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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
553/2685

不帰(かえらず)の館、その5~空の下の会話~

***


 同時期、アルフィリースはベグラードから帰還していた。アルフィリースが万一に備えて派遣していたロゼッタやターシャの別部隊は結果として何の働きもしなかったが、彼女達にも成果はあった。それはカザスのもたらした地図が、実に正確ということを確認したのである。

 カザスの地図に従い主戦場の選定、地形の確認をしていた別働隊の面々は、ほとんど迷うことなく地図の上で決めた場所にたどり着いた。正確な地図が描かかれる世界ではわかりにくいことかもしれないが、当時街道のなき場所では迷うことが日常茶飯事で、軍隊などが動く時には最初に斥候を何十人と飛ばし、彼らの報告を待ってから動くことが通常だったのだ。

 だがアルフィリースの部隊は、以後大陸の東側では迷う可能性がほとんどなくなった。また地図の上で地形を把握し、敵に奇襲をかけることも可能になる。これは今後彼女達にとって、非常に有利に働くことになる。その事実を確認できただけでも、今回のミューゼの依頼を受けた実利というものはあったのである。

 ゆえにロゼッタやターシャ達はカザスがもたらした地図の精度に感心しながら、事実上の戦功がないにもかかわらず意気揚々と引き揚げてきた。だが、そこで彼女達が見たのは元気のないアルフィリースだったのだ。アルフィリースは見た目の上ではいつも通りだったが、どことなく覇気がない。底抜けにも近い明るさと、くったくのなさが見られず、アルフィリースは時間さえあれば遠くを見つめていたのである。

 アルフィリースを心配した団員はラーナやリサに相談したが、こういう時にはリサやラーナは自分達が行くと逆効果だということを知っていた。もちろん彼女達はアルフィリースが落ち込む原因を知っている。ミューゼの依頼の途中で出会ったブランシェやエーリュアレの存在が、アルフィリースの心に影を落としているのだろう。

 こんな時にはミランダがアルフィリースを元気づけるのが一番なのだが、ミランダは相変わらず忙しそうにアルネリアの中を駆け回っているそうだった。一度だけ団にふらりと遊びにきたのだが、アルフィリースが留守にしていることさえ知らない始末だったのである。

 そんな調子だから、団員達は手をこまねいて元気のないアルフィリースを見ているだけであった。だがある日、アルフィリースの事を気に掛ける人物が彼女に話しかけたのだ。あるいは誰もが意外な人物だったかもしれない。


「アルフィリース、浮かない顔をしているんだね」

「・・・レイヤーか。どうしたの?」


 天駆ける無数の羽の傭兵団本部の屋上で一人ぼんやりとするアルフィリースに声をかけたのは、レイヤーであった。彼は定期的に開催されるラーナの座学の講義(近隣の住人なども参加している)に出席し、早々に課題を提出して終了したのであった。なおエルシアとゲイルはさっぱり課題が終わらないので、彼らはラーナの厳しい責め苦(?)にも等しい追加授業を受講しているのだった。

 レイヤーは屋上にアルフィリースがいることを知っていたわけではない。単純に彼は空を近くに感じることのできるこの場所が好きだったのである。レイヤーは別段夢想家というわけでもないし、また大空に自由を重ねるほど今の生活に窮屈しているわけでもない。だが彼は大空が好きだった。自らという存在のちっぽけさを感じることができるからだ。自らの矮小さを自覚していなければ、彼は剣を持ち、敵を駆逐するときの優越感と恍惚に飲まれてしまいそうな自分を、折に触れては感じていたのだ。

 そしてそんなレイヤーにとっての自省の時間であったはずの場所に、アルフィリースは立っていたのだ。驚いたのはアルフィリースもレイヤーも同様だったが、レイヤーは落ち込むアルフィリースに遠慮なく話しかけた。彼にとってアルフィリースの悩みはどうでもよかった。ただアルフィリースの存在そのものがレイヤーにとっては不可思議であり、興味の対象といえたのである。


「別にどうもしないよ。気分転換で来ただけだから」

「そう・・・邪魔かしらね、ここにいたら」

「別にそんなことはない。誰かが隣にいても気分転換はできる。空だけ眺めていられたらね」

「ふぅん、ならしばらく私もここにいるわ。余計なことはしないから」

「そう」


 そのまま二人は屋上で会話もなく時間を過ごした。そしてアルフィリースが執務にそろそろ戻るべきかとその場を去ろうとした時、レイヤーが口を開いた。


「ねぇ、一つ聞いていい?」

「・・・ええ、いいわよ」

「どうして僕達に教育を施すの? 理由がよくわからない」

「理由はいくつかあるけど、まず健全な精神は健全な肉体に宿るわ。その逆もしかり。私はその論法に加えて、知性も精神にとっては栄養になると思うの。良き知性は良き人生につながるわ」

「ふぅん。他には?」

「それに困っている子供を放っておくことはできないわ。それだけよ」

「それは嘘だ」


 レイヤーはアルフィリースの方をじろりと見た。その瞳は一瞬無邪気でも、アルフィリースの事を問いただすような強さは秘めていた。



続く

次回投稿は、10/4(木)13:00です。

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