不帰(かえらず)の館、その19~襲撃②~
「ここは私が。貴方には子供達を任せてよいですか?」
「面倒やけど、まあええわ。でも後で合流すんねやろ? 俺一人に子供の世話を押し付けようなんて、虫が良すぎるで」
「あら、私は最初からそのつもりですわ。その方がお互い、戦い方としては向いていると思いますけど?」
「ちっ、ええ性格しとるわホンマ。一つ貸しとくで」
ブランディオがジェイク達を促して反対方向に走る。ジェイクは残されたシスターを気遣ったが、ブランディオが首を振った。
「余計な心配すなや坊主。あれは強い」
「でも、援護はあった方が」
「いらん。あれは一人の方が戦いやすいんや。あれが本気で暴れ始めたら、こんな屋敷なんかぶっ壊れてもおかしない。あの女が俺らを気遣う余裕があるうちに退散した方がええ。可愛い顔してほんま恐ろしいやっちゃで、あの女は」
ブランディオがちらりとウルティナの方を振り返ったが、以前彼女を援護しようとして逆に死にかけた記憶を思い出す。敵よりも恐ろしい味方の存在を、若き日のブランディオは理解したのだった。
残されたウルティナの目の前には、赤い光が無数に発生し始めていた。ウルティナの光が照らす範囲は狭い。なぜなら、本来ウルティナやブランディオに光はあまり必要でないからだ。夜間の戦闘で光を使えば敵を集めるだけであり、彼らは光なしでの戦闘も可能なように訓練されている。先ほど光を点けたのはジェイク達のためである。
そして思った通り、光を目指して敵が集まってきたのだった。魔物、魔獣もそうだが、人に害をなす類の悪霊にもなると光を恐れず、逆に寄ってくることも多いのだ。
「悪霊・・・いえ、今度は蜘蛛ですね。それにしても大小様々集めたものです」
赤い光は6つで一つの塊であるようだった。眼であるそれがもはや数えきれないほど周囲にあるが、全て大きさは一様ではなかった。赤い光を宿す眼は大きいものでは光自体がウルティナの頭ほどにも大きいものもある。ウルティナの光の届く範囲に、毛むくじゃらの節のついた足が見え隠れする。
ウルティナは敵に囲まれつつも冷静だった。そして奥からくる一際大きな音に注目する。
「姿を見せてもらいましょうか」
ウルティナが光を強くすると、蜘蛛たちは驚いて後ずさったが、一体の巨魁が目に入った。部屋いっぱいに広がらんとするその巨体は、それは足こそ百足のようだったが、胴体以上は人間の赤子であり、つぶらな瞳がウルティナを見つめていたのだった。背中には無数の透明な卵のようなものが見え、そこからは蜘蛛が生まれている。つまり、この魔物が蜘蛛達の主なのである。
その凶悪なまでの姿に比べて瞳が純粋なだけに、逆に不気味にウルティナには感じられた。
「醜悪。これは魔王の類と考えてもよいでしょう。こんなものが出現するとは、この館の主は・・・まあいいでしょう。まずはここを突破してから考えましょうか」
ウルティナの周りには無数の小さな魔方陣が浮かび上がるのであった。
***
「こちらにございます」
仮面の男はラファティ達を案内すると、そのまま闇に消えて行った。ラファティ達の前には立派な扉があり、ラファティはその扉をノックすると中に入ったのだ。
「失礼する」
「お待ちしておりました」
中にはお腹の肥えた中年の男がいた。記録にある似顔絵とよく似ている男でらう。まず屋敷の主であるランブレスで間違いないだろうと、ラファティはあたりをつける。
「ランブレス殿で間違いないか?」
「左様にございます」
「では単刀直入に聞こう。要件とは何か?」
ラファティは素早く本題に入った。余計な手間をかけたくなかったからだ。ランブレスは表情を変えずに淡々と語った。
「我が娘の事で相談に乗っていただきたいのです」
「待て。ではこの一連の騒ぎ、また外界の者が帰ってこぬのは貴様の娘の仕業と申すか?」
「はい」
ラファティはもちろんそうだと睨んでいたのだが、あえて聞いておいた。ランブレスがどの程度真実を話すか知りたかったからだ。ランブレスは即答したが、ゆえにその真意は読み取れなかった。あまりに無感情に聞こえたからだ。もっとも既に実態を持たぬはずのランブレスであり、現にその姿も透けていた。霊に感情があるとはラファティは思っていない。高度な霊体となればまた別らしいが。
ラファティは質問を続ける。
「事情を話せ」
「事の発端は娘が生まれた時にさかのぼります。娘は生まれた時から既に長い黒髪を持っておりました。その髪はあまりに漆黒で、美しいと周囲には言われたものの、私自身は不安に駆られたのを覚えています。当時黒は不吉を象徴する色として、世の中に認識されていましたから。
そして娘が生まれてしばらくして、私の妻が娘に乳をやるのを嫌がりました。私が理由を聞くと、時に髪の中から除くその瞳が尋常ではない色を発しているというのです。私は笑って『母親が子供におびえるとは何事か』と言いましたが、内心では不安に思っていました。結局娘には乳母をつけたのですが、誰もかれも短期間で辞めていきました。理由は、私の妻と同じでした。
その後娘は成長しましたが、言葉を一切発することがありませんでした。最初は知恵遅れかと思ったのですが、文章はこの上なく堪能でした。4歳になる頃には大人と変わらぬ書き言葉を使っていたと覚えています。変わった子だと思っていたのですが、その時はその程度でした。ですが、決定的に私の娘がおかしいと思ったのはそれから間もなくの事です。
娘の部屋から侍女の悲鳴が聞こえました。事情を聴くと、娘は自分が飼っていた猫をずたずたに引き裂いた上、侍女に見せたというのです。それも、最高の笑顔で。もっとも笑顔と言っても、娘の髪は長く、生まれた後も一度も切らなかったため、その表情はかすかに見える口元意外に知れることはありませんでした。髪を切ろうとすると娘は異常なまでに嫌がり、癇癪を起してそこらじゅうの物を投げつけてきました。だから恥ずかしい話、我々親とて娘の顔をはっきりとはいたことがないのです。ましてや娘が笑うなど、私は生まれてこの方初めて見たと記憶しています。赤ん坊のころから、にこりともしない子でしたからね。
ともあれ私が娘の様子を見に行くと、同じように娘は私に猫の死体を差し出してきました。死体は無数の釘が打ちこんであり、四肢は切断されていました。ですが何より驚いたのは、そこまでされながら猫にはかすかに息があったことです。ここまでぼろぼろにしておいてどうして生きていられるのかと、私は恐ろしくなりました。明らかに意図的にやったのでしょう。
私は娘が異常であることに気が付きました。そして妻と執事と相談の上、娘を幽閉することにしました。屋敷を増築し、その一角に娘を追いやったのです。簡単に娘が出れないように、また人目につかないように様々な仕掛けを施して娘を幽閉しました」
「なるほど。それが複雑な屋敷の理由か」
「左様にございます」
ランブレスは相変わらず無表情のままだった。ラファティの部下達もランブレスの言葉を真面目に聞いている。ラファティはランブレスを促して話を続けさせた。
「その後はどうなった。幽閉した娘はどうしたのだ」
「はい、表面上は娘は落ち着いて暮らしているように見えました。相変わらず言葉は発さず、貪欲に本などを読んで暮らしていました。外に出せとは、一度も主張しませんでしたが、かえってそれが不気味でもありました。
私の方もそんな娘を見て幽閉したままでは不憫だと思い、時に行商などを呼び入れて、買い物などを行わせていました。旅芸人を呼び入れたこともあります。中庭も改造して、娘が季節毎に移り変わりを楽しめるようにしました。逆にそういった行いが人を呼び寄せたのか、風変わりな私の館は近隣でちょっとした評判になっていきました。
やがて私の館には多くの人々が訪れ、私はその対応に追われました。以前のように娘の様子を見ることもできなくなり、時間ばかりが経っていきました。私は娘を侮っていたのです。幽閉した娘に何もできるはずがないと。ですが・・・」
続く
次回投稿は、10/31(水)11:00です。月末なんで、連続投稿いっておきましょう。




