初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その3~アルフィリースの天敵~
「えー、皆さま。本日はお日柄も・・・」
「どうでもいいから早く始めろ!」
「「「そうだそうだ!」」」
「ぐすん・・・」
「ご主人様、お気を確かに!」
主催者はお決まりの挨拶もさせてもらえなかった。かわいそうにも。それでも彼はくじけなかった。
「え、えー。気を取り直しまして・・・それでは! 私は今回の企画を考え付いたロメオと申す者ですが」
「ぷっ! あの顔で色男だってよ?」
「ミランダ、それはあんまりよ」
確かにうだつの多少、いや大分上がらな・・・・・・もういっそ全然上がらない男と表現していいだろう。 まあそんな男ではあるが、身につけている衣装を見る限り、かなりの金持ちであることには間違いない。どうやら、ギルドの親父の言っていたことに間違いはなさそうだとアルフィリースは納得した。
主催者の男はじゃらじゃらとした金属を身に付け、見せつけるように大仰に身振りをつけながら熱弁する。
「今回、このダンジョンにはどうやら隠された秘法がありそうだという古文書を発見しました! 前回・前々回と色々な方に挑戦頂きましたが、秘法を探し当てるには至らず・・・今回が最後の挑戦ですので、ぜひともお願い致したい! 見つけた方には、特別ボーナスとして50万ペンド差し上げます。皆さま、どうでしょうか!?」
その瞬間、全員の眼の色が変わる。50万ペンドと言えばミーシアの住宅街でも一番の一等地に大豪邸を構えられる金額だ。何か商売を始めるに元手にしてもよいし、それなりの豪遊をしながらでも一生遊んで暮らせそうだ。全員小遣い稼ぎのつもりで来たはずだが、これを聞いて俄然やる気が出たらしい。
「それでは探索についての説明を・・・あ、あれ?」
「「「「うおおおおおお!!!!」」」」
そして開始の合図を待たずしてほぼ全員が迷宮に突っ込んで行った。さらになぜか、
「雑魚共どけえぇぇぇぇ!」
という掛け声と共に、あたかも大安売りの八百屋に群がる主婦のように突進していくミランダ。勢いに釣られてフェンナもそれに続いている。今回はアルネリア教のシスター服なんだからそれはまずいんじゃ、という忠告すらアルフィリースには言う暇がなかった。
だが一方で冷静な面々は残っており、主催者がやろうとした説明を聞いている。もちろんアルフィリース、リサ、ニアもそれを聞く。
ロメオいわく、今回の探索範囲は主に地下3階のようだ。このダンジョン、というより遺跡だが―――は全部で地下3階ということらしいが、この主催者のロメオが手に入れた古文書を見せてもらうと、どうやら地下4階まではあるらしい。ただ入口の部分がどこにあるのかがわからず、それを探してほしいということだった。
説明を聞いてダンジョンに挑んでいく残りの面々。アルフィリースもダンジョンに向けて進もうとした瞬間、ニアに袖をひかれた。
「どうしたの、ニア?」
「ああ、実はさっきから気になっていたんだが・・・」
ニアが、アルフィリースとリサにしか聞こえないように声を落とす。
「今は関係ないことかもしれないが、この周辺には獣人が住んでいたんじゃないかと思うんだが」
「なんで? 昔は獣人の方が領地も多かったし、それは不思議ではないと思うけど」
「確かにそうなんだが。ここに来る途中にいやにほら穴みたいなのが多くてな・・・と、いうよりここを中心に天然の要塞を築いていた、と言った方が正しいか。いたるところに窪地や縦穴を作って兵が伏せやすいようにしていたようだ。これは昔から獣人が使っていた方法だ。まるで何かを守っていたような・・・」
「ニアの言うことは正しいと思います。さらに言うなら、ここは大昔にちょっとした集落だったのでは? リサはこんな目ですから土地の起伏なんかには余計に敏感なのですが、地面がただの森に比べて整地されていて歩きやすいです」
「言われてみれば・・・」
二人の言うことは尤もだ。木々を見ても、遺跡に近いほど背丈が低く、胴周りも細い若い木が多い。比較的最近生えたのだろう。それに比べてここに来る途中では、樹齢数百年はあろうかという大木が多かった気がする。
「そうなると人間も住んでいただろうな」
「なんで?」
「いや、自慢じゃないが獣人は整地などめんどくさいことはまずしない。都心部では別だが。グルーザルドの首都も、そもそも天然の地形を多少改造して街としたからな。まあ国家といった枠組みを持つ意識ができたのが、そもそも最近だ。昔に人間と獣人が共存していたなど、とても信じられないが」
「ふぅん・・・」
「そういうことでしたら、エルフも住んでいたかもしれません」
いつの間にかフェンナが引きあげてきている。ミランダも遺跡から出てきた。
「あれ、2人ともダンジョンに突っ込んだんじゃ?」
「ダメダメ、地下一階は開けてるんだけど、地下2階からは迷路でさ。リサがいた方が能率いいことに気が付いて引き返してきた。それに、一階で面白いことに気が付いてね」
「私は不思議なことに気が付いたので、相談してみたいな、と」
「え、何に気が付いたの?」
「それは・・・」
フェンナが何か話そうとしたその時、リサがピクリと何かに反応する。その反応にアルフィリースも気がつく。
「リサ、敵?」
「いえ、人間が・・・2人のようです。東からここに近づいてきます。もう間もなく見えるかと」
「おおかた遅刻した奴だろうよ」
ミランダの言ったとおり、はたしてその2人が見えてきた。1人は傭兵風の男。何かイマイチ冴えないというか、だらしがない。服もなんだかそこかしこが破れているし、髪も髭も伸びっぱなしだ。髪も標準的な茶色。身長は多少アルフィリースより高いくらいか。もっさりした外見のせいで、歳がいくつなのかよくわからない。多分若いのだろうということしか言えなかった。
もう一人は背が低く、まだ少年の面影を残している。大きな眼鏡に、いかにも学者風な出で立ちだ。戦闘は、あの風体では無理だろう。リサと小競り合いしたらリサが勝ちかねない筋肉のつき方だった。
だがその傭兵風の男がアルフィリースに気付くなり、駆け寄ってきた。
「おお、もしかしてアルフィか!?」
「・・・げっ、アンタは!」
アルフィリースが心底嫌そうな、見たくない者を見たような顔をしている。ミランダもびっくりしたが、それはアルフィリースが「アンタ」などと他人を呼んだことに対してだ。いつもはなんだかんだで、他人には丁寧なアルフィリースなのだが。
「ははは。こんなところで出会うなんて、やっぱり俺達は運命の糸でつながってるな!」
「・・・どちら様で?」
アルフィリースがジト目で嫌悪感を丸出しにする。できればどころか、一切関わりたくないというのを全面に出した対応だ。だが男は全く気にしていない。
「おいおいおい、俺のことを忘れたのか!? あれほどアツい夜に絡みあったと言うのに!」
「えー、アルフィってこういうのが趣味なの?」
「・・・あまり良い趣味ではないとリサは思います」
「あんまり強くなさそうだな・・・」
「というより、アルフィは男性経験豊富なんですね」
めいめいが好き勝手言うせいで、アルフィリースの不満があっという間に溜まっていくのが表情でわかる。
「ちょっと、肝心な部分をちゃんと発音してくれないと誤解を招くでしょ!? まず暑い夜の間違いね! それにアンタが勝手に山の中で猟師の仕掛けた罠に引っ掛かって、絡み合ったっていうか、網に絡まってたんじゃない!」
「それでその俺を助けようとして自分も網に絡まった、と。ほら、絡まってるのは合ってるだろ? だから俺達はアツい夜に絡み合ってるって」
「そんな言い方あるかー!!!」
アルフィリースが凄い勢いで絶叫した。これだけ声を荒げるアルフィリースは珍しい。この中では一番付き合いの長いミランダでもこんなアルフィリースは初めて見たようで、目を丸くしていた。
続く