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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
556/2685

不帰(かえらず)の館、その8~ミランダからの依頼~


***


「アルフィリース、新しい入団希望者が集まりましたが」

「また? 5日前に選抜したばかりだよ?」

「また、です。最近では5日もあれば10人くらいは希望者が来ていますよ。嬉しい悲鳴じゃないですか」

「だんだん、ただの悲鳴になってきているけどね」


 アルフィリース達の傭兵団には、相変わらず多くの入団希望者が訪れていた。新規の入団希望はいまだに多く、アルフィリースとエクラはそれらの処理に追われる日々だった。エクラとしては自分や誰かに人員の選抜を任せてほしいとのことだったが、アルフィリースとしては先日の見分けのつかない人形騒動などもあり、ルナティカとリサがいない状況では他の者に任せる気分にはなれなかった。それにエクラは実務においては非常に有能であるものの、まだ幼く盲目的な所がある。エクラの意見はアルフィリースにとっても非常に参考になるものの、人事権までを与える気にはまだなれなかった。

 ゆえにアルフィリースはいまだに自ら団員の入団を選定しているわけだが、日々訪れる入団希望者の選別に、アルフィリースは徐々に負担を感じるようになっていた。


「(入団希望者がいるのは嬉しい。でも、まだ私の能力では何人までを手足のように使えるのかはわからない。急激に増えたこの人数で戦いを経験したわけでもない。このまま増え続ければ、一気に足元をすくわれかねないわ)」


 アルフィリースの懸念は実はラインも指摘しており、かつて千人の部下を持ったことのあるラインだからこそ、その人数の運用の難しさを知っているのだ。千人というのは運用すれば巨大な戦力となるが、統率も難しく、崩壊が始まれば歯止めがきかない。ラインは入団を一時的に制限することを進言したが、集まる人材の水準は上がる一方であり、現存の団員の能力を比べて制限するには惜しいとも感じていた。さらに、最近では運営が苦しくなった小規模の傭兵団までもが参入を希望するようになっていたのだった。

 このような上昇気流を自ら止めるのはアルフィリースにとっても忍びなく、またミリアザールからも傭兵団のためにさらなる私有地拡張の準備があると、申し出があったばかり。アルフィリースは不安を抱えながらも、さらに大きくなろうとする団を止められずにいた。

 そんな時、ミランダの部下から一通の手紙が届いたのだ。妙におかしな言葉遣いのその男は、慇懃無礼な態度でアルフィリースに手紙をつきつけるとその場を去っていった。


「(これワイの上司からの手紙ですわ~。確かに渡しましたでぇ、ほなさいなら)」


 長い錫杖を持っているからには間違いなくアルネリアの僧侶なのだろうが、やたらに体にじゃらじゃらと装飾品を付けている所からも、その男がただの一辺倒の僧侶でないことはわかる。おそらくは話に聞く巡礼の一人なのだろうが、ミランダも妙な部下を使うものだとアルフィリースは不思議に思っていた。使いだけなら口無しの誰かで足りるはずだろうにと、アルフィリースに近い者は誰もが思っていた。

 ともあれアルフィリースはミランダの手紙に従い、新しく建築された白樹宮に向かった。白を基調に構成されたその宮殿のような建物に、ミランダらしからぬ印象を受けたアルフィリースだが、まあ様々な事情があるのだろうとそのあたりはうっちゃっておくことにした。

 アルフィリースは今回、一人で白樹宮に赴いている。それがミランダの希望だったからだ。そしてアルフィリースは案内されるままに宮殿の中を進む。案内役を務めるのはこれまた見知らぬシスターだったが、背中から感じる威圧感だけでも只者でない事だけはすぐにわかった。そしてあまりアルフィリースの事を歓迎していないことも。

 シスターは最低限以外一言も口をきかぬまま、その役目を終えた。アルフィリースは雪景色を思わせるような純白の扉の前で待たされると、中からはやがて親しみのある声がした。


「アルフィ、入りなよ」

「おーけー」


 アルフィリースがその扉を開けると、中はミランダらしく暖色をふんだんに用いた部屋だった。そこがどうやら執務室にあたるらしく、ミランダの机には書類の山がまだ積まれている。その光景はどこか最近の自分と似ているなと、アルフィリースは多少なりとも苦笑するのだった。


「元気そうね」

「当然さ、こちとら不死身のミランダなんだから。それより、そっちは忙しそうだね」

「まあまあってところね。体はもう一つくらいほしいけど。でも、なんとかうまくやってるわ」

「それは何より」


 ミランダは楓に用意させておいたお茶をアルフィリースに勧めながら、近況を語り合った。たいていはお互いの仕事に対する愚痴なのだが、この二人が話し合うと不思議と暗い話にはならない。彼女達は自分達の周りで起きたことをしばし面白おかしく話し合うと、やがて自然と今回白樹宮にアルフィリースが呼ばれた理由へと話は移った。


「で、私をここへ呼んだ理由は?」

「うん、実は依頼をしたくてね」

「へぇ、ついにミランダからの依頼か。緊張するわね」

「よく言うわ、まるでのほほんとしているくせに」


 二人はまた笑いあったが、二人きりで話し合う以上、ミランダにとってもただの依頼でなかろうことはアルフィリースも承知している。おそらくはミランダにとって自分の力が必要なのだと、アルフィリースは気持ちを引き締めていた。

 ミランダは一つの資料を持ち出してアルフィリースに見せた。先の報告書である。アルフィリースはその報告書にざっと目を通した。


「これは?」

「それが依頼さ。あんたたちにこの事件を解決する手伝いをしてほしい」

「手伝い・・・つまりミランダの部下の補佐をしろと?」

「話が早くて助かる」


 ミランダが口元をほころばせ、その報告書をアルフィリースから回収した。


「この依頼はアタシの発案だ。アタシが責任者として行う、初めての大仕事になる」

「大仕事? 内容的にはそこまで困難な仕事でもなさそうに思えたけど」

「確かに。死者は多いが、まだそこまで大きな数じゃない。大陸中で魔王相手の小競り合いが起きていることを思えば、微々たるもんだろう。死に方も異常だが、悪霊や魔獣の討伐を請け負うアルネリア教からしたら、それほど大きな案件でもない。

 だけどね、話には続きがあるんだ。アタシはこの後、直に巡礼の者をやってこの館を調べさせた。その結果、ここは一種の『城』だと判明したのさ」

「『城』? ああ、結界の上位版ね。ということは」

「ああ、相当強力な悪霊がいるって話だから、調べに行かせたのはアタシの部下の中でも相当上位の者だ。そいつでも単独の潜入はイヤだってさ。危険だからって、外部からの調査だけで済ませてきた。だから今回の任務ではそいつを中心として、それなり以上の者達を派遣するつもりだ。アルフィにはその手伝いをしてほしいんだよ」

「それは構わないけど・・・私の部下に、そんなに悪霊が得意なのがいるかなぁ?」


 アルフィリースは自分の部下たちの顔を思い浮かべた。今では魔術士達も20名近く抱えているが、誰もそこまで上位というわけではない。魔術士としてはやはりラーナに及ばないというのがアルフィリースの見解だった。

 そうなると、後使えるのはリサとルナティカぐらいだろうか。インパルスとエメラルドでは、悪霊を前にすると逃げ出しそうだった。

 アルフィリースがそんなことを考えていると、ミランダが手を叩いて部下を呼びつけた。二人がいる部屋に入ってきたのは、アルフィリースに手紙を届けた僧侶と、そして案内を務めたシスターだった。


「アルフィに紹介しよう。この二人は神官のブランディオとウルティナだ。それぞれ元巡礼の、上位一ケタの人間さ。腕のほどは保障するよ。二人とも、挨拶しな」

「ども~、ブランディオいいます。以後よろしゅう」

「・・・ウルティナです。お見知りおきを」


 一見対照的な印象の二人だが、どちらも曲者であることはアルフィリースにもわかった。言葉や態度はともかく、この二人はアルフィリースの事など歯牙にもかけていないのだろう。それにミランダにも心から仕えているというわけではなさそうだった。

 ちらりとミランダの方を見るアルフィリースだが、その視線の意味をミランダも察したのか、目線でアルフィリースの意見に同意してきた。ミランダは、巡礼の二人がそのやり取りを怪しむ暇もなく説明を続ける。



続く

次回投稿は、10/10(水)13:00です。


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