不帰(かえらず)の館、その25~広がる被害~
「気を落とすなや、坊主。このお兄さんが一ついいことを教えてやろう」
「・・・何を?」
「攻撃魔術、使えるか?」
ジェイクは首を振った。神聖系の攻撃魔術はアルネリアの専売特許。神殿騎士など学園卒業後もアルネリアに仕える者だけが、その習得と使用を許されるものだ。グローリアでは初歩的な相手を追い払うような魔術は教えてもらえるが、直接の殺傷能力を持つような魔術は教えてもらえない。
ジェイク自身魔術に対する素養は持っていると聞かされたが、攻撃魔術は当然習得していない。現時点でジェイクが使えるのは、武器に聖別を施す魔術と、悪霊を近寄らせないようにする初等の防御魔術くらいだった。それも、習得にはかなり人より時間がかかったと思われる。
そのことをジェイクはブランディオに説明したが、ブランディオははっはっはと簡単に笑い飛ばした。
「関係あらへん。習得までの時間と才能は関係せえへんよ。これから習得できる魔術とかってのは、習得したい魔術を使うための精霊とどの程度仲良くしたかで決まる。つまり人生が反映されるわけや。
お前ももう聖騎士なんやったら、黙ってても聖なる精霊と触れ合えるから心配せんでええ。そうなるように最高教主は儀式を施したはずやからな。悪いことさえせんかったら、大丈夫や」
「ブランディオは悪いこと、いっぱいしてそうだけど」
「だっはっは! こりゃ一本取られた!」
ジェイクの言葉にブランディオはますます笑う。
「その通りや! やからワイは聖なる魔術だけやなくて、その他の魔術も覚えたんや。聖なる魔術の習得は、ワイの人生やったらたかが上限がしれとるよ。最近では聖なる属性の精霊さんも、こっちを向いてくれんくてな。べっぴんさんの顏も拝めんようになってもうた。ワイって罪な男」
「(それであの威力の魔術かよ・・・)」
大笑いするブランディオに、ジェイクは少し脅威を覚えた。まだこの男の底は見えない。人としての器も。
そしてひとしきり笑い終えたブランディオは、ジェイクに約束した。
「次に休憩取る時、ちょっとだけ攻撃魔術を教えたる。破邪の基礎を知ってるんやったら、コツだけで使える奴や。坊主、グローリアの教官達には内緒やで?」
「いいけど・・・俺の名前は坊主じゃない、ジェイクだ。覚えとけ」
「はっ! ほんまに生意気なガキやで。気に入ったわ!」
ブランディオはジェイクの頭を乱暴にがしがしと撫でながら、次の場所へと移動するのだった。
***
「ぎゃあああ!」
「円陣を組みながら後退! 負傷者は後ろに下げろ!」
「駄目です! 後方にも新手が!」
「そちらは私がやる」
悲鳴にも近い僧侶の叫びに、真っ先にルナティカが反応した。彼女は疾風のように切れ込むと、ヘカトンケイル四体を一瞬で始末した。そして一瞬やんだ攻勢に、ルナティカが手招きでアリストに合図をする。
「よし、後退だ!」
アリストの号令のもと、騎士達は一斉に後退した。切り結んでいる前の列の一つ後ろから、次々と攻撃魔術が放たれる。そしてできた隙を利用してアリスト達は後退したのだった。
幸いにして敵の追撃はなかった。撤退した廊下が狭かったからなのか、一度敵は攻撃の手を緩めたのだった。アリストは周囲の安全を確認すると簡易の拠点を築かせ、部下に報告させる。
「何人負傷した?」
「死者4名。騎士1、僧侶1、シスター2です。また片腕を落とされたアルモが重傷です。マルーも左足を深く切り付けられています。この場でつながるかどうか・・・」
「そうか、かなりやられたな。だが全滅しなかっただけでも恩の字か」
「あるいは。リサとルナティカ殿に感謝ですね」
アリストに報告した騎士の言う通り、全滅を免れただけでも奇跡に近かった。襲撃があったのはリサとルナティカが7割程度を叩き起こした時。まだアリストすら意識がもうろうとする中で、50を超える敵の襲撃を受けたのだ。半数が死んでいてもおかしくなかった。
しかも敵はヘカトンケイルと魔王の軍勢の混成だった。攻撃や魔術を吸収する性質のある魔王に対し、ルナティカが機転を利かせて自分が持っている爆薬を手裏剣にくくりつけて投げなければ、今頃どうなっていたかわからない。
だが魔王が死んでもヘカトンケイルの攻勢は止まらず、多くの被害を出した。そしてアリストが脅威に思うのは、ヘカトンケイルの組織された動きだった。
「(報告と違うな・・・ヘカトンケイルの動きはもっと雑だと思っていた。それがどうだ。まるでどこかの国の最精鋭と戦っているような練度の組織的な動きだった。後ろにいた一つだけ違う姿の兵士。あれが大将だったのか?)」
アリストは、戦いに加わらずじっと戦闘の成り行きを見守っていた、角の大きい兜のヘカトンケイルを思い出す。一体だけ微動だにせず、ただこちらをじっと見ていた者。指揮官だったのだろうとアリストはあたりをつけるが、今となっては確かめる方法はない。
アリストは傷ついた兵士達を見回す。さすがにアルネリアの精鋭達は顔を青くしながらも、今現在自分ができる作業を懸命にこなしていた。誰も余計なことを口にせず、いつでもアリストの号令で動きだせるのだろう。アリストは鍛えられた兵士達を見て頼もしさを覚えた。
一方でリサとルナティカはひそひそと話し合いを続けている。
「(ルナ、怪我は?)」
「(かすり傷だ、問題ない。リサは?)」
「(おかげさまで無傷です。ですが、これ以上はどうなることやら。もう一度同じ規模の襲撃があれば、非常にまずい事態になるかと)」
「(そう、リサの言う通り。そしてそれはいつでも起こりうる)」
「(ええ、そうですね)」
そう言いながら、リサとルナティカは同じ思いを抱いていた。この館に入ってからずっと感じる不快感。舐めまわすように感じるそこかしこから感じるその視線を、リサとルナティカはいち早く気が付いていた。視線の主はどこでも自分達を見ている。その事実に気が付いたからこそ、リサは前進をやめなかった。
「(長期戦は不利です。相手はこの館の主ですから)」
「(ああ。戦いにおいて、圧倒的に有利なのは仕掛ける方だ。いつでも好きな時に、戦いを展開できるのだから)」
「(それもそうですが、それだけではありません。敵の真の能力は、おそらく我々が眠った時に発揮される)」
「(何?)」
リサの言葉を聞いて、ルナティカが珍しく聞き返した。この二人の関係は、基本的にルナティカがリサに服従することで保たれているのだが。
「(いいですか、ルナ。さきほど少し眠った時に気が付いたのですが・・・)」
リサがそこまで言いかけて、ルナティカがふっと起き上がってリサを押し倒した。その上を、猛烈な勢いで矢が通り過ぎる。
続く
次回投稿は、11/11(日)10:00です。