者達はほとんどが眠りに入っている。インパルスは彼らを一通り見回すと、まずエメラルドを起こすべく彼女の元に赴いた。
そしてやや可愛らしい悲鳴の後、エメラルドが目をこすりながら起きてくる。
「ねむいよ~」
「それは悪いが、少しだけ働いてもらうよ。目覚めの呪歌を歌えるかい?」
「うん、できるよ」
エメラルドが歌うのは人の意識を覚醒させるための歌。清流のような歌声に乗せて流されるその言霊に、全員の意識は闇の眠りから引き戻された。目覚めていた兵士が驚く。
「おお、なんと」
「なんとか利いたようだね。だけどこの歌は彼らの自然な眠りを引き戻すにも限界がある。早いところ対策を考えないと、全員言葉通り寝首をかかれかねない」
「わかっています。休みを取らないわけにはいかないし、一日以内が勝負だろうと。それができえなければ、撤退も考えないと」
「撤退できればいいけどね。ボクの経験だと、『城』は一度中に入れた者を簡単には逃さない。撤退するときは主を倒した時か、あるいは死体袋の中だよ」
渋い顔で反応したベリアーチェを放置し、インパルスは周囲に簡単な雷の結界を張った。敵が侵入してくれば、足止めくらいにはなるだろう。その間に騎士達はまだ意識のはっきりしない仲間を起こしていた。
インパルスはやるべきことを黙々とやり続ける騎士達を見ながら、少し感心していた。ここまで練度の高い兵士は、過去にあまり覚えがなかった。全員がよほど鍛えられているのだろうとインパルスは考えることができる。だがいかに鍛えられていようと、『城』の中ではあまり意味をなさない。インパルスの経験上、結界の特性が見破れなければいかに鍛えた兵士を送り込もうと、それは犠牲者を増やすだけ。
そしてベリアーチェもまた、その思いは同様であった。ベリアーチェはこの館に来る前に、唯一と言われた生き残りに会うことに成功していた。その者は既に青年となっていたが、容貌はまるで明日にでも死にそうなほどの老人であり、彼がいかに壮絶な体験をしたのかを物語っていた。男を保護している町長に聞くと、少年は発見された時には既にこのような容貌となっていたらしい。そのまま気狂いのように、涎を垂れ流しながら生きているそうだ。
老人のような青年から何らかの情報を引き出そうと、ラファティ達は試みた。だがいかなる方法をもってしても、青年は何も聞きだせなかった。ただ一つわかったことは、青年は発見されてから一度も眠っていないのではないかと言われていた。
眠ることが怖いのだろうと僧侶の一人が推測したが、それを裏付ける証拠は何もなかった。だが今ならわかる。きっと、この館で眠ればどのような事になるか、ベリアーチェは想像できたのだ。
「(敵はおそらく夢魔の一種。眠った時こそ相手の本領発揮となるだろう。敵がいなくとも、この睡眠は安息をもたらさない。一刻も早く『城』主を倒さねば)」
ベリアーチェは残った騎士達を起こしながら、探索を続ける決意を改めていた。
続く
次回投稿は、11/13(火)10:00です。