不帰(かえらず)の館、その13~突入~
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遠く離れた深緑宮で、シュテルヴェーゼは意識を千里眼の先から目の前の光景に戻した。目の前には倒れ伏すミリアザール。そしてその彼女を解放するジャバウォック達がいた。ミリアザールもまた、彼女自身の特訓中であったのだ。
そして当然のごとく、ミリアザールはシュテルヴェーゼに叩きのめされていた。ミリアザールが全盛期であったころですら、シュテルヴェーゼとはまともな勝負にならなかったのだ。今更どうなるものではないことは、互いによくわかっている。それでもミリアザールは訓練をせずにはいられなかった。ライフレス、ひいてはブラディマリアと戦うためには、全盛期の自分でも及ばないことは明白だったからだ。
そしてミリアザールが気を半ば失っている所で、シュテルヴェーゼの意識が変わったことにレイキが気づいた。
「シュテルヴェーゼ様、いかがなさいましたか」
「・・・しばし待て。妾も何と言ってよいか、まだわからぬ」
「?」
シュテルヴェーゼには珍しく言葉を濁したことに、ロックルーフとジャバウォックが顔を見合わせた。シュテルヴェーゼは顔に手を当て、彼女としては珍しく困惑していたのだ。
シュテルヴェーゼを悩ます存在。それは他ならぬユグドラシルだった。
「(なんだ、アレは・・・あんな奴がオーランゼブルの仲間にいるとは、初めて知ったぞ? こんなことが起きないように、妾は慎重に動いてきた。オーランゼブルの小僧が何を仕掛けているのかは全て知っているつもりだったが、あれは誰だ?
確かに妾の能力は万能ではない。視点は一つしかないし、千里眼を発動させている間は妾自身は無防備に近い。ゆえに誰も来ないピレボスの山頂にてこの世の流れを常に見守ってきたのだ。妾の干渉力は強すぎる。ノーティスの馬鹿者がそう言うからこそ、我ら二人は真竜の統率役も辞退し、グウェンドルフに後を任せて隠遁を決め込んでいたのに。
魔人がいまだ存在することは知っていたが、あの者に動かれると古の戦争の再現になりかねないゆえ、再び妾は動いた。あの人間――アルドリュースの言葉の影響があるにしろ、いかに妾とて無視できないと感じたからだ。魔人であるブラディマリアの相手は、妾がすればよいと思っていた。だが、あのような者がいたのでは話が変わってしまう。奴は・・・千里眼の能力を知っているのか? なぜ、どうして? そして千里眼の能力を逆に辿って、こちらを見おった・・・奴は一体・・・)」
シュテルヴェーゼの悩みは言葉になることがなく、ゆえに三体の幻獣達はその疑問を知ることができなかった。もっとも、シュテルヴェーゼにわからないものが彼らにわかるはずもないのだが。そしてシュテルヴェーゼがこの疑問の解決するためにノーティスに見つけようとして、彼がもはやどこにもいないことを知るのはもう少し先のことであった。
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再びランブレスの館前。ラーナを先頭に館の城を一部解除した彼らは、ついに館の正面に立っていた。
「ふむ、一見おかしなところはないが」
「いえいえ、十分おかしいわよあなた。何、この悪趣味なノブは?」
ベリアーチェが指さしたのは、人の手の形をした取手だった。それがまるで握手を求めるように、手を差し出しているのだ。
その扉を前にして、ラファティとアリストは顔を見合わせた。
「・・・どうしましたか、隊長。その顔は」
「いや、一番乗りの栄光をアリスト君に譲ろうかと思ってな」
「結構です。隊長、どうぞ」
アリストのにべもない拒絶で、渋々取手を握ろうとするラファティ。その前にちらりとラーナの方を見て、彼女が首を横に振ることを確認した。どうやら悪質な罠はなさそうだ。それでもなんだか乗り気はしないのだが。
「くそ、なんでこんなノブにしたんだ・・・まさに取手とでも言うつもりか?」
ラファティが手の形をした取手をつかもうとしたその時、取手はひとりでに動いてラファティの手をぱん、と払いのけたのである。乾いた音と、乾いた空気が彼らを包む。
ラファティはわが目を疑うようにもう一度手を差し出したが、やはりその手は二度、三度とはたかれた。ついに我慢ができなくなったブランディオが馬鹿笑いする声が聞こえてきて、ラファティは怒りに顔を赤くした。
「な、なんだこの手はー!?」
「お、落ち着いてください。隊長!」
「ふむ、中々洒落のきいた手ですね。良い友達になれそうです」
リサが冗談を言ううちにも、ラファティが差し出す手は何度もその手の形をしたノブにはたかれている。そして埒があかないことを悟ったベリアーチェが、夫を押しのけた。
「全く、何をやっているのかしら。いいようにあしらわれているじゃない」
「だがそうは言っても!」
「私がやるわ」
ベリアーチェには何か作戦があったわけではないのだが、単に自分がやろうと考えただけである。だが彼女が差し出したその手は、なんともあっさりとノブに受け入れられた。むしろベリアーチェの手を歓迎しているようでもある。
「あら、いい子じゃない」
「なぜだ・・・」
「アーハッハッハ! この館、笑いってもんがわかってるやないか!」
さらに加速するブランディオの馬鹿笑いを聞きながら、ベリアーチェは扉を開け、一行は一人、また一人と館に入っていった。そして半ばほどの人員が入ったところであろうか。突如として開いていた扉の庇部分から、鋼鉄の扉が降ってきたのである。
ドォン、という重量感のある音と共に、突如として入り口は塞がれたのであった。
続く
次回投稿は、10/20(土)12:00です。