不帰(かえらず)の館、その22~包囲~
「ちょっといいかい?」
口を挟んできたのは、なんとインパルスであった。彼女とエメラルドはこの場に取り残されていたのである。悪霊との戦いは門外であるため、シスター達に守られる格好で彼女達は戦闘に参加しなかったが、話し合いが紛糾するのを見て、普段周囲に無関心なインパルスもいてもたってもいられなくなったようだった。
「君たちは既に拠点を築く方向で話をまとめているようだけど、ボクはまずいと思うな」
「なぜでしょうか?」
「ボクは昔、『城』の中に切り込んで戦ったことが何度かある」
インパルスの言葉に、そこにいた者達がざわついた。インパルスの詳細を知る者は、ラファティとアリストを除いてアルネリア教にはいなかったからだ。ベリアーチェも彼女の事を雷鳴の魔剣だとは知ってはいるが、その起源までは知らなかった。
インパルスは自慢するわけでもなく、話を続けた。
「『城』っていうのはかなり特殊な結界だ。さっきラファティ隊長にこっそり聞いたんだけど、この中に実際に『城』の中に踏み込んで戦った者はいないんだろう? 資料には残っているらしいが、聞くのと実際に見るのじゃ大違いだ。
まずこの空間が、作り主にとってかなり都合の良い空間であることを正しく認識することだ。『城』の構築には非常に時間がかかり、成立までの条件が厳しい分、一度作るとかなり優位に展開できる。例えばさっきのように、空間と空間をつなげ合わせることもできる。自由自在に狙った通りの空間をつなげるとか、そこまでの自由はきかないと思うけどね。ただ場所の設定は可能なこともあるみたいだ。だからたとえばこちらがじっとしていると、その周囲に突如として裂け目を作って、魔物を配置する、なんてことも可能かもしれない」
「ではどうしろと? それではどこに行っても同じなのでは?」
僧侶の一人が質問した。彼の疑問はもっともである。インパルスは神妙な面持ちで答えた。
「そう。君の言う通り、どこへ行ってもそれほど変わらないんだ。だったらちょっとでも敵の中枢に向けて進んだ方がいい。こちらが動いていれば、敵としても的を絞りにくくなるしね。
幸いにも、こちらの勢力は分散した。向こうの意図したところなんだろうが、分散した勢力を同時に相手するのは集中力の問題として難しい。魔術で全方位攻撃がないのと同じ道理さ。生き物としての限界だね。いくら悪霊が相手でも、元は人間なんだから。
あとはこの空間の特性を知ることだ。『城』は作り主の精神、人格、趣向までもが反映される。精神構造が単純な奴なら、仕掛けや順路も単純に。人格が破綻していれば、空間の構造も滅茶苦茶だ。趣向が残虐なら、仕掛けられる罠も残虐になるだろう」
「なるほど・・・では、貴女はこの空間をどう見ますか?」
ベリアーチェの質問に、インパルスはしばし悩んだ後、自分なりの考えを述べた。
「情報が少ないから何とも言えないけど・・・どうにも厄介な奴だという印象はするね。悪霊を使役するのだから、間違いなくその性は邪悪だ。だが同時に入り口のところの仕掛けを見ると、無邪気なようでもある。子供っぽいとすら思えるね。
それにボク達を分散するあたり、非常に用意は周到だ。だけど、さっきのイビルトレントの襲い方もそうだったように、追い詰めてからの襲い方が非常に稚拙。もっとずるくやれば、こちらの損害も大きかったはずだ。なのに、イビルトレントを10体近くも集めておきながら、まるで統一性のない襲撃だった。精神構造も複雑なのか単純なのか、まるで想像がつかない。
こういう奴は厄介だ。次に何をしてくるのかわからないからね。わかったのは悪趣味ってことくらいさ」
インパルスの説明が終わると騎士達はそれぞれ顔を見合わせたが、結局のところ行動に移す時に指揮を執る者が不足していた。ベリアーチェは自らが指揮を執るべきかどうかまだ悩んでいたが、敵は待ってはくれなかった。神殿騎士団のセンサーが、さらなる敵の出現を察知したのだ。
「こちらに接近する者あり! その数・・・20、30・・・まだまだ増えています!」
「形状は?」
「不定形です、悪霊の類が予想されます。あ、何体か実体のある人型がいます。え、いや・・・変形してる?」
センサーがその報告をして顔を上げ、ふっと中庭のある壁の方を見た時、壁から突如として手が出てきてセンサーの頭をわしづかみにしたのだった。
現れたのは人の背丈の倍ほどもある巨人。屈強な鎧のような筋肉に包まれたその体と、また蛸のように割れた口を持つ坊主頭のその巨人は、神殿騎士のセンサーを持ち上げたまま周囲を見渡した。普通ならひるむ。だが鍛えられた屈強の騎士達はその光景を目の前にしてもひるまず、なんとその巨人に向かって攻撃をすかさず繰り出していたのだ。
「てぇい!」
「おおぅ!」
騎士と僧侶の攻撃が、同時にセンサーをつかむ巨人の腕を攻撃する。さらに同調するように頭を掴まれたセンサーも、腰の小太刀を抜いて巨人の腕に突き立てた。たまらず巨人が腕を放すと、落ちるセンサーを他の騎士が抱き留め、そのまま飛びのく。そしてセンサーの無事を確かめながら、他の者が彼らを守るように立ちふさがった。
その連携の見事さと速さに、思わずインパルスが感嘆の口笛を上げる。
「さすが大陸最強最大勢力の精鋭だ。ボクが知っている中でもぴか一の動きだね」
「それはどうも」
ベリアーチェが騎士達に代わって礼を述べたが、それほど状況は生易しくはなかった。既に敵は四方八方から押し寄せており、彼らは囲まれていたのである。裂け目までの間にも既に敵が立ちはだかっている。
「厄介な・・・サイクロプスの集団なんて、そうそう討伐でも目にしないわ。相手が魔王の類なら、この襲撃は協定違反になるのではなくて?」
「ボク達が死ねば証拠がなく、相手を殺しても証拠が残るかどうかは定かじゃない。それに『アルフィリースを襲うつもりはない、あくまでアルネリアを狙ったものだ』とか言って、とぼけ通すこともできる。倒せば痕跡が残らない魔王とは、何とも都合の良い手駒じゃないか。そこまで考えて作っているのかもね」
「なんて底意地の悪い。オーランゼブルというのは本当に、最もこの世で気高いと言われたハイエルフなのかしら?」
悪態をつきながらベリアーチェとインパルスが背中合わせに構える。周囲に敵はおよそ50。悪霊と巨人の混成である。相手にできない数ではないが、生き延びたセンサーが不吉な言葉を口にした。
続く
次回投稿は、11/5(月)11:00です。