初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その4~学者と傭兵~
「んで、誰?」
「・・・以前合同の依頼で一緒になった傭兵よ。頼んでもいないのに、散々絡んできて依頼はろくに成果が上がらないわ、網に絡まるわ、散々だったわ。名前は――言いたくない」
「ラインだ。苗字はねぇ。一応C級に相当するんだがね、よろしく頼まぁ」
ラインが軽く手を挙げて挨拶したが、アルフィリースの対応は変わらない。
「・・・で、この遺跡に何の用? 探索なら早くしないと終わっちゃうわよ?」
「いやーこうなると遺跡はどうでもよいというか、お前をからかうのが楽しいというか」
「・・・最低」
アルフィリースが心底嫌そうな顔をし、遺跡に向かって踵を返した。ミランダ達は一瞬事態が飲み込めなかったが、我に返り慌ててアルフィリースの後を追う。
あとでは男が腰に手を当て、軽くため息をついていた。
「嫌われてるなぁ」
「そりゃラインさんが悪いですよ。詳しい経緯は知らないですけど、あの女の人はとても誠実そうな人でした。遊郭や酒場の女ならともかくとして、ああいう真面目な女性にあの対応はないと思いますけどね」
「至極まっとうな意見をどうも、カザス先生。んで、良い具合に邪魔者もいなくなったところで、さっさと依頼に取り掛かりますかぁ? ここがその伝説の都市の跡地とやらなんだろ? さっさとやろうぜ、俺には俺の都合があるんだからよ」
お説教は鬱陶しいとでも言わんばかりに、舌を出しながら荷物を下ろすライン。普通ならばこの態度に苛々もするだろうが、カザスはここ数日でこの男の扱いに慣れてきたので、小さいため息程度で仕事に取り掛かる。。
「『廃都ゼア』ですよ、いい加減覚えてください。かつて他種族が同じ場所で暮らし、そしてその住人が唐突に姿を消したこの都市。まさか初心者用のダンジョンとして有名になっているとは! 測量学者の無数の報告を見ていて偶然気付きましたが、私の専門が考古学、地理学でなければ気付きませんよ。この秘密を解明すれば、考古学の世界では最高の名誉の一つで、学問都市メイヤーでも偉業の一つとして――」
「ご高説や蘊蓄【うんちく】には興味がねぇんだよ。さっさと指示だけくれや、若き天才教授さんよ」
「まったく、嫌味なくせに実務的ですよねぇ・・・」
カザスは話の腰を折られて少々残念がったが、ラインの言うことももっともなので、さっそく仕事に取りかかることにした。この二人、出会ったのはほんの数日前である。カザスは風体こそ少年のようだが、年齢はアルフィリースと同じ十八歳だ。その年齢にして東の都心部では遺跡・考古学者として名を馳【は】せ、他にも地学・地理学・天文学・物理学など複数の学位を取得し、各所学問所で引っ張りだこの、今をときめく学者の一人である。
そんなカザスには放浪癖があり、時々こうやってふらりと一人旅をする。危険な地域にも分け入るのだが、そこは見た目によらず慣れたもので、どうすれば危険を回避できるかをよく知っている。必要があれば傭兵を雇うなどして、今まで様々な業績を残してきた。
そのカザスが今回選んだのが、ラインである。カザスは人を見る目にも自信がある。一見軽薄に見えるこの男、実に油断なく合理的に物事を判断できるのだとカザスは考えた。等級や見た目では測れないその実力。ギルドでも裏を取った。それは――
「さ、いきますよ『依頼達成率百%の傭兵』さん」
「それ、呼びにくくないか? 『ライン』って呼べよ。あと、俺は俺でやることがあるからな」
「承知していますよ。形式上私が雇ったことになっていますが、私達は対等な関係だと思ってますから。えーと、ラインさん?」
「それならいいけどな、さんづけもいらないぜ。んじゃま、行ってみようか。アルフィリースがいるってことは、トラブルの予感だけどな」
「なんですか、それは」
「あいつの回りにゃ、人が集まるんだよ。良いのも、悪いのもな」
カザスとラインの二人は、連れだって遺跡に向かっていった。
***
そして入口に残されたのはロメオとその取り巻き達。だがミランダが冗談で言ったことは的をはずしてもいなかった。
(ぷっ! あの顔で色男だってよ?)
なぜなら彼はロメオという名前などではなかった。そう、彼は名前もよくわからない浮浪者なのだ。さらに言うなら、浮浪者だった、というべきか。
全員が遺跡に入ったのを確認すると、ロメオとその取り巻き達はドサドサとその場に崩れ落ちた。そして現れる2つの影。
「これでよかったのですか?」
「・・・充分だよ・・・」
「ドゥームの仕事にかこつけて素材集めも行うとはいい考えですね」
「・・・ただ今回は派手にやったからね・・・気付いた奴もいるだろうし、流石に不審がられる・・・同じ手口はしばらく使えないかな・・・」
「でも一斉に手に入る数としては十分では? アノーマリーも喜ぶでしょう」
「・・・そうだね・・・」
「それでは私は引き揚げますが、貴方は?」
「・・・僕はドゥームの監視をするよ・・・彼は目を離すとすぐ暴走するからね・・・」
「全く、まるで子どもの様だ。わざわざ貴方の手を煩わすとは」
「・・・実際、子どもだと思うけどね・・・」
「それもそうでしたね。貴方も大変だ、私は失礼させていただきますが。ではまた会いましょう」
「・・・ああ・・・」
そして背が高く美しい影と、無口な少年の影は消えた。と同時に、ロメオとその取り巻き達が存在した痕跡は、まるで霧散したかのようにもはや何一つ見当たらなかったのである。
***
その頃遺跡の地下1階でアルフィリース達はミランダの説明を受けていた。地下1階はかなり広く、大きな空洞のようなスペースになっている。壁にはたいまつが沢山灯っており、どうやら天然の洞窟に人の手を加えているようだ。中央には少し高台があり、地下2階に続く階段は突き当たりに見える。
「正確には分家筋、といったところかな。アルネリア教会は偶像崇拝を教義上禁止していることは以前説明したかもしれないけど、祈る時には明確な対象があったほうがやりやすいってことで聖女アルネリアの像を各教会に置いているのね。ただし各家庭単位でアルネリア像を置くことは禁止、アクセサリその他販売も禁止。だけど中には聖女アルネリアを精霊、あるいはその御使いと同一視して崇めたかった連中もいたのね。随分昔に破門されたのだけど」
「私からすると、別にアルネリアを崇めても構わないと思うのだけど?」
「アタシも正直どっちでもいいと思うけど、とかく強すぎる信仰はもはや狂信といってもいいからね。狂信が純粋に祈りのみに向いていればいいけど、権力とか、他の信仰との比較とかに目が向いて一歩間違えると反乱、分裂や内部崩壊につながりかねない。やっぱり当時はアルネリア教もそこまで基盤が強くなかったからか、そういった不穏分子はできるだけ締め出しておきたかったみたい。魔術協会の派閥争いを見ていると、それは正しかったんだなって思えるわね。まあアルネリア教の本質って、宗教というより慈善団体だしね」
「そういえばミランダも巡礼の任務に不正を正すことがある、とか言ってたもんね」
「そゆこと。名称こそ巡礼だけど、やってることは査察だからね。悲しいことにアタシ達のような慈善事業ですら、汚いことをしている奴らは後を絶たないのさ」
ミランダが酒場で暴れたり博打をするのはいいのかと言いたくなるが、そこは我慢するアルフィリースだった。実際彼女はそういうことにはだらしないが、怪我人や迷子を見るとほっとけない性質だからだ。アルフィリースがしばらくもの思いにふけるうち、フェンナが話に入ってくる。
「ではミランダはこの場所が何に使われていたかわかりますか?」
「うーん、それはわかんないな。でもニアやリサの話を聞く限りではここで他種族が暮らしてた可能性もあるわけでしょう? 人数的にはぎりぎり1000人近く入れそうだし・・・集会場ではあったかもね。何のかはわからないけど、さしあたってはみ出し者の集まりってとこかな」
「その話は興味がありますね」
入ってきたのは先ほどの少年と傭兵である。いつの間にか彼らはアルフィリース達の後ろを歩いていたのだった。
「いくらか話は聞かせていただきましたが、確かに貴方達の発想は当たっています。この一帯の名称は正式には『廃都ゼア』。書籍のみに語られ、いつ頃出来たか、またいつ頃滅んだのかは定かではありません。ただ人間・エルフ・獣人・ドワーフ・幻獣・巨人といった他種族が共に暮らす理想郷だったとだけ、伝説として残っています。まあ伝説と言っても300年ほど前なだけで、おそらくは記録があまりにも少なかったため伝説みたいな扱いになっただけでしょうが」
「・・・アンタは誰なのさ?」
ミランダが不快感を示す。彼女は学者風のひょろい男が嫌いだし、おしゃべりはもっときらいだ。この少年、いや、しゃべり口から察するに少年ではないだろうが、彼はミランダのど真ん中で嫌いなタイプの人間だろう。よく考えると、ミランダも元々学者みたいなものなのだが、同族嫌悪にも近い感情なのかもしれない。それとも昔の何もできない自分を連想させる存在が嫌なのか。
だがミランダの露骨に嫌悪感を表す表情も気にかけず、少年は少々大仰に礼と返事をする。
「これは失礼しました。僕の名前はカザス=ロウ=トーレンティスクと申します。東にある学術の都メイヤーにあるトリアッデ大学にて考古学・地理学の教授を務めております。どうぞお見知りおきを。こちらは傭兵のライン。今回ゼアの探索に当たって協力してもらっています。」
丁寧に一礼するカザスと、なぜかぶすっとしたままのライン。アルフィリースがラインを見ないようにしているのは間違いないが、ミランダもカザスの名前を聞くやいなやさらに機嫌が悪くなった。
「トリアッデ大のカザスだって!?」
「おや、恰好から察するにアルネリア教のシスターの様ですが、私をご存知ですか?」
「よっく存じ上げてるよ!」
ミランダが丁寧なつもりの言葉と裏腹に、憎々しげな目でカザスを見る。
「数年前にお前のせいでどれだけアルネリア教会が迷惑を被ったか」
「おや、私が何かしましたか?」
「大ありだ! アンタを始めとするトリアッデ大の連中が『アルネリア教の功罪』なんて論文を各所に発表したせいで、どれだけアタシたちが迷惑したか! 中にはそのせいで閉鎖された施療院もあるんだぞ? そこで締め出された孤児や病人、老人がその後どうなったか知っているか⁉」
「シスターでその汚い口調は感心しませんね。まず貴女は本当にシスターですか?」
「なんだと?」
今にもミランダが飛びかかりそうなので、アルフィリースは体をミランダとカザスの間に半分乗り出す。
「まず誤解があるようなので言っておきますが・・・論文は別に大学として発表したわけではなく、それぞれ別の内容です。どれもアルネリア教を批判してはいますがね。私が書いたのは『アルネリア教の書籍解放について』です。アルネリア教はこの大陸最大・最古の勢力の1つですから、その蔵書にいたるや素晴らしい本がそれこそ山のようにあるのです。僕の様に学問を志す人間にとってはそれこそ宝の山ですよ。
なのにアルネリア教は書籍を一般開放していない。神聖系の治療・浄化の方法や魔術に付いてもほとんど秘匿とし、独占している。もちろんアルネリア教会に協力、ないし所属すれば学べますが。これは社会にとって大きな損失であり、その事を批判しただけです。まあ他の論文と含めて、その一部だけを悪用した連中がいるのは事実でしょうが」
「よく回る口だな・・・自分のせいではないにしろ、お前達が発端で起きたんだろうが? 多少なりとも責任取る気はあるのかよ」
「いえ、全く」
「なんだと!?」
「自分が書いたものに対する直接的な影響はともかく、その余波まで考えていたら何も発表なんてできませんよ。そういったことは後から考えればいいし、発表したものの評価なんて後世が行うべきことです。そうしないと学問なんて進歩しませんからね」
いけしゃあしゃあと答えるカザス。表情を見る限り、あれが彼の本音だろう、全く悪びれている様子がない。対するミランダは額に青筋がピクピクしており、明らかに怒っているのがよくわかった。
「・・・てめえ、一発殴らせろ」
「殴られるいわれがありません」
「こんの!」
「だめよ、ミランダ」
「止めるな、アルフィ」
「いえ、この手の頭でっかちは殴ったら余計態度を硬化させるわ」
「貴女までそういうことを言うのですか、女剣士さん?」
「聞きなさい、学者先生」
アルフィリースがミランダを押さえながら、いたって冷静な表情でカザスに向き直る。
続く
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