獣人の国で、その9~大胆な提案~
「これらは魔王の出現地点だ。黒い点は魔王が確認された場所、赤は討伐が確認できた場所だ。現在この周辺、土地としては南部の大森林という未開の地域だが、ここにわが軍の主力は展開している。定期的に魔物の討伐をせねば近隣に被害が出始めるというのと、また新兵の訓練といった意味合いがあったのだが、そうとも言っていられないのが現状だ。
事の発端は2年前、大森林に展開した軍団に珍しいほどの損害が出ていることに起因する。正体不明のその魔物は、オークやゴブリンなどのいわゆる闇の眷属を従え襲いかかってきた。その時は10数名程度の被害で撃退したが、以後も新種の魔物が他の魔物を従えている場面には多々遭遇する。我々は奴らをいわゆる『魔王』なのではないかと話し合ったが、あまりにも出現頻度が高くてな。それに形状も今までに見たことがないような奇抜な個体が多かった。そんな時にこのアムールが人間の世界の現状を報告してきたのだ。他の土地でも同じようなことが起きているとな」
「魔王の発見は、実は東側の世界だけにとどまらないの。獣人たちの住む領域、そして南の蛮人たちの住む領域、そして西の小国が乱立する地域。さらには東の大陸でも出現が確認されているわ。ピレボスの向こう側、北の隔絶された台地はどうかは知らないけどね」
「ふむ、興味深い話ですね」
カザスは唸った。それはカザスとしても無関係の話ではなかったし、むしろ相談したいくらいの内容だったからだ。
ドライアンは続ける。
「我々グルーザルドとしては、魔王の出現そのものはいっこうにかまわないと思っていた。最近は緊張感のない戦いが続いていたからな。新兵達の良い訓練になると思っていたし、事実兵たちも戦い甲斐のある敵に喜んでいる。だがあまりに魔王は出現頻度が高い。徐々に我々の軍は魔王相手の戦いに気を取られ、他の軍事行動ができなくなっているのが現状だ。その事実に目を向けている者が、グルーザルドにほとんどいないということが問題なのだ」
「そーいうこと。やっぱり獣人達ってどこか頭の足らない者が多いのよねぇ。血の気が多いっていうか。どれほど魔王を駆逐しても、いっこうに奴らは数を減らすどころかむしろ増え続け、そしてその強さも増してきている気がする。二年も続くこの戦線に、現在獣将の半分を送り込んでいる危うさに気が付いている者が、果たして何人いるかしら。
獣人の国々は今でこそグルーザルドが盟主だけど、それでも隙あらば我々にとって代わろうとする国はまだあるの。それにドライアン王がいかに強かろうとも、その身は一つよ。多面的な作戦には対抗できない。
獣将がいるからこそ諸国と均衡を保っているけど、グルーザルドは軍事大国といえどもまだまだ身動きがとりにくい国よ。眠れる獅子っていえば聞こえはいいけどね」
「なるほど。グルーザルドがなぜクルムスを国境に中原への侵略を行わなかったのか、よくわかりました。後門には常に憂慮すべき敵達がいるということですね」
「そういうことだ」
ドライアンがむっつりと言った。どうやらドライアンとしても現状の身動きできない状況には焦れているいるらしい。やはり王といえどそこは獣人なのか、感情が表に露骨に出ていたのだ。
カザスはそんなドライアンを見て、少し思いついたことがあった。
「そうですね・・・ではそんな重要な話をしてもらったということですが、私はどうしたらよろしいでしょうか」
「別に、どうもせん。話して困る内容ではないし、たとえ貴様がどこかの国の間諜であったとして、これを契機に我が国に攻め込むことなど不可能だ。東側はクルムスが蓋をしており、レイファン王女は実に信用できる人物だと思っている。それによしんば侵攻できたとして、我々の軍事力を前に対抗できる国家など近隣にありはすまい。
加えて、元々我々の国は鉱物資源こそ豊富だが、農耕には向かぬ国土よ。農耕民族である人間が占拠したとて、自分達向きの土地に作り替えるのにどれほどの時間と労力がかかるのか。我々の国に攻め入ることなど、百害あって一利なしよ」
「まあ人間世界の陰謀というものは、思いもよらぬところから針孔を通すように仕掛けてきますからね。油断はなさらない方がよろしいかと。
それよりも私は思いついたことがあるのです」
カザスの眼鏡の奥の目がきらりと光る。その光を面白そうにドライアンは見つめ返した。
「ほう、何を思いついた?」
「私を参謀として雇いませんか? 期間はニアさんがこの国での因縁を清算するまで」
ドライアンを前に、カザスは大胆な提案をするのだった。
続く
次回投稿は、9/21(金)14:00です。