獣人の国で、その6~強き者の集まる王宮~
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アムールは飛竜を発着場に降ろすと、その足で王宮に向かうと言いカザス達を連れて歩き出した。カザスにとって初めてのグランバレーは物珍しかったが、それ以上に獣人達にとってカザスの存在は異端だったらしく、彼らもまた珍しそうに獣人の王都に紛れ込んだカザスを見ていた。
それもそのはず。このグルーザルドの王都グランバレーは他国との流通路を当然持っているのだが、それらの交易は全て地表で行われ、この谷底へ人間が降りてくるのは各国の大使程度だった。それも、必ず触れがあった後に、多くの護衛と監視をつけての訪問だった。今回のように獣人が単独で人を連れてくる事など、実に初めてといってもいいくらいの出来事だったのである。
そうとは知らないか、または知っていても関係ないのか。カザスはじろじろと遠慮なくグランバレーの様子を確認しているのだった。カザスにとってこの都市は、自分の知的好奇心をくすぐってしょうがないのだろう。ニアは少し気恥ずかしかったが、何を言ってもカザスが聞くはずもなく、ただ顔を赤らめてアムールの後に続くのみである。
やがてアムール達は一際大きな割れ目をくぐる。これはグランバレー正面の谷の中にある突き当りであり、行き止まりでもあった。カザスはおよそ見当をつけていたが、果たしてその通り、ここがグルーザルドの王宮であった。
その造りは今までの建物とは一線を画す。カザスは後に他の建物と比較をするのだが、この王宮は『錬剛宮』と呼ばれ、明らかにその用途が人間の世界の王宮とは異なっていた。まず王宮は非常に美しかったのはよい。一段と高純度のアルマダイトで形成されたこの一画は、見た目だけでも七色に輝く王宮だった。どこが輝くのかとカザスは不思議に思っていたが、驚くべきことにアルマダイトを磨き上げ、鏡のように反射させて陽の光を王宮内に取り込んでいるのだった。もちろんそれだけでは明かりが追いつかないため、多数の松明も灯してある。
だが本当にカザスが驚いたのは、ここまで高度の高いアルマダイトを使って、非常に精巧な細工や、あるいは完璧に平らな壁面や床を作っていることだった。これほどの研磨の技術は人間界にも存在しないのだ。
「アムール殿、この壁や床、あるいは天井はどうやって磨き上げたのですか?」
「べっつに磨き上げてなんかないわよ。削ったのよ」
「は? 削った?」
「そう、爪と牙でね」
アムールが自らの爪をぎらりと取り出して見せる。その表情はいたずらっぽくもあり、そして自慢げでもあった。
「言ったでしょう、権力の強い者ほど大きな家を造ると。当然王が最も強い建物を作り上げるに決まっているわ。いえ、むしろこの一画を掘っていくことのできる者を王と呼んだのが始まりよ。錬剛宮とは、この一画を削ることで自らの爪と牙を研ぐことを意味するわ。昔は私もそうしたものだけど、ほら、たとえばあそこの柱は私が掘り出したのよ」
アムールがそうやって指示した柱は、太さがダロンが抱きかかえても余るほどの太い柱だった。それほどの巨大な柱を掘り出せることに、カザスは唖然とした。
「素直に・・・感心します」
「まあ今となっては若気の至りってやつよ。本当は戦士としての強さなんてこんなものに影響されないし、まして強さの定義なんてそれぞれだからね。爪と牙が強かったから何がどうしたのって感じよね。まあ若い獣人なんて、みんなそんなものかしら。
ちなみに奥の部屋はさらに精巧に作ってあるわ。ここから先には、通常は獣将以上しか入れないのよ?」
そうアムールが解説する場所に、彼はずかずかと入っていった。ならばその領域に堂々と踏み込む己はなんなのかとカザスは問いかけたくなったが、そんな暇もないほどにアムールの歩は早まっていた。
そして一行がさらに進んだ先では、確かに磨かれた壁面のような場所であった。地面すら自らの姿を映すほど綺麗に磨き澄まされた宮殿であり、カザスは逆に落ち着かなかった。そこはまるで全方位が刃物に囲まれたような気がしないでもなかったからだ。そわそわとするカザスを見て、アムールが気遣う言葉をかけた。
「落ち着かないんでしょ? 鏡っていうよりは、研がれた剣みたいな空間だものね」
「正直言ってその通りですね」
「アムール隊長、私も昔からここは落ち着かないのです」
「何を隠そう、アタシもよ」
アムールがあっけらかんと笑ったので、逆にニアとカザスはびっくりしてしまった。
「アタシも昔は躍起になったわよ。爪と牙とその実力を磨いて、獣人の頂点に立ちたいってね。でも、ある日突然、そんなことがばかばかしくなった。力で他の者を従えて、その次は? ってね。
アタシの活躍した時代は、これから泰平期に入ろうって時代だった。戦争に疲れた諸国には厭戦気分が高まり、アタシたちのような血気盛んな獣人達は時代に取り残される形になったわ。アタシはそんな世の中の風潮をいち早く察し、自らの力を生かせるような仕事に就きたかった。現在のように諸国を渡り歩いて情報収集するのは悪くないわ。もっとも私の知り合いは、やはり爪と牙で上を目指したのだけど、同じ年代にドライアンっていう化け物がいたのは何と言っても不運ね」
「それでも条件次第では、いくらドライアン王といえども無敵とは限らないのでは・・・」
「そうねぇ、それはそうかも。もしアタシがひと時も欠かさず訓練して、かつ条件を整えればドライアンには一度くらいなら勝てたかもね。上手くすれば、アタシが王ってこともあったかも」
「ではなぜそうしなかったのです?」
カザスの素直な疑問に、アムールはどことなく寂しそうな笑顔で答えた。
「だめよ。仮にドライアンには勝てても、どうやってもゴーラの爺様には勝てないもの。アタシもなまじ強かったからわかっちゃったのよね、ゴーラの爺様の化け物みたいな強さに。あの爺様、何千年も己を鍛えているのよ? そんな化け物に、たかだか百数十年しか生きないアタシたちがどうやって勝てっていうのよ?
いえ、もしかしたら可能なのかもしれない。でもアタシには闘争本能以外、ゴーラの爺様に勝ちたいっていう明確な理由がないの。最強になるには才能や努力だけでなく、この上なく強い意志と覚悟が必要よ。そんな覚悟、アタシにはなかったのよ。
それにゴーラの爺様が世界最強だっていうのならまだやる気も起きたけどねぇ。あの爺様、こともあろうに自分よりも強い者がいるなんていうのだもの。やる気も削がれるってものよね。上にきりがないにもほどがあるわよ。そんな場所を目指すなんて、それだけでもはや一つの才能と言っても過言ではないわ」
「それはそうですが、それよりも伝説の五賢者よりも強いですって? 一体何者ですか、その者は」
「いずれ知ることになるわよぅ。あるいはもう既にどこかで関係していたり、その名前を聞いたことはあるかも」
アムールがウィンクしたので、カザスとニアの二人は決まりがわるそうに顔を見合わせた。そこに向かいの廊下から現れたのは、非常に威圧感のある空気を纏った三人だった。一人は巨躯のトラの獣人、そして一人はヒョウの獣人、そしてもう一人はピューマの女性の獣人だった。威風堂々たるその歩く姿に、カザスでさえ思わず身を固くする。
そして彼らはアムールに気が付くと、真っ先に先頭を歩くヒョウの獣人が声をかけた。
続く
次回投稿は、9/15(土)14:00です。