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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その5~口論と疑惑と~

 アルフィリースがミランダを押さえながら、いたって冷静な表情でカザスに向き直る。


「貴方の言うことは正しくもあり、間違いでもある」

「ほう、その心は?」

「私も学問を学んだ身。学問の進歩のためには倫理なんて置き去りにされがちなことはよくわかる。だってその方が進歩がスムーズだもの。でもその中で先生に教えられたことがあるわ。それは『言葉は時に剣や魔法よりも強い』ということ」

「その言葉は私も知っていますよ。200年前の学者、ローランの言葉ですね」

「誰の言葉かまでは知らないけど。でも貴方はその意味を全くわかってない。貴方はとても賢いのかもしれないけど、残念ながら貴方はある点では4歳の子どもにも及ばないほど愚かなのよ」

「・・・5つの学位を持ち14歳で教授になった私に、ただの傭兵が説教ですか。面白い」


 カザスは腹を立てるよりも興味をそそられた様だ。感情の反応まで学者そのもであった。

 アルフィリースはひるむことなく続ける。


「極端な例を挙げれば、王様が『戦争だ』と言えば、戦争が起こりうるわ。たとえそれが私怨であったとしてもね」

「現在では王にそこまでの中央集権がなされることは少ないですが、時にそういう事例もあるでしょうね。私は王様ではありませんから当てはまりませんが」

「それが貴方の悪い所よ。貴方は自分のことを知らなさすぎるわ」

「今あったばかりの貴方が私のことを理解できると?」

「貴方のことは無理だけど、もっと一般的なこと。学者の言葉は時として王様よりもタチが悪いわ。だって、王様の言葉はせいぜい国内にしか広がらないけど、学者とか国家の枠組みに縛られない人間の言葉は、その個人の知名度によっては大陸中に広がるわ」

「ふむ、確かに。私は大陸東部では名前もそこそこ知れてきていますしね」

「貴方は有名な学者の様だから、自分の言葉にもっと責任を持つべきよ。自分の言葉で起きる余波についてね。全てとは言わなくても、少なくとも考え付く範囲では検討し、防波堤となりうる対策を考えておく必要がある。それもできないというなら、何も発言しない方がいい。社会的に迷惑を被る人間が多いだけでなく、貴方の寿命を縮めることにもなるでしょうから」

「私の命が?」


 カザスもそれは考えていなかったようで、驚きの表情をする。


「ええ。貴方の一言をきっかけにして仮に戦争が起こったとしましょう。戦争を仕掛けた方が一方的に勝てばよいけど、戦争を仕掛けた方が結果的に負けた時に、責任を追及されるのは間違いなく貴方よ。人間なんてそんなものじゃない? 魔女裁判が起きた時代を書籍で読んでいるでしょう?」

「・・・確かに、思い当たる節がありますね」


 魔女というのは魔術教会とはまた別に存在する集団であり、魔術教会よりも古くから各土地に根差しているのではないかと言われている。魔女と呼ばれる人種は元来魔術が使える、使えないに限らず無知な市民に生活の知恵を授ける学者・医師・教師のような存在だった。だが住民の及ばない力や知識を行使する彼女達は、その土地で悪いことが起きると責任を押し付けられることになった。発言力があったからこそ、その言葉に従い何か悪いことが起きると民衆は魔女に責任を押し付けた。またその事情に魔術教会の権力拡大の陰謀が多少なりとも見え隠れしたのも事実である。

 挙句の果てに魔女裁判なるもの――裁判と言えば聞こえがいいが、ほとんどが魔女の言い分も聞かず一方的に処刑するようなものだった――が行われ、大陸から次々と魔女は姿を消していった。その結果として土地は荒れ、魔物がはびこるようになって初めて魔女の存在意義が人々には知られたが、既に時は遅かった。生き残った魔女達は多くが人間に愛想をつかし、隠れ棲むようになったのである。

 その後元来の魔女の役割は魔術教会とアルネリア教会が分担して行うことになったのだが、魔女たちがいずこにて何をしているのかは彼らも知らない。

 カザスにしろその時代のことは書籍上では知っているし、その時の感想としては民衆の愚かさに呆れ、魔女の1人で責任をおっかぶされるようなやり方をするから上手くないと思っていたのだが、まさか自分にも当てはまる出来事だとは意外だった。思わずその指摘に唸ってしまう。


「・・・全面的でないにしろ、どうやら貴女の言葉に一理あることを認めないといけないようだ」

「わかってくれれば嬉しいわ」


 アルフィリースはにこりと微笑む。ミランダは振り上げた拳のやりどころに困っているようで、おろおろしている。しかしそのやりとりを見ていたリサの方は、内心思うことがあった。


「(ギルドでのやりとりもそうだったですが、アルフィリースはとても純粋な一方で、同時に非常に冷めた部分がある。いずれあれが彼女の命取りにならなければいいのですが。一体彼女は今までの人生で何を見てきたというのでしょう。)」

 

 しかしそんなリサの心配をよそに、どうやらカザスは納得したというよりはアルフィリースに興味を覚えたようである。


「しかし傭兵でありながら、貴女は中々学問にも精通しているようだ。会話の中で師匠という言葉が出てきましたが、どちらの方に師事されたのです?」

「アルドリュース=セルク=レゼルワークって知ってる?」

「! 当然ですよ、私の尊敬する方の1人です!」


 カザスが目をキラキラさせながらアルフィリースに詰め寄ってきた。そしておもむろに彼女の手を握り締める。


「あの方もその史実が謎に包まれた人だ。あれほど万能の天才でありながら、全ての権力を放棄して消息をくらませた人。その人の顛末が知れるとは・・・私はなんて幸運なんだろう!」

「はあ・・・」

「もしよかったら彼の話を聞かせて欲しいのですが!!」

「ま、まあいいけど」

「それでは早速! まず彼のひととなりからですね・・・」

「(なんで私の周り変な人ばかり寄って来るのー?)」


 アルフィリースが心の悲鳴を上げる中、意外なところから救いの手が差し延べられる。


「先生よぅ、そろそろ先に行かないか? アンタはゆっくりでよくても、俺は結構急ぐんだよ」

「おっと、そうでしたね。まあ彼女の宿・部屋などは調べればすぐですから、今夜や明日にでも伺うことにしましょう」

「(まさかストーカー誕生の瞬間!?)」


 アルフィリースがそのような被害妄想に囚われた瞬間、フェンナがラインとカザスに忠告した。


「先に行かれるなら注意した方がいいでしょう」

「なんでだ、ダークエルフのねぇちゃん」


 ラインが不躾に尋ねる。だがフェンナももはやいちいち気にしていない。


「先ほど確認したのですが、地下2階以降とこの地下1階では明らかに建造物の年季が違います。迷宮は明らかに後で作られた物です。そして建造物を迷宮にする理由はただ1つ。」

「・・・侵入者対策か」


 ラインが答える。ラインが考え込む様子が不思議でならないアルフィリース。


「ダンジョンなら迷宮で当然じゃないの?」

「アルフィリース、お前アホだろ?」

「な、何よ! アンタにアホとか言われたくないから!」

「いーや、アホだね。よく考えてみろ、迷宮を作る目的は侵入者を防ぐためだな。じゃあなぜ侵入者を防ぎたいんだ?」

「・・・見られたくないものがあるから?」

「そうだ。それが宝だったり、あるいは単純に要塞でも迷路のような構造はするがな。だが宝ならわざわざダンジョンを新たに作成しなくてもいい。何せダンジョンの作成自体に凄まじい金と労力がかかるし、『ここにお宝があります』って自分からばらすようなものだからな。と、すると考えられる可能性としては」

「・・・何よ?」

「可能性の中の1つだが、何かをヤバい物を封印したとかな。だがそっちの方がかなり信憑性はある」

「根拠があるのか?」


 今度はさすがにもう冷静に戻っているミランダが加わってきた。ラインがミランダの言葉にこくりとうなずく。


「ああ。この依頼、実はこれが3回目の募集だが、今までの連中はだれ一人帰って来ていない」

「なんだって!?」

「最近俺はこの周辺で稼いでいてな。その中で親しくなったやつがいたんだが、7日前の最初の募集で集められていた。俺は怪しいから辞めたがね。だが、そいつがいつまでたっても帰ってきやしない」

「そのままどこかへ言った可能性は?」


 今度はニアが尋ねる。


「彼女へのプロポーズをほったらかしてか?」

「それは・・・」

「めでたい席になりそうだから俺もちょっとした催しを準備してたんだがな。怪しいと思った俺は独自に調査を開始した。そいつの嫁になるはずだった女にも頼まれたしな。そしたら確認が取れただけでも10人は帰って来ていない」

「それでもたかが10人では、確証というほどではないだろう?」

「確率の問題だ。調べた10人中全員だぞ? ギルドでもちょっとした噂になってるよ。それに、どうにもきな臭い話がここのところ多くてな」

「他にもあるのか?」

「ガキが突然消えただの、森の魔物が急にいなくなっただの、死者がよみがえるのだの、そりゃもう色々な。その程度はよくある四方山よもやま話だが、この前はクルムスとザムウェドが戦争状態に入ったそうだしな」

「なんですって!?」


 今度はフェンナが驚いた。それはそうだろう。間接的だが、クルムスはフェンナにとって仇である。だがそんな事情を知らないラインは続ける。


「その過程においておかしい点はいくつもある。まず第2王子が小姓に刺殺されたこと。そして第1王子は突然の病で死んだそうだ。また相次ぐ王子の逝去に、国王は心労がたたり倒れたそうだ。それらの事情を受けてか、しばらく消息の知れなかった第3王子が突然国王代理を名乗り出た。もはや国王では国を率いる力が無いから、自分が王に代わって国を率いるとな。だがあの王子はバカで有名だったから当然重臣たちは反対した。すると・・・」

「・・・」

「その場で反対した全員を斬り殺したんだそうだ。中には武官として名を馳せたような奴らもいたらしいが、まるで魔王のような強さだったと生き残った連中は口をそろえて言っている。だがともあれその王子のおかげでザムウェドとの戦線は持ち直したそうだ。むしろ押しているとも言われている」


 フェンナは開いた口がふさがらない。それはそうだ、自分の仇が生きていたのだから。あの木の魔物を倒した後で一応確認したのだが、兵士は全員死んでいた。いや、まさに欠片としてしか確認できなかったから死体の判別など出来なかったのだが。当然手傷を負わせたあの王子が逃げれるはずなどないと思っていたのだが。

 絶句したフェンナを尻目に、リサが質問を続ける。


「ゼルバドスという男がどうなったかわかりますか?」

「いや、知らないな。その男がどうかしたか?」

「少し気になっただけです。もしかすると大きく関わっているかもしれませんので」

「ふぅん・・・お前たちも何か知ってそうだな」


 リサの質問に興味を示すライン。だが、


「ええまあ。ただし今は先を急いだいいかもしれません。地下3階で動体反応が次々消えています」

「何!? 人間がってことか?」

「全てが人間かどうかは残念ながらわかりませんが・・・どうしますか、アルフィ?」

「聞かれるまでもないわよ、先を急ぎましょう!」


 その言葉を皮切りに歩みを速める一行。既に全員の意識は他の連中の救出に傾いていたが、フェンナだけは仇が生きていることを知り、複雑な感情を抱えたままだった。



続く


次回投稿は11/20(土)18:00です。

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