不帰(かえらず)の館、その6~些事~
「それだけってことはないはずだ」
「どうしてそう思うの?」
「貴女はそんなに完璧な人間じゃない。打算的な所や、意外に狡いところもあるはずなんだ。なんの利益も考えないで、ただの善意で僕達を助けるなんて思えない」
「こう見えてもそれなりに善良なつもりなんだけどなぁ。確かに貴方達を育てたら、この傭兵団の一員として立派にやっていけないかな、私を助けてくれないかな、なんてちょっとくらい考えているわよ。それに、この傭兵団に人材を育成する機構そのものを作ってみたいっていうのもあるわ。そうすれば、この団の長期運用にとって有利に働くと思っているの」
「なるほど。僕達はその実験第一号だね?」
レイヤーの物言いにアルフィリースは少し首をかしげたが、まあおおよそ彼の言う通りなので頷いた。
「言い方に語弊はあるけど、まあそんな所かしら」
「わかった。貴女がそのつもりなら、上手くやってみせよう。そうすれば、多少なりとも恩返しはできるから」
「そんなに堅苦しく考えなくてもいいのに」
「いや、それじゃ僕の気が済まない」
レイヤーが頑として譲らないのを聞いて、アルフィリースは呆れたように笑った。多少なりともその笑顔が戻ったことに、どこかレイヤーは安堵していた。
そこに丁度ラインが入ってくる。
「お、ここにいたか。アルフィ、ちょっとばかし相談したいことがあるんがな」
「何よ、あだ名で呼ぶなって言ったでしょう?」
「いいじゃねぇかよ。それよりまだ落ち込んでんのか?」
「ほっといてよ!」
アルフィリースがむくれたが、ラインはそれでもお構いなしだった。
「ほっとかねぇよ、こんな程度で落ち込まれたらこっちが迷惑だ」
「この程度とは何よ! 私は散々色んな所で恨みを買っていることがわかったのよ? 落ち込むじゃない!」
「前にも言ったと思うが、んなこた斬った張ったの世界じあゃ日常茶飯事だ。殺した相手にもそれなりに友人がいて、親兄弟もいるだろう。そんな全部をひっくるめて理不尽に奪っていくのが戦いだ。確かに戦争っていう物事のくくりで見れば、兵士どうしの戦いなんてのは些末な出来事だが、一人一人の手には重く人の命がのしかかる。それが嫌なら、誰も戦場で殺さなくてもいいくらいに強くなるか、あるいはミリアザールみたいに戦争の理そのものを作っちまうことだな。あの教主サマは、戦場に自分達のシスターを派遣して、戦死者を少しでも少なくするようにしてんだろ? そこまでの力を持つために、どれほどの試行錯誤と犠牲が払われたと思ってんだ? こんなんで悩むようじゃ、まだまだだぜお前」
「そんなに簡単に言わないでよ!」
「簡単には言ってねえよ、同じような悩み持つ奴はいっぱいいるんだ。俺も含めてな」
「え・・・?」
「それよりだな」
ラインがレイヤーの横を素通りし、アルフィリースになれなれしく話しかける。そんなラインにちょっとむかっ腹が立つのか、アルフィリースは彼を殴る仕草をしたがラインに頭をつかまれ、そのまま話合いに入ってしまった。ラインの図々しさと、そしてアルフィリースとあくまで対等に話す彼を見て、レイヤーはどこか物悲しさを覚える自分がいることに初めて気が付いたのだった。
***
アルネリア教本部の一画、新たに『白樹宮』と名付けられた新設の宮殿はミランダにとっての仕事場だった。シラハダと呼ばれる樹皮が白い木が植林され、また宮殿内も白を基調とした宮殿の作りはまるで雪景色を錯覚させるほどに白かったのだ。
西方のオリュンパスにも同様の宮殿があるそうだが、ミランダはその景観を参考にしたわけではない。ただなんとなく、白、そして金を基調とした宮殿にしたかったのだ。なぜ自分でもそのように考えたかは不思議だったが、これからのアルネリアを象徴するような青写真をミランダは思い描いていたのだ。
「作っておいてなんだけど・・・ほぼ白一色ってのは、ちょっと圧迫感があるわよねぇ」
「今は緑の季節です。シラハダもつける葉の色は緑ですし、落葉の季節においては色も変えます。それに完全に白一色というわけではないのですから、まあこれでよいのでは?」
「そんなものかしら」
ミランダは自分の補佐でもある楓に話しかける。寝る間も惜しんで行われる業務の最中、新しい宮殿の新設と移動は同時に行われた。この宮殿にミランダ率いる巡礼の者達の本部が機能移転してきたのがほんの10日前。その落成式にアルフィリースを呼ぼうとミランダは考えていたのだが、アルフィリースはベグラードに発っており、会うことは叶わなかった。
「最近縁がないわねぇ。忙しすぎるってのはやはり考え物よね」
「そうですね、さしもの私も疲れました。普段はあまり寝なくてもよい体質なのですが」
「楓っていつ寝てるの? 呼んだら必ずいつでも来るし」
「一応夜は寝ていますが、基本的には任務の合間に少ずつ寝ています。そうでもしないと、我々のような陰で動く者達は、まとまった睡眠など滅多に取れませんからね」
「不憫だわ。でももう少しだけ付き合ってもらうわよ? この案件が終わるまではね」
そういったミランダの手元にあるのは、一通の報告書だった。ミランダはその報告書をめくりながら、その報告書の重要性を考えていた。
続く
次回投稿は、10/6(土)13:00です。