不帰(かえらず)の館、その9~討伐部隊~
「今回の任務、発案はアタシだが、仕切りは最高教主になるだろう」
「へぇ、なんでです?」
「ブランディオ、あなた馬鹿なの? 第4位以上の悪霊には巡礼と神殿騎士団が共同で当たること。アルネリア教の討伐事項、教則5条の7にあるでしょう」
「そうでしたっけ? いっつも4位とか自分一人で狩ってますから、つい忘れてしまいましたわ~」
「ったく、本当に馬鹿なんだから」
へらへらと笑うブランディオと、その彼を肘で小突くウルティナ。その彼らを無視してミランダは言葉を続けた。
「・・・とにかく、明日の朝にでも最高教主より発表があるだろう。遠征は明日にでも人員が編成され、早ければ出立は明後日になるはずだ。各自準備を頼む。こちらから出す人員はブランディオとウルティナ以外もアタシが選ぶ。それでいいな?」
「あいよ~。ミランダ様の仰せのままに」
「異論はありません」
そういって二人は部屋を去ったが、アルフィリースはまだしばしその場残っていた。そしてミランダは二人きりになると、大きくため息をついた。
「・・・ふぅ~」
「厄介そうな二人ね」
「わかってくれる? ああその通り、奴らはアタシの事を認めていないのさ。そりゃそうだ、得体のしれないシスターが突然上司だと言われて、言うことを聞くようなおとなしい奴が巡礼をしているはずがない。アタシ自身もそうだしね」
「そんな二人を今回の遠征に出す理由は?」
「腕が立つからさ。性格はどうあれ、仕事はやり遂げるだろう。ところで、今回の遠征についてはリサには慎重に話してほしい」
「なんで?」
「これも先ほど入った情報なんだが、今回の遠征にはジェイクが同行することになるからさ」
ミランダの言葉を聞いて、アルフィリースは目をぱちくりとさせるのだった。
***
ジェイクはグローリアの教室で悩んでいた。算術の授業が理解不能だからではない。昨日、正規の神殿騎士団に昇格したご褒美に、リサのキスをもらったからでもない。色気づいてきたネリィに、毎晩のようにドーラがいかほど素晴らしい男の子なのかを聞かされるからでもない。
ジェイクは昨日、ミリアザールに夜遅く呼び出され、ある任務を言い渡された。それは今回確認された、上位悪霊の退治。悪霊の退治自体は別段嫌でもないし、気が滅入るわけでもない。むしろ新規の神殿騎士団員として、任務に燃えるところだ。
だが今回ミリアザールには新しい仕事を一つ与えられた。それは正規の騎士となった以上、自分に従う従騎士を付けるということだった。本来ならばジェイクの方が従騎士であり、誰か上位の騎士の手伝いをする立場である。だが今回はどういうわけか、ジェイクは上位の騎士として選抜されたようだった。理由はミリアザールも語ってはくれなかったが、とにかくそういう扱いだから、誰を従騎士としてつけるのか明日までに考えておけとそういう訳だった。
これはジェイクにとって算術の授業以上に難問だった。そもそも従騎士とは自らの身の回りの世話をする者であり、ジェイクは人を使うことに慣れていない。それに自分より年が下の騎士がいるわけもなく、ジェイクは今まで先輩と呼んでいた人達を従者として使うことになるのだった。これはいかにジェイクが悪餓鬼と言えども、非常にやりにくいと言わざるをえない。ジェイクはまんじりともしない夜を過ごしたが、いまだに答えはでなかった。
そんな彼の悩みを知ることもなく、ブルンズが堂々と話しかけてくる。
「よう、ジェイク。メシ食おうぜ」
「・・・そんな気分じゃない」
「んだよ、これの悩みか?」
ブルンズが鼻を膨らませながら親指を出したので、ジェイクは呆れてため息をついた。
「それじゃホモだろ。出すなら小指だ」
「ええ!? そうなのか?」
「これだから中途半端に育ちのいい奴は・・・」
「中途半端って、なんだそれ! これでも伯爵位だぞ?」
「ああ、連れて行ける奴がこんなのだったら何の遠慮もいらないのにな・・・あ、そうか!」
ジェイクがぱん、と手を叩いた。
「その手があったか・・・交渉の余地ありだな」
「な、何のことだよ?」
ブルンズが突如として立ちあがったジェイクを見て、驚いていた。だがジェイクはそんなブルンズを見ると、意地の悪そうな、彼本来の悪餓鬼の笑みを浮かべるのだった。
***
悪霊討伐の話はとんとん拍子に進んだ。ミランダの睨んだ通り、アルフィリースとミランダが話し合った翌日の朝には正式に出撃する人員が発表され、そして準備はその日の夕方までに整えられた。人数を絞っての少数精鋭であったため、編成も早い。
討伐の責任者はラファティ。ミリアザールが直接選んだのは、ジェイク、ベリアーチェ、そしてジェイクよりも一足先に神殿騎士に昇格していたクルーダス、ミルトレ、マリオンだった。彼らは卒業前の実地訓練として、今回の遠征に同行することになったのだった。無論直接的な戦闘を行う予定はないが、それなり以上に危険と緊張感が付きまとうことになるだろう。
また、ラファティの妻であるベリアーチェが任務に就き従うのは非常に珍しかった。彼女は主に深緑宮の護衛が任務であり、そもそも客人に近い扱いである。好き好んで戦いに赴かせるわけではないのだが、今回は志願しての同行であった。内情を明かせば、最近遠征の多い夫が家庭内で問い詰められ、浮気を疑われたというなんとも私的な理由ではあるのだが。
そしてミランダからはブランディオと、ウルティナ。そしてその他数名の巡礼。アルフィリースからはラーナ、リサ、ルナティカ、エメラルド、インパルスであった。ジェイクが行くと聞いて、リサが凄まじい剣幕でアルフィリースに迫り、アルフィリースの部屋から何度か叫び声が聞こえた場面にエクラはでくわした。恐ろしくて扉はとても開けられなかったとエクラは食堂で一人呟いていたそうだ。
そしてエメラルドとインパルスは、ラーナの指名である。
「少し思うところがありまして」
ラーナはそう言ってアルフィリースを説得した。アルフィリースはエメラルドが今回の任務に向いているとはまるで思えなかったのだが、ラーナにしかわからないことがあるのかと動向を許可した。
そしてジェイクの指名した従騎士はというと・・・
続く
次回投稿は、10/12(金)13:00です。