不帰(かえらず)の館、その10~ランブレスの一族~
「なんで俺がお前の子分をしないといけないんだよ!」
「まあそう言うなって、ブルンズ。仲良くやろうぜ」
「ラスカルは緊張感がなさすぎるよ。これは正規の任務なんだから、気を引き締めないと」
「そんな真面目なドーラ様も素敵っ!」
ブルンズ、ラスカル、ドーラ、ネリィの4人であった。4人は多すぎるとミリアザールに指摘されたが、ブルンズだけでは何かといらつくと考えるとラスカルは必要であり、また彼ら二人を連れて行くとなると、友達を自認するドーラも同行を申し出てきた。ドーラは一見華奢な文学と音楽を愛する少年であるが、実は剣の腕もそこそこであった。彼は色々な場所を商人に連れられて転々とするうち、必要な生きるすべとして剣を覚えたのだそうだ。
そんな剣もあつかえるドーラにグローリアの女子達はきゃあきゃあと騒いだが、それはまたネリィも同様であった。彼女はドーラがジェイクについていくと知るや否や、何をどうやったのかミリアザールに同行を認めさせた。梔子いわく、ネリィがルースを伴ってミリアザールの私室に向かうのが見えたそうなので、どのみちろくでもない手段には違いないだろうと想像できる。あえて詳細を語る必要はないことを断っておかねばなるまい。
こうやってジェイクの従騎士は決められた。ラファティはこれでいいのかと出立前にミリアザールをちらりと見たが、思いのほかミリアザールには冗談めいた顔つきはなく、真剣に今回の出陣について考えているようだった。
「(最高教主は何をお考えなのだ・・・この従騎士の選抜にも何らかの意図があるのか、それともただ面白がっているだけか・・・)」
「あなた、お顔が暗いですわ」
悩めるラファティにそっと声をかけたのは、妻であるベリアーチェである。彼女はなんのかんのと言いながら、彼の良き補佐役である。自らも高い戦闘能力を有するベリアーチェは、戦いの表でも裏でも夫の補佐を務めるつもりであった。
「何か気になることがありまして?」
「ああ。今回の遠征、ミリアザール様の意図はどこにあるのだろうと思ってね」
「そうね。でもあの方の事を深く考えるのはよした方がいいわ。あの方は純粋に策略家なだけではなく、本当に何も考えていないこともあるし、それに肝心なことは決して誰にも言わない人よ。考えるだけ無駄だわ。それよりも任務の成功だけに集中した方がよくってよ」
「その方がよほど合理的だと、私もわかっているんだけどね。だけど今回の任務はあまり良い予感がしないんだ」
「やめてよ、貴方の予感は当たるから。怖くなるじゃないの」
ベリアーチェが不安そうになるのを見て、ラファティは慌てて取り繕う。
「すまない、ベーチェ。君の事を不安がらせるつもりはなかったんだ」
「もう遅いわ。私、とても不安になっちゃった」
「どうすれば許してくれる?」
「今ここでキスしてくれたら」
「そのくらいお安い御用だ」
「・・・コホン」
今回もラファティの副官として同行するアリストが咳ばらいをした。それもそうだろう、今は出立前の閲兵の最中だからだ。全員の前で堂々といちゃつき始めるこの夫婦を、慣れた者は白い目で、初めての者達は好奇の目で見ていた。そんな状況でおかまいなしに愛の言葉を交わす指揮官に、不安を覚えていたのは実は部下達の方だったのであった。
***
「これがそうか」
「はい、その通りです」
翌日、討伐隊は既に目的とする館にたどり着いていた。飛竜を使っての移動。小規模の部隊だからこそできる移動方法であった。
ラファティは町の責任者を何人か強制的に徴収すると、目的の館まで案内させた。町の者は嫌がったが、アルネリアの徴収とあらば受けないわけにはいかなかった。アルネリアから派遣されているシスターや医療施設、配給などを引き上げられるのは町にとって死活問題になるからだ。
町長は渋々ながらもアルネリアの指示に従った。だが改めてその館を目の当たりにすると、後悔の念が心中に渦巻くのだった。誰もこの館には近づかないように幼い頃から町の者達に言い含め、そして自分もその一人であったのだ。たとえ町でこの館に近づき行方不明になった者が現れても、誰も騒ぎ立てないのが暗黙の了解だった。
そんな彼を尻目に、ラファティは淡々と任務をこなす。もはや出発前のゆるんだ雰囲気はどこにもなかった。
「報告書にある館の外観と同じか、周辺から確認をはじめろ。同時に侵入経路も探せ」
「はっ」
「リサ殿はセンサーで探知をお願いする。ラーナ殿も、館の周辺から罠などがないか探ってください」
「ワイらはどないすんねん」
「現状では待機だ。結界内に入ってからは自由行動にする。その方が互いに都合がいいだろう?」
「わかっとるやないか。それでええわ」
ブランディオが納得の表情を見せ、その場に横になり始めた。対して、ウルティナは注意深く屋敷の周辺を探り始める。そして各員がそれぞれの仕事を始めたところで、ラファティは改めて町長から話を聞いた。
「さて、町長。先に貴方には連絡があったはずだが、この屋敷についてのさらに詳しい記述は見つかったかな?」
「は、はい。こちらに」
町長は一冊の古ぼけた書物を取り出した。その本はあまりに古く、既に紙がいたるところで破けていた。それに記述した者もあまり字が上手くないのか、まともに見えるところも読みにくかった。
「・・・よくわからんな、古文書を見ているような気分になってきた。要約して聞かせてくれるか」
「はい。我々も全てがわかったわけではないのですが・・・」
町長の話をまとめるとこうである。館の主はランブレスという名士で間違いなかった。彼には大勢の家族がおり、使用人までを含めて彼は全員を家族として大切にした。総勢73名であったそうだ。
ランブレスの家族は、実に豊かな人材の宝庫であった。ナイフひとつで豚を解体する料理人、庭の木から彫刻を掘り出す芸術的な庭師、家財の修理を一手に引き受ける執事など。そしてランブレス自身も変わり者で、屋敷を迷路のように改造するのが大好きだったようだ。
そんな地元の名士であり人格者でもあったランブレスだが、屋敷の住人は全員が変わり者として有名だった。だが彼らの屋敷を訪れる者は後を絶たず、ランブレスの屋敷では毎晩町の者を招いて晩餐会が催されていた。
だがいつの日から、町には行方不明の人間が一人、二人と出始めた。別に魔物が跋扈するこの田舎の事、また新天地を求めて旅に出る若者も多く、一人二人の行方不明者は珍しくもないというのが現実だった。だが行方不明者は決まって若い男であり、ある日町の自警団が動くことが決定的になる。それは町でも評判の仲の良い恋人であったトルーとチュカのうち、男のトルーが消えてしまったのだった。彼らはひと月後に婚礼を約束していたのであった。
恋人をなくしたチュカは、半狂乱になりながら町役場に訴えた。なんとしても、いなくなった恋人を探してほしいと。町の者は魔物か何かに襲われたのだろうと言ったが、チュカはあきらめなかった。あんなに慎重で、樵として近隣の森を知り尽くしたトルーが魔物に不覚を取るはずがないと。それにアルネリアによる周辺の掃討作戦が行われたのは3年前であり、そんな短期間に魔物が増えるはずがないと。町役場はチュカの思いに半ば押し切られるようにして、いなくなったトルーの捜索を開始した。
村長の話では記載があったのはそこまでだったそうだ。
「なんだそれは? 全く関係ないのではないか?」
「いえ。ここからは口伝のみにて伝えられているのでございます。どうか、どうか他言無用にございます。このことについて我々の咎を責めぬと言うのであれば、お話させていただきます」
「・・・ただ事ではないな、その言い方。よいだろう、私の責任にかけて追及はせぬ。ただし報告の義務はあるが、私と最高教主の胸にだけとどめると誓おう」
「それで結構にございます。では」
町長はラファティを伴って少し離れた場所に移動する。町長の口からは、驚愕の事実が語られ始めた。
続く
次回投稿は、10/14(日)12:00です。