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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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不帰(かえらず)の館、その14~扉の罠~

「何!」

「しまった!」


 あまりに不可思議かつユーモラスな入り口の出現に一同が油断していたが、ここは紛れもなく異常現象の巻き起こる館なのであり、そして何人もの人間を飲み込んだ館なのだ。そのことを一同が思い返した瞬間、先ほどまでの手がついた扉は切り離され、手が人差し指を立てて横に振りながら、その形を変形させていった。扉の正中は左右に開かれ、のこぎりのような歯と、長い舌がべろりと伸びてきたのである。

 外に残された者達は、一斉に自分の得物を抜いた。


「おのれ、敵か!」

「まあ当然、味方などいるはずもないですが」

「全員抜刀!」


 誰となくかかる号令に戦闘態勢を一同がとるが、彼らに先んじてすうっと前に出た者がいた。ウルティナである。

 彼女があまりに無防備に近づくので、いまや変形した扉さえも襲いかかるのも忘れて彼女の動向を見守った。ウルティナは扉の数歩前で止まると、手を体の前でしとやかに組んだまま、その目をゆっくりと開いた。


「戯れがすぎますよ、魑魅魍魎の分際で」


 その言葉と同時に人の倍近くもある扉が真横に吹き飛び、先ほど降りてきた鋼鉄の扉にぶつかって轟音を立てた。そして扉が衝撃で身動きのできないうちに、ウルティナは割れた口から出てきた舌を引っ張り出して締め上げたのである。


「いいですか、我々はお前みたいな雑魚に関わっている暇はないのです。さっさとこの扉を開け、どこへなりと消え失せなさい。今すぐに!」


 笑顔の中に潜むその剣幕と、全く笑っていない目に扉も恐怖を覚えたのか、一生懸命に先ほどの手が動いて何かを伝えようとしている。だがその手の動きがよほど腹立たしいのか、ウルティナは目を細めて扉を攻撃するような意思を見せた。だが、その手を止めたのはなんとエメラルドだったのである。その隣には人型に戻ったインパルス。インパルスの突然の出現に驚く者も何人かいたが、さすがにウルティナとブランディオはインパルスが何者かを瞬時に悟ったようだった。


「だめ。こわす、だめ」

「お退きなさい。それともあなたも巻き添えになりたいですか?」

「その子を傷つけたらボクが許さないよ」


 インパルスが睨んだので、ウルティナも手を引っ込めた。


「なるほど、あなたは魔剣の類でしたか・・・」

「そんなことはどうでもいいさ。それよりも、エメラルドはこの扉が何を言いたいかわかるようだ。ここは彼女に任せてみたら?」

「ほう?」

「えめらるど、がんばるよ!」


 ウルティナがおとなしく引っ込んだのを見て、エメラルドは扉との交渉を開始した。手が身振りで示すことを、一つ一つ確認していく。

 しばらくして。


「わかった! ここのとびらはもうあかないけど、あっちにいりぐちがあるって! そっちのほうがあんぜんみたいだよ!」

「案内できますか?」

「できるよ! こっち!」


 エメラルドは残った仲間を伴って歩き始めた。そして彼女を見守るウルティナを見て、ブランディオが声をかける。


「おもろい子やなぁ。まあこれがさらなる罠かもしれんけどな」

「ええ、その通りです。ですが館に侵入はできそうですね」

「その方がこの館さんとしても、話が早いんやろ。さっきから、館の中から殺る気満々って匂いがぷんぷんするでぇ」

「館に意思があると?」

「そこまで言うてへん。やけど、館の中には色々とおりそうやな」


 ブランディオは館を改めて見ながらつぶやいた。だがその声色は明らかに歓喜に満ちている。望んで過酷な巡礼に参加した破戒僧。敵を説法で説いて降参させるのではなく、ただ滅殺をもってのみ倒すのが巡礼の六位、ブランディオという男だった。

 そしてウルティナはというと。


「さて、そろそろ私達も行きましょう」

「それはかまわへんよ。けど、あの扉さんは放置か? もう敵意はないみたいやけど」

「何をわかりきったことを。敵にも常に慈悲の心が必要だと、会うたびに何度も聞かせていますよね?」


 ウルティナは多少ブランディオに呆れたように、怒った声で話しかけている。その後ろでは敵意をなくした扉が、がたがたと震えていた。


「お前さんの慈悲は、いまいちワイにはわからへん。この場合、どうするのが慈悲なんや」

「もちろん、こうです」


 ウルティナが右手に力を込めるような仕草をすると、扉の全身が締め上げられるようにめきめきと音を立てて変形していった。扉は本能的に悲鳴を上げようとするが、その舌をウルティナがさらに掴みあげ、声も出ないようにしたのだ。


「声を出してはなりません。邪なる者は速やかに光に還るのが常。それ以外の結末は容認できません」

「キ、ギシ・・・」

「悪しき者よ、アルネリアの教えの元に去ね」


 ウルティナの言葉と共に全身を締め上げられた扉は、ついにこと切れてただの扉に戻ったようだった。がらがらと音を立てて崩れる扉を見て、ウルティナは満足そうに笑顔を作った。ここ数日で初めての彼女の笑顔かもしれなかった。


「やはり正しき行いをした後は晴れやかな気分ですね」

「そうかぁ?」

「ええ、善行はやはり気分が良い」

「うーん、ワイとさして変わらんような気がするがなぁ。どの辺が善行なんやろか」


 ブランディオはいまいち納得のできない顔をしながら、巡礼の八位に坐する、自分と同じく滅殺の任務を請け負うウルティナを見つめるのだった。



続く

次回投稿は、10/22(月)12:00です。

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