不帰(かえらず)の館、その11~正面突破~
「ランブレスの家族は、実は74人いたのでございます。ランブレス自身もその存在を認められぬ、74人目の鬼子が」
「鬼子、だと?」
「左様にございます。その鬼子の存在を外部に漏らしたくないゆえ、ランブレスは屋敷を改造し、その鬼子を外に出られぬようにいたしました。鬼子は、ランブレスの実子であったと当時の町長からの口伝では聞いております」
「自らの子を館に閉じ込めたというのか。何のために?」
「そこまでは私にも・・・ですが鬼子の髪の色は生まれつき黒く、まるで闇を思わせるような色であったと聞いております」
町長は話すのも億劫だというわんばかりに、そろそろと話した。時折たなびく風にもおびえているようだった。空が雨季に向けて暗く、澱んでいるのも影響しているのかもしれない。
「確かに黒髪というのは、この大陸では不吉の証でもある。だがそれだけで館を改造までするものか?」
「それは私どもにはわかりません。とにかくランブレスはその鬼子を恐れ、館の奥深くに封印したのです。ですがどれほど恐ろしくても、子はやはり子。ランブレスにとっては可愛かったのでしょう。少しずつ外に連れ出すようにし、陽のあたる世界に慣れさせているようでした。
それでもやはり鬼子は鬼子だったのか・・・その鬼子は成長するにつれ、動物達をその、虐待、とでも申しましょうか。とかくつらく当たるようになりました。最初は小鳥から。やがて犬、馬とその対象は大きくなり・・・」
「・・・人に至ったのか」
ラファティの言葉に、町長はゆっくりと頷いた。その様子は、まるで頷くことをためらっているかのようだった。
対するラファティは冷静である。神殿騎士として数々の修羅場をくぐった彼は、当然アルネリアの闇の歴史にも精通している。その中には人語に尽くせぬ残虐な出来事や事件などは数多く存在するのだ。ただの人殺しなどは、珍しくもない。
だがそんなラファティだからこそ、次の質問が口をついたのかもしれない。それにここまでしてこの小さな町が事件の真相を隠したのも、町長が怯えている理由も察することができたのだ。
「で、町長。そのトルーという男は、どんな殺され方をしていたのだ?」
「・・・殺されてはいませんでした」
「は?」
「そう・・・殺されていないのが不思議なほど、全身をずたずたにされていたと聞いています。大切な臓器を、血管をよけ、ふ、ふ、腑分けをしていた・・・と」
そこまで言って町長は口を手で押さえた。彼は言う。その恐ろしさが分かる者、覚えていられる者でないとこの町の町長は務まらないと。口にするのも恐ろしい出来事だからこそ、必ず覚えていられるのだと。トルーを見た町長の悲鳴、そしてトルー本人の悲痛な叫び。そしてチュカの気が触れたような叫び。それら全てを伝承して、初めてこの町の長は務まるのだとラファティは教えられた。
ラファティはあえてその先を聞かなかった。もはや悪霊の正体はつかめた。ランブレスの鬼子、それが悪霊の正体なのだろう。そして悪霊はおそらく、この屋敷を丸ごと自分の『城』として立てこもっているのだ。迷宮にもなっているであろうこの広大な館、突破するのは一筋縄ではいくまいと、ラファティは予想以上に困難な任務になりそうだと認識を改めていた。
そして一通り周辺を探っていた者達が引き上げ、ラファティに報告を始めた。
「報告します! 周辺に魔物はいない様子、また館にも人気は感じられません。少なくとも見える範囲に、何らかの生物はいないようでした」
「館に物理的な守りはなさそうです。また屋敷の周辺には特別結界を施したような跡は見られませんでした。ですが、何らかの方法で屋敷は結界に守られているようです。どこからでも潜入できるとは限りません」
「ふむ。ウルティナの見解は?」
ウルティナも一通り自分で館を見て回っていたが、彼女も不服そうに首を振った。
「ダメです。一見何も魔術的要素はなさそうですが、そこかしこが異空間につながっているようでした。うかつな経路から突入すれば、二度と戻ってこれなくなるかと」
「そうか・・・リサ殿は」
「基本的にそこのシスターと同じ意見ですね。リサのセンサーは一切中に届きません。確かにそこの女史のおっしゃる通り周囲には妙な空間が展開されています。リサのセンサーが綺麗に放射状に飛びませんからね。
ですが、綻びらしきものは見つけましたよ」
リサの言葉に、一同の注目が集まる。だがリサはその注目を制した。
「その前に、リサから一つ提案があるのですが」
「聞きましょう」
「この任務、目的は調査ですか、殲滅ですか」
リサの言葉に、ラファティは面白そうに眼を輝かせた。リサの言いたいことが何となくわかったのだ。
「殲滅です。それが何か?」
「それではわざわざこの館の中に潜入しなくとも、外から丸ごとぶっ壊せばいいのでは?」
「あっはっは~。おもろい事言うお嬢ちゃんやなぁ、気に入ったで」
ブランディオが突然むくりと起き上がって手を叩いた。その表情は、最高の冗談を聞いたかのように輝いていた。
「ワイとおんなじことを考えてるやんけ」
「それはどうも。ただリサとしては面倒なのは嫌いなので、わざわざ敵の懐に飛び込むような真似をしなくとも、外から吹っ飛ばして敵を引きずり出せばいいのでは? と思ってしまいます。だいたいこちらから出向いてきたのに、迎えの一つもないとは失礼千万!」
「ほんっと、面白い嬢ちゃんやなぁ。その言葉、相手に聞かせてやりたいわ。でも手段はあるんか? なかったら、絵に描いたモチってやつやで」
「ふふん、このリサを誰だと思っているのです? 絶対美少女主義、リサちゃんですよ? でませい!」
リサのよくわからない紹介の元、登場したのはインパルスを携えたエメラルドであった。彼女は注目されたことに緊張しているのか、緊張して右手と右足を同時に出しながら歩いてきた。
そんなエメラルドに、リサが励ましの声援を投げる。
「大丈夫、いつも通りですよエメラルド。ぶっ飛ばせばいいんですから」
「う~、ほんとうに?」
最近少し人間の言葉を覚えたエメラルドが、不安そうに返事する。だがリサもラーナも励ましてくれているので、エメラルドは自分が間違っているとは微塵も考えなかった。ただ一つ気にかかるとすれば、インパルスがどう思っているのか、ということだけが気にかかる。
「いんぱるす、だいじょうぶ?」
「(ああ、調子は問題ない。リサの要求通り、ボク達の力を見せてやろうか。いつもぶっ飛ばしているというのは、ちょっと違うと思うけどね)」
「そうじゃなくて、これはいんぱるすがちからをふるっても、いいあいて?」
エメラルドの問いかけにインパルスの心が安堵したのが、エメラルドだけに伝わってきた。
「(・・・ああ、大丈夫さ。存分に力を使うといいよ、エメラルド)」
「うん!」
インパルスの許可が出ると、エメラルドは満面の笑みで答えた。エメラルドの言葉は普通の者には独り言程度にしか聞こえなかったが、ブランディオは鋭く彼女を見つめていた。
そしてインパルスを抜き放ったエメラルドの目つきが、本来の戦士の目へと戻っていく。
「フゥウウ・・・ハアアアァ!」
大上段に構えたエメラルドを見て、その場の者達は一斉に後ずさった。何かがまずいということだけは、何の予備知識もない者ですらわかったのだ。そのくらいの危険を感知できる者達の集団ということである。たとえそうでなくとも、エメラルドが構えた剣から稲妻が迸り始めれば、だれでも後ずさろうというものだが。
そして気合一閃、エメラルドが振り下ろしたインパルスからはまばゆいばかりの閃光と共に、凄まじい雷鳴が迸った。雷鳴は館を飲み込まんばかりの勢いで駆けたが、それぞれが館を見ると、館の周りにはまだ電流の残滓が見えるものの、館自体にはほとんど損害は見られなかった。
「うー、てかげんしてないのに?」
「(わかってるさ、ボクも何も加減しなかったからね。それだけアレは強い結界ってことさ。だけど、さすがに無傷ってことはないようだね。ラーナは分かっているよ)」
インパルスの言う通り、ラーナが次に歩み出ると一点を指さした。
「さて、私の見立てではエメラルドの雷撃が当たったあの一点に、この結界の綻びが感じられます。このまま結界の一部を破りますが、皆さんの突入の準備はよろしいですか?」
「そ・・・そうか。総員、戦闘準備はいいか!?」
ラファティが突然の事態に遅れじと声を出す。そして続いて他の者も鬨の声を上げた。そしてラーナを先頭に、館に向かっていく。
ラーナのローブの裾からは蛇が何匹も飛び出すと、彼らは空中の何も無い所に噛みついた。すると、何かがはじけたようにぱん、という音がして、明らかに目の前の違和感が消えて行ったのだった。ラーナの手際を見て、ブランディオがまた感心する。
「へえ~ただの傭兵ちゃうんやなぁ。舐めとったらあかんなぁ、これ」
「そうね。わからない者には何が行われているかさっぱりだと思うけど、相当高度な解呪をしているわ。どうやら魔女見習いというのは本当のようね」
「あれで見習いやったら、魔女さんって凄いんやろなぁ。ただそれをまとめてやってまう敵も、相当やろなぁ。ぜひとも一度お手合わせ願いたいわ」
「え? なんて?」
「なんでもあらへん」
ブランディオは手をぱたぱたと動かすと、ウルティナを伴って館にゆっくりと向かうのだった。
続く
次回投稿は、10/16(火)12:00です。