不帰(かえらず)の館、その18~襲撃~
「ギ!」
「オオォォオ」
光の球が弾けた瞬間、木がまるで人のように飛びのいた。みればそのこぶの部分が次々と盛り上がり、人の顔のようになっている。
そして動いたのは一つの木にあらず。次々と他の木や、植込みまでもがざわざわと動き始めていた。凶悪なまでに尖った茨が、彼らに迫ってくる。
「これは!」
「樹木の悪霊化、イビルトレントだな。だがこんなに大量に発生するとは、聞いたことがない」
「けったいなこって」
ブランディオはあくびをしながら感想を漏らした。だがウルティナの方はイビルトレントと対峙する騎士達に見向きもせず、さっさと裂け目の中に入ろうとしていたのだった。
さすがにブランディオが驚く。
「ちょい待ち! さすがにそれはないやろ?」
「何をいまさら正義感ぶって。あの程度の敵に遅れを取る神殿騎士ではないでしょう。それよりも敵の本拠、この『城』の主を叩く方が優先です。私も『城』の中での戦闘は初めてですが、書物の通りなら、敵の大将が健在な限り敵は無限にも等しい湧き方をする可能性もあります」
「まあそれもそうか。じゃああいつらに任せてまうか」
「むしろ囮として有効活用しましょう」
「ひどいなー」
ブランディオがちらりと騎士達の方を振り返った時、ジェイクと目があった。ジェイクが信じられないといった目でブランディオを見たが、ブランディオは最高の笑顔でバイバイをしながら裂け目に消えて行った。
思わずジェイクが悪態をつく。
「あいつ!」
「どうした?」
「俺達の事をほったらかして、裂け目に入りやがった!」
怒るジェイクの肩を叩いたのは、ドーラである。
「で、君はどうする?」
「どうするって、ここで一緒に戦うに決まっているだろう?」
「普通に考えればそうだね。だが、先ほど裂け目に入った彼らは尋常ならざる戦闘力を持つようだ。彼らについていくのも、一つの選択肢化もしれない」
「え?」
思いもしなかった提案に、ジェイクが戸惑う。リサの救出と、自分達の安全を考えればどちらがよいか。騎士としての任務を考えれば、許可もなくこの場を離れることは許されない。だがリサの事を考えればどうか。
ジェイクはもう一度ドーラを見た。
「どうするのがいいと思う?」
「どちらでも。決めるのは君だ、ジェイク。人を率いるとはそういうことさ。君の人生はこれからこういった判断の連続になるだろう。今がその一歩目なのかもしれないね」
「そうか・・・よし」
ジェイクの決断は早かった。彼らは最後方にいるのをよいことに、ジェイクの合図でじりじりと下がり始めた。ブルンズ、ラスカル、ネリィは驚いたが、彼らの直接の指揮はジェイクが執っているのである。幼い彼らにジェイクの命令に逆らおうという発想はない。そして騎士達も目の前の戦いに必死で、ジェイク達の行動に気が付かなかった。
ジェイク達は十分に距離を取ると、一斉に駆けだした。まだ裂け目は暗い部屋を映している。
「行くぞ!」
「! 待ちなさい、ジェイク!」
裂け目に飛びこむ直前にベリアーチェが気付いたが、既に遅かった。ジェイク達は裂け目に飛び込み、殿のドーラがふっと笑いながら裂け目に飛び込んだのであった。すぐにベリアーチェは裂け目に駆け寄ったが、もはやそこには別の部屋が映し出されているだけであった。
「しまった! だがこれも運命か。ミリアザール様はジェイクの好きにやらせろと言っていたが、これでいいのか・・・?」
ベリアーチェはジェイクの行動の是非が分からず、困惑するのであった。
***
「のわぁ!」
「いってぇ!」
「ちょっと、どきなさいよ」
「わざとじゃねえよ!」
裂け目に飛び込んだジェイク達だったが、彼らは着地に失敗して折り重なるようにしてこけていた。ただ一人、ドーラだけが綺麗に着地を決めていた。
「大丈夫かい?」
「ま、まあな」
自分に背後からのしかかってきたブルンズをおしのけながら、ジェイクが起き上がる。
「ここは?」
「それはワイらも気にかかるところや」
突如として暗闇の背後からした声に、ジェイクの背筋がぴんと伸びる。そしてブルンズの背後に、ぼうっと浮かび上がる男の顏。ブルンズが声にならない悲鳴を上げるとき、周囲を明かりが照らした。
「子供を怖がらせるものではありません。悪趣味ですよ」
「いやいや、暗闇の定番やろ。つい、な」
まるで悪戯好きの子供のようにブランディオが笑う。たしなめるウルティナはため息をつきながら、あたりを魔術で照らし出した。周囲には大小様々な袋が置かれていたが、それらはほとんど手つかずのように見える。周囲を確認したウルティナとブランディオは、その瞳の輝きを鋭くしていた。
「さて、ここは地下の食糧庫といったところでしょうか。に、しても妙ですね」
「そやなぁ。さすがに『城』といったところやな」
「どういうことだ?」
ジェイクは二人の言葉の意味がわからず聞き返した。そんなジェイクにブランディオはため息をつきながら説明をした。
「あんなぁ、坊主。人間、観察力は重要やで? これはな・・・」
「食料があること自体おかしい。だって、ここは100年以上前に放置されたはずなんだから。そうでしょう?」
ブランディオの説明を遮ったのはラスカルだった。彼は既に食糧袋の一つを懐刀で開けて確認していた。中身は、ただの砂である。他の袋もいくつか開けたが、中には果物が入っている物もある。その中の一つをブランディオは取り上げると、おもむろに素手で割って見せた。が、中からは砂がこぼれだしてきたのみである。
「冷静な坊主もおるようやな。これは全部作りもんや。ここは『城』ちゅうてな、結界の上位版にあたることは知っとるな? この『城』の特性は、ただ外部を遮断する結界と違うて、結界の中に自分の世界を作り上げるちゅうことや。だからこの中は完全に異空間やと思うて間違いない。食糧袋の中が砂やったり、果物が砂なんは、この『城』の構成主が外見しか知らんからや。まあこれも純粋な砂かと言われたら、違うんやろうけど。
せやからワイらの常識はここでは全部通用せん。時間の流れも、距離感も、上下左右さえもな。自分を保てんかったら、あっちゅう間にこの空間に飲み込まれる。よう覚悟しいや。
とかいいつつ、ワイも『城』の中に足を踏み入れるんは初めてなんやけど」
アッハハと陽気に笑うブランディオに、一同は不安そうな顔になる。その彼をウルティナが冷めた目で批判した。
「だから子供たちを怖がらせるなとあれほど・・・ごめんなさいね、怖がらせて。でも、どうして私達についてきたの?」
「自らの直感に従って。もっと言うなら、あそこにいた残りの戦力全てより、貴方達二人の方が強いと思ったから」
ジェイクの澱みない答えに、ブランディオとウルティナは顔を見合わせた。そして面白そうににやりと笑ったのである。
「面白い坊主が神殿騎士団にもおるな」
「ええ、本当に。伊達に少年ながらここに派遣されるだけのことはある。ならば余計な気遣いは無用ですね。ここから何が起きても、しっかりと私達のどちらかについてくるように」
「?」
ジェイク達はもちろんそのつもりだったが、まもなくカサカサという音と、何か大きな体を引きずるような音が聞こえてきたのだ。それらは食糧庫の奥から響いてくるようだった。
ウルティナが前に出てブランディオを促す。
続く
次回投稿は、10/30(火)11:00です。