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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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獣人の国で、その11~意外な新鋭~

「手紙の一つでもなくなってくれていれば、逆に色々と分かることもあったんだけどねぇ」

「それは・・・」

「(裏切り者が誰かと言うことですか?)」


 ニアは咄嗟に口先だけを動かしてアムールに話しかけた。獣人には非常に鋭い聴覚を持つ者も存在する。こんな一室の会話ですら、聞き取られないとは限らないのだ。ここは人間の世界ではなく、魔術による消音などもないのだから。

 だからこそアムールなどの隠密につく者は、唇だけの動きでも相手の言いたいことはわかる。さらに隠密としての訓練を積めば指先だけの会話や、光の反射や音の鳴らし方でもできる。

 隠密の実質的な長であるアムールは、ニアの言わんとしていることを当然のごとく理解できる。


「そうねぇ。でもそんな間抜けさんではないようね。まあグランバレーにはしばらく滞在するし、ゆっくりやるわよ」

「そうですか。私としてはゆっくりやられても困るのですが」

「いけずねぇ、ニアちゃんてば」


 アムールがニアの頭を撫でようとしてので、ニアはひょいとその手を躱した。だがアムールはニアの反論を聞いて面白いことを思いついたとばかりに、ニアにある提案をしたのだ。


「ニアちゃん、少し訓練場に行きましょう」

「はい、それは構いませんが。何をしに行きますか?」

「くればわかるわ」


 アムールはニアを伴い、地上にある訓練場に向かった。獣人の数が増えてグランバレーが手狭になるに従い、軍などの訓練場は主に地上に移された。彼らは毎日グランバレーから地上に向けて上がることが日課となっている。グランバレーから地上に上がるのはそれだけで労力を伴い、子供の獣人ならば息も切れてしまうのである。

 だがさすがにこの軍人二人は難なく地上にまで上がっていった。アムールは比較的厳しいルートを選択したつもりだったが、ニアは難なくついてくる。旅の途中で手ほどきをしたのも、無駄ではなかったようだ。

 アムールはその様子を見て、さらなる訓練を思いついた。


「ニアちゃんには課題を出します」

「課題?」

「そう。確かにアタシはこの軍にいるのは長くても1年と言ったわ。でも、ただグルーザルドにいるだけではそ貴女の実力は上達しないかもしれない。やはり実践に勝る訓練はないし、目標がないとねぇ。

 貴女もアルフィリース達の元に合流した時、役に立たないのは嫌でしょう?」

「役に立たないとは・・・」

「いーえ、役に立たないわ。だって、今回アタシと戦った魔王に一撃でも有効な攻撃を加えることができたかしら?」


 ニアはアムールと戦った魔王との戦いを思い出す。確かにネコ族であるが、爪ではなく打撃、関節技を中心として戦うニアの戦闘方法では対人戦闘はともかく、巨獣相手の戦闘は不可能に近い。そもそもニアが爪ではなく打撃と関節技を磨いたのは、女の獣人では爪の鋭さで男に勝てなくなることが目に見えたからである。爪の大きさは体格と筋力に比例するので、女の獣人では男に勝てないことがほとんどの場合なのは、人間も獣人も同じであった。

 だがニアも巨獣との戦闘は想定していなかった。まして魔王相手の戦いでは、ニアはどう戦っていいのかが分からないのが正直な気持ちだったのだ。痛いところを突かれてニアが黙りこくる。


「別にニアちゃんを責めているわけじゃないのよ。でも何か策は打たないとね」

「隊長、私はどうすれば」

「その答えはこれから見つけるのよ。さしあたり、これから紹介する人物を倒せるようにならないとね。さて、そのお目当ての子はどこにいるのかしら」

「誰をお探しで?」

「すぐにわかるわ」


 アムールは訓練場に着くと、誰かを探すようにきょろきょろとした。そして一画で盛り上がる訓練の様子を目の端にとらえた。


「どうやら自由訓練中のようね」

「乱取りですか。ですがあれは・・・」

「ええ、一対五というところかしら」


 アムールとニアの目には、一人の獣人が五人の獣人を相手に乱取りしている光景が見えた。だがしばし見ないまでも、勝負は互角以上だった。優勢なのは、一人の方の獣人。


「女性兵士・・・!」

「そのようね、鮮やかな身のこなしだわ。それにどうやら相手は五人じゃなさそうね」


 アムールが見たのは既に地面に倒れる五人の獣人。この乱取りは一対十で開始されたのだ。既に五人が地面に倒れ伏し、残るが五人という状況であった。

 その五人を相手取るのはネコの獣人である。ネコ族特有のしなやかな動きを生かし、相手の突撃をするりと躱す。その動きは明らかに一般の兵士のそれを逸脱していた。そして同時に、ニアが理想とする動きを体現していたのだ。


「なんと見事な・・・あんな兵士が我が軍にいたとは」

「そうね、ネコ族としての特色を最大限に生かした動きだわ。ネコ族全てににお手本にしてほしいほどの見事な動きよ。

 ちなみにあの子、軍に所属してからまだ一年たっていないわ。ニアちゃんが軍を離れた直後に入ってきたから、面識はないわよね」

「一年経っていない!? そんな馬鹿な!」

「天才よ、あの子は。適切に育てれば、数年で獣将にはなるでしょうね。ドライアンの領域まで届くかどうかは、運にもよると思うけど」


 アムールの言葉が事実であれば、グルーザルド軍においてもとんでもない逸材が入ってきたことになる。10年に一人、もしくはそれ以上か。ニアは思わず固唾を飲んでその動きを見守った。確かにまだ少女としてのあどけなさが抜けない体格であり非力な少女だが、獣人達の虚をついて確実にその急所を捉え気絶させていく。ニアが見ている合間にも、一分と経たずに獣人達を昏倒させていたのだ。

 それを見たアムールが、近くの適当な獣人に話しかける。


「ねぇ、組手が始まってから何分経ってる?」

「あっという間ですよ。二分も経ってないかな・・・さっきより短いですね」

「さっき?」

「ええ、これで三回目の乱取りなので」


 アムールとニアは顔を見合わせた。その獣人は親切にもさらに説明をしてくれたのだ。


「ちなみに今戦っていたのは全部十人長ですね。一般兵士じゃ相手にならないって、彼女が言ったもので」

「なるほどねぇ・・・しばらく見ないうちにまた強くなっているわ。お父さんの血をしっかりと受け継いでいるじゃないの」

「彼女の父親も軍人だったので?」

「ええ。出世はそこまでしなかったけど、アタシの前任者ってところね。本気で戦えば獣将と遜色なかったかもしれない。だけどそんなことを望む人じゃなかったのね。

 ところでニアちゃん、まだ気が付かないかしら?」

「はい?」


 ニアが不思議そうな顔をすると、一通り獣人達を気絶させた女の獣人が汗を拭いて身なりを整え、アムールの方に歩いてきた。そして胸の前で腕を組み、軍人としての礼をアムールにしたのである。


「お久しぶりです、アムール隊長」

「元気そうね。また強くなったかしら?」

「アムール隊長のご指導の賜物でしょう」

「上手いわねぇ。隣にいる誰かさんとは大違い」

「ぐっ」


 ニアが思わず言葉に詰まった。その様子を見て、少女の獣人がはっとする。ニアも初めてその時少女の獣人を正面から見たのだが、その容貌はまだ幼く、とても先ほど十人の戦士達をのしたようには見えなかった。まだ伸びきらないくせのある髪の毛を軽く三つ編みにし、両の耳の前に小さく垂らしたその様子は、とても軍人とは思えない。

 そして愛らしい灰色の目がニアと交錯する。その瞳には、確かに強い驚きと、その他の感情がないまぜになっていたのだ。

 固まる少女を前に、アムールがさも楽しそうに少女を促した。


「どうしたの? こちらは貴女の先輩にあたるわ。挨拶なさい」

「・・・はっ、失礼しました。私はグルーザルド軍所属、百人の部下を預かりますヤオと申します。まだ軍に所属して日の浅い私ですが、どうかよろしくお願いいたします、姉様」

「姉・・・様?」

「あら、言ったじゃない。貴女の妹が軍にいるって。この子がそうよ、ニアちゃん」


 アムールの言葉と、自分の前で軍人としての礼を取る妹を前に、ただニアは立尽くすのであった。



続く


これにてこのシリーズは終了、次回から新しいシリーズです。感想・評価などお願いします。


次回投稿は9/24(月)13:00です。連日投稿でいっときます。

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