不帰(かえらず)の館、その23~前へ向けての脱出~
「き、気を付けて・・・まだ来ます」
「これ以上状況が悪くなるっての?」
「変形をしている個体があと2体。魔王の疑いがあります・・・」
「ちっ、三体同時とか洒落になってないわ」
ベリアーチェがまずい状況に焦りを覚えた時、そっとインパルスが耳打ちをした。
「ここを切り抜ける良い方法があるけど、一口乗るかい?」
「何よ、あんまり賭け事は好きじゃないわ」
「ラキアじゃあるまいし、損はさせないさ」
インパルスが不敵にほほ笑みそっと耳打ちすると、ベリアーチェは納得したようだった。
「しょうがないわね、乗るわ。でもできるの?」
「できるさ。エメラルド!」
「はいっ!」
エメラルドがしゃっきりとした声でインパルスに答える。いつもの柔和な彼女の印象は既にどこにもない。
「後方は任せた。裂け目までの血路を切り開け。できるね?」
「うん、がんばるよ!」
エメラルドのみが後方に向かう中、他の者達は悪霊と巨人の群れに突撃していった。突撃したと言っても、それは守備を前提にしての攻撃。一撃を加えては下がり、また代わりの者が前に出るを繰り返す。突撃は相手を傷つけるためのものではなく、ひるませるために行われる。そして倒すべきは、比較的排除しやすい悪霊のみ。僧侶やシスター中心に構成されるこのメンバーではサイクロプスなどの巨人の群れを相手にするには、直接攻撃の手段に欠けすぎた。
そんな攻防を何度か繰り返したが、やはりアルネリア側の戦力不足は否めなかった。加えて、敵には次々と新手が押し寄せている。このままではもはや一分と持たないとベリアーチェが感じた時、インパルスが声をかけてきた。
「いいぞ、ベリアーチェ!」
「えっ?」
後ろの敵はサイクロプス5体、オークが10体はいたはずだったが、それらはまさにあっという間にエメラルドによって切り伏せられていた。ぽかんとしながらも、サイクロプスの一撃をかわすベリアーチェ。
そんな反応を示したベリアーチェを見て、インパルスがむっつりと言い放った。
「ボクが主に選ぶほどの子だぞ? ただのぽやんとした娘だとでも思っていたのか?」
「そんなつもりじゃないけど・・・」
「ならさっさとやる! 時間がないぞ?」
インパルスに叱責されるように、ベリアーチェは魔術を詠唱した。同時にシスターや僧侶達が攻撃魔術を唱えながら後方に下がっていく。一瞬ひるんだ隙を見つけ、ベリアーチェが魔術を起動する。
【我を包み守りたもう大気の水の精霊、集めてよりて幕となれ、目を眩ます覆いとならんことを】
≪水の羽衣≫
ベリアーチェが放った魔術により、彼らの前には霧の厚い皮膜が出現した。視界を塞がれた魔物達はベリアーチェ達を見失い、揚句同士討ちをする者までいた。
その後霧が晴れた時には、既にアルネリアの者達の姿はなく、裂け目も別の場所につながっていたのである。
***
「他愛もないですね」
ウルティナは暗闇でひとりごちた。敵の気配がなくなったことを確認し、改めて周囲を明かりで照らす。周囲には敵の残骸と血の跡と、そして無茶苦茶になった室内の様子が照らし出された。ここに動く者はウルティナ以外にいない。
先ほど襲撃してきた魔王も、八つ裂きにされた残骸を残すのみである。その姿はもはや腐り始めており、部屋に異臭を発し始めていた。ウルティナが魔王らしき魔物の残骸を見ながら、ひとり考える。
「(それにしても、巡礼を始めてから魔王の討伐もこれで20は超えたかと思いますが、徐々に強くなってきているような・・・? いえ、もちろん自然発生した個体に比べるとその指揮能力においては劣りますが、今回の襲撃は比較的統率がとれていた。後から出現したオークやゴブリンの使い方も効率が良かったですし、その能力が上がっているのかもしれない。このままでは人間の方が追い詰められる。むしろ、相手はそれを待っているのかもしれない。)」
ウルティナは自らの経験からそのように相手を分析していた。彼女も巡礼として魔王の討伐を何度となく繰り返したが、最初のような簡単な手ごたえではなくなってきているのだった。
そしてウルティナは一度魔王の問題を棚上げにし、探索を続行することにした。
「魔王が捨て駒のように出現するということは、この『城』の主は大魔王級かもしれない。心してかからねば。まず誰かと合流するのが正解なのだろうけど、うまいこと合流できるとは限らないわ、まずこの空間の法則なりなんなりをみつけないと」
ウルティナはジェイク達を逃がした方ではなく、この結界とその主を探るためにさらに奥へと一人、歩みを進めるのだった。
続く
次回投稿は、11/7(水)11:00です。