不帰(かえらず)の館、その21~予想外の罠~
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「やれやれですね。先ほどから同じような廊下ばかり。もう既に半刻も歩きっぱなしでは?」
「大凡そう。既に屋敷を全て歩くぐらいは移動している。この中はおかしい」
リサとルナティカがいくら歩いてもまるで進展のない館に不安を覚える頃、黙っていたアリストもついに声を出した。
「全員、一旦休止だ」
「休憩ですか」
「一度そうしましょう。先ほどから歩き通しだ。このままでは全員がへばってしまう」
「では見張りは私がやろう」
「頼むですよ、ルナ」
ルナティカは休みも取らず見張りについた。もっとも何がいるかわからないこの館で、ルナティカ自身も自分の見張りがどこまで役に立つのか疑問ではあったのだが。
騎士達は鎧をつけたままひと時の休憩に至る。全員が携行食を口にし、水筒の水を飲んでいた。中には仮眠をとる者もいる。わずかの睡眠でも、それが頭を冴えわたらせることもあるのだ。
だがアリストだけはリサを近くに呼び、彼女の意見を求めた。
「リサ殿、周囲の状況はどうでしょう?」
「申し訳ありませんが、私には正直期待しない方がよいでしょう。この中は相当に強力な結界が張られています。リサでも早々簡単にセンサーを張り巡らせられるものではありません。というか、センサーを飛ばしても、帰ってこないのです。何か空間自体に吸い込まれるような感じを受けますね。たとえれば、ぬかるんだ地面を歩く時のような感覚でしょうか」
「なるほど・・・我々にもセンサーはいますし、また悪霊感知に長けたシスターや僧侶もいますが、いかんせん反応がないとのことです。まるで敵に囲まれた状態で濃霧の中を歩いているような感覚だ。これではこちらが先にまいってしまう」
「決着は早い方がよさそうですね。肉体よりも、精神的な疲労がひどい」
アリストの言う通り、リサもまた消耗が激しかった。アルフィリースは常々厳しい訓練を傭兵達に課すが、彼女の持論は「戦闘を想定するなら、戦闘の三倍厳しい訓練が必要」とのことであった。いざ実践では精神的な負担や悪条件も重なれば、普段の十倍もの速度で消耗が進むとアルフィリースは主張するのだ。
リサも正直そこまでするのかと考える時はあったが、なるほどこのような事態ではアルフィリースが課した訓練の倍量をやっても足らないとリサは納得できそうだった。
リサは懐を探って、例の物を持ってきているかどうかを確かめる。
「(念のため持ち歩いてはいましたが、まだ実戦での使用経験はない・・・後の反動を考えると、使うようなことにならねばよいのですが。使っても一回こっきりでしょうね)」
リサはため息をつくと、見張りをしているルナティカの様子をちらっと伺った。まだ彼女の様子に変化はない。危険は今のところ迫ってないかのように思われた。リサもまた、一旦仮眠をとることに決めた。次はいつ眠れるかわかったものではないからだ。
そしてどれほど眠ったのだろうか。リサは左手の甲に熱い痛みを感じて目を覚ました。
「痛・・・なんです?」
「よかった、目を覚ました」
目の前にはリサが起きた様子を見てほっとするルナティカの顏。リサが視界の定まらぬ焦点を合わせて左手を見ると、そこにはルナティカが傷つけたと思しき傷があった。
「う・・・これは?」
「私が見張りを初めて間もなく、全員が眠りについた。余程疲れていたのかと思ったが、これほど屈強の兵士達が全員眠るなどありえない。また私も非常に強い眠気に襲われたので、これはおかしいと思いリサに駆け寄ったが、揺さぶってもひっぱたいても起きない。それで済まないとは思ったが、こうした」
リサの頭がだんだんとはっきりしてくると、そこには確かに神殿騎士達が総員でまどろんでいた。また、ルナティカの太ももには短刀を突き刺した跡が見られたのだ。リサの意識が完全に覚醒する。
「なるほど、既に攻撃は始まっていましたか。直接ではなくからめ手でくるとは」
「どうする? 全員ひっぱたいて起こすか?」
「アリストとシスターから起こしましょう。他の者達にも起きてもらわないと、こんな時に敵でも来たら・・・」
リサが言いかけた不安は、もう的中していた。リサのセンサーに、多数の敵が引っかかったのだ。全員人型。ゆっくりとした速度でこちらに近づいているのがわかる。
「ルナ。多様強引でもよいので、全員叩き起こしますよ!」
「ああ」
ルナティカとリサは敵が来る前に全員を起こそうと走り回ることになった。
***
「片付きましたか?」
「はい、滞りなく」
外に残されたベリアーチェと兵士達は、イビルトレントの掃討を終えていた。外に残ったのは約20名。戦力としては多少不安だが、少なくとも通常の悪霊程度にてこずるような面々ではないようだ。ベリアーチェは一安心しながらも、今後どうするかについて頭をめぐらせた。
「さて。これからどうするべきか、皆の意見を聞きたいと思います。私としてはここに拠点を築き、本隊の帰還を待つべきだと思いますが、いかがでしょうか?」
「賛成です。元々後方支援が我々の任務ですし」
「ですが、拠点を築くのならば『城』の外がよいのでは?」
「それではこの『城』の中に突入するような事態になった時に、どう対応する? ラーナ殿は中にいるのだぞ?」
「だが『城』の中はそれはそれで危険だ。核となる戦力が存在しない我々では、万一が起こりえる。それに我々は直接戦闘能力に欠ける者がほとんどだ。トレント程度なら退けられるが、それ以上の敵が出れば非常に脆いぞ?」
「そう言うが――」
ベリアーチェも想定してはいたが、案の定意見は様々に割れてまとまりを見せない様相を呈してきた。どの案も正解であり、また不正解でもあった。ベリアーチェは頭を悩ませながら、自分が正規の神殿騎士でないことを恨んだ。こういう時に信頼ある者ならば、その是非はともあれ当座の意見をまとめることは可能だろう。
ところが話し合いに結論をもたらしたのは、意外な人物であった。
続く
次回投稿は、11/3(土)11:00です。