不帰(かえらず)の館、その24~巡礼の僧侶~
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「すげぇ・・・」
「マジかよ」
そのウルティナに逃がされたジェイク達だが、いくつかの部屋を通るうちに彼らはパーティーホールに出ていた。だがそこには運悪く魔王を中心とした一団がいたのだ。
先ほど外でベリアーチェ達が交戦していた一団だが、それは全身から長い鎌を生やしたような魔王であった。大きさこそ少し大柄な人間程度だが、その腕力も敏捷性も人間とは比較にならない。移動するだけで周囲の生物を薙ぎ払うその大鎌の禍々しさに、ジェイク達は戦慄した。
だがブランディオだけは違った。彼はへらへらとしながら前に進むと、
「ここはワイがやる。後ろで自分達だけの身を守っとき」
とだけ言い残して魔王の群れに向かっていった。だがその表情が突然生き生きとしたのを、ジェイクは見逃さなかった。
そして。ブランディオはあっという間に魔王達を全滅させた。ブランディオが振り回す錫杖はどういう仕掛けなのか、一撃で敵を輪切りにしていく。魔王の大鎌すら欠けさせる鋭さを見せたのだった。
オークやゴブリンなどブランディオと打ち合うまでにも至らず、ただ一方的に虐殺されるのみだった。特にジェイクが興味をひかれたのは、錫杖の先についている遊環の挙動。遊環の挙動はどうなっているのか、一度放たれるとブランディオが移動した場所にぴたりと戻ってくるのだった。遊環が一つ飛ぶたびに、魔物がみるみる傷ついていく。ブランディオはその遊環を最大6つまで同時に飛ばしながら、相手を小馬鹿にしたようにブランディオは余裕の表情で戦っていたのだ。ほとんどジェイク達が何もしない間に、ブランディオは50はいたであろう魔物達を片付けていた。そして魔王との一騎打ちにも時間をおかず、単純に正面から切り込んだ。
魔王のブランディオの攻撃を正面から受けたうえで反撃しようとしたのだが、守備に差し出した4本の鎌ごとブランディオは魔王を唐竹割にした。そしてご丁寧に神聖系の攻撃魔術で吹き飛ばし、跡形もなく魔王を消滅させたのであった。
「なんや、あっけないなぁ。とんだ期待外れやわ」
ブランディオはあっさりと片付けた敵に残念そうだったが、印象は逆だった。魔物達に中途半端に連携が取れていたからこそ、ブランディオの攻撃は功を奏した。ブランディオ自身、あまりにあっけなかったからこそ、脅威を多少なりとも覚えているのだった。
「(今までより連携取れてたな・・・相手も進化しとるちゅうことか。うかうかしとれんのかもな)」
そしてブランディオがジェイク達の方を見ると、ジェイク達はブランディオが討ち漏らしたオークを三体片付けていた。三体オークを仕留める事自体はそう驚くほどでもない。だが、この短時間で仕留めたことにブランディオは興味を持った。しかも誰も傷ついていはいなかったのだ。
「へえ、やるやん」
「わざとか」
ジェイクの言葉に、ブランディオの眉がぴくりと動く。
「何のことや?」
「とぼけんなよ。こっちに来たオーク、わざと打ち漏らしたろ?」
「おい、ジェイクあまりうかつなことを・・・」
「あはは、ばれてた?」
ラスカルがジェイクの失礼な発言を止めようとしたのだが、ブランディオはあっさりとジェイクの指摘を認めた。当然のごとく、一同が信じられないといった顔をする。そしてブルンズはかっとなったのか、相手が巡礼者だといいうことも忘れて怒り始めた。
「おい、ふざけんな! 誰か怪我していたらどうするつもりだ!」
「別にどうもせえへん。死んだらええんちゃう?」
「なっ・・・」
ブランディオの言葉に全員が絶句した。今度はネリィが怒り始める。
「ふ、ふ、ふざけないでください! それが巡礼者の言葉ですか?」
「せやで。この戦いは尋常ならざるものや。こんなところでオークも仕留めれへん程度なら、今死んだ方が幸せや。まさか君ら、自分が子供やとか生徒やとか、そんな理由で戦いを免除されるとか考えてないやろな?」
「う、それは・・・」
「この前アルネリアも襲撃されたやろ? あの時は一直線に深緑宮まで相手が来たから学園は何にも関係なかったけど、たとえばアルネリアが都市ごと襲撃された場合、グローリアの生徒も剣をとって戦うことが想定されるんや。幸いにしてアルネリアの歴史上、一度もないけどな。
だがしかし多くの大陸の都市や村では、魔物の襲撃があれば子供でも農具を持って戦いに参加するのが普通や。かくいうワイも、初めて魔物と戦ったのは6歳の時。世の中そんなものやで、平和なアルネリアにいると忘れてしまうかもしれんけどな」
「確かにそうですね。私の旅した町や村ではよく見る光景でした」
「話が通じる奴がおって何よりや」
ドーラが同意したので、その後誰もブランディオに反論しようともしなかった。そして自分が投げた武器を回収して整頓するブランディオに、ジェイクがそっと歩み寄る。
「ブランディオ・・・さん。ちょっといいかな?」
「なんやねん。あ、それと『さん』付けはやめや。こそばゆいわ」
「じゃあブランディオ。さっきの錫杖の使い方、あれはどうやっているのさ?」
「アホやな。自分からネタばらす奴がどこにおるんや。秘密に決まっとるわ、そんなもん」
「いや。大体わかっているんだけど、あと一つ、どうやってああ正確に敵の方向に輪っかを投げられるのかと思って」
ジェイクの質問にますます興味をそそられたように、ブランディオは興味深そうにジェイクを眺めた。そしてその肩を組むと、ジェイクにだけ聞こえるようにひそひそと話し始めた。
「大体わかってるって、どうわかってるんや?」
「あの輪っかは、魔術で引き寄せているんだろ? 確か大地の魔術の中にそんなのがあるって、授業で習った気がする。磁力制御、だっけ? 難しくてよくわかんないけど、うまいこと使ったらあんなことはでそうだ」
「ほほう」
ブランディオの瞳は輝いた。確かにジェイクが言う通りのことをブランディオはやっているのだ。単純な仕掛けであり見破ること自体はそう難しくもないが、まだ少年であるジェイクが見破ったことにブランディオは興味を覚えた。この普段無気力な僧侶が他人に興味を覚えるなど、そうあることではないのだが。
「坊主、お前には特別に教えたる。あれはな、単純に鍛錬の賜物や。俺達は目を瞑っても相手の気配を察することができるように訓練されとる。暗闇での戦闘は結構多いからなぁ。慣れたら後方の相手がどんな姿しとるんかもわかるようになるで。相手の顔色まで含めてな」
「後ろにいるのくらいはわかるけど、そんなにか?」
「なる。大事なんは想像力ではなく、確たる情報や。見えない状態で信頼できる感覚は何か、常に考えや。足音、衣擦れの音、吐息、汗、体温、匂い。全部総動員するんや。センサーはそういったことを天然でやるが、俺達は意識してやらんといかんのや」
「その理屈で行くと、センサーってのは凄腕ばかりにならないか?」
「確かにそんな説もあるが、世の中に有名なセンサーってのは何か特別なことに関して秀でた感知能力が多いんや。戦闘に関して秀でたセンサーがいても、戦闘中に『右によけて』『反撃しろ』なんて仲間に言うてる間に、頭かち割られるやろ? やから戦闘に関して秀でたセンサーではなく、戦闘能力が高い者にセンサー能力が付随するって考え方や。言うとることがわかるか?」
「まあ、なんとなく」
正直半分くらいしかわかっていなかったが、ジェイクはとりあえず頷いた。そんなジェイクの頭をブランディオはぽんぽんと撫でる。
「コツは色々ある。ワイは頭の中に左右に揺れる振り子なんかを想像することで、特別な集中状態に入る。そしたら音が自分の周りからすうっと消えるんや。そして必要な音だけが残る。もしかしたらもう経験があるかもしれんけど、必要な時に必要なだけ集中状態に入れるのが達人への近道やと思ってる」
「なるほど・・・確かに」
ジェイクにも何度か似たような経験は既にあるが、自分の意思でそのような状態には近づけない。ジェイクはこの戦いの最中で自分の力不足を感じ、何とかして強くなるきかっけを掴もうとしていたのだが、ブランディオの話ではやはり急に強くなるきっかけはつかめそうにもなかった。
がっくりするジェイクを見てブランディオは少しかわいそうに思ったのか、ジェイクの肩を叩きながら、にかりと笑った。
続く
次回投稿は、11/9(金)11:00です。