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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
542/2685

獣人の国で、その5~獣人の国~

***


 そんなことがあって。ニアとカザスは、アムールとラインのやり取りなど知らないわけだが、カザスはそのままニアについていくことになった。無鉄砲にも見えるカザスの行動に最初こそニアは反対したが、カザスは既に大学の自分の教室を片付け、さらに休職願いまで出してきている始末。カザスの放浪癖は今に始まったことではないし、またそういった放浪の後にはたいていカザスは優れた研究成果を公表するので、トリアッデ大学もそれほど難色を示さずに休職願いを受理していた。

 ニアはといえば、突然のカザスの行動にもまんざらでもない感情を覚え、彼女は渋々と見せかけながらも内心では快哉を叫びながら結局彼を迎え入れた。もちろんニアの尻尾が高速で左右に動いていたのは言うまでもない。

 そしてひとしきり情報を収集したアムールはニアとカザスを伴い、グルーザルドの王都へと足を向けた。いかに獣人の国とはいえ、グルーザルドの領内へは比較的たやすく入れる。昔と違い、獣人と人間の生活圏に違いはそう大差ない土地もあるのだ。中原こそクルムスがきっちりと管理をしているが、西側の国では獣人と人間の国境も非常に曖昧で、土地を巡った町同士の小競り合いもまだ珍しくはない。国境が明確にひかれていない土地もあれば、また獣人と人間が比較的仲良く暮らしているような土地もあった。

 アムール達はそういった曖昧な国境に一部の役人に適当に金をつかませると、審査など全くないにも等しい状態で、堂々とグルーザルド領内に入ったのである。正確にはグルーザルドと、その隣接する小国の境目だが、もはやアムールにとってはグルーザルドに帰ったも同然であった。

 グルーザルド側の門番はアムールの通行に慣れているのか、アムールがフードを取ると、無言で敬礼をして見送るだけだった。ただその「してやったり」という表情だけが、アムールとその門番が隣接する小国をくみしやすい相手として見ていることの証明だった。事実、隣接する小国は攻め落とすよりも残した方が何かと意のままに操りやすく、他国との緩衝材として丁度良いとして、グルーザルドの戦略上残された国だったからだ。


 一行はグルーザルドの土地を歩く。グルーザルドの首都グランバレーにはまだほど遠かったが、彼らはもはや旅を急いではいなかった。まず移動に際して、カザスはニアやアムールの移動速度には馬でなければついてこれなかったが、カザスがグルーザルド領内で馬を扱うことは非常に目立ってしょうがなかったのだ。獣人の領地で馬に乗ることは、余程身分が高いか、あるいは人間であるぞと周囲一帯に告知するにも等しい。そのため移動はカザスが自力で歩む速度に合わせられた。

 だがそうなるとカザスには悪い癖が出る。彼は珍しい土地、初めての土地に入り込むと、地図をつくらずにはいられない。今回も案の定、グルーザルドの北西というほぼ大陸東の人間が入り込むのに不可能な土地であったため、カザスは大興奮しながら地図の作成を始めた。そんなカザスの様子を真面目なニアは呆れて見守っていたが、意外な事にアムールは目を輝かせてカザスの様子を見守っていた。


「ニアちゃん、面白いわね。あの子」

「否定はしません。これだけ堂々と人を待たせることができるのですから。呆れるを通り越して、大物だと思います」

「それもあるけど・・・なんていうか、あの子。アタシ達を差別しないのねって」

「それは・・・そうかもしれませんね」


 確かにアムールの言うことはもっともだった。人間と獣人が恋人同士になる例はなくもないが、非常に珍しかった。獣人は毛深く、また容姿が何らかの生物に似ていることを除けばまあ人間に見えるのだが、それでも「異種姦通」などとして差別の対象とする風潮は各地にあった。それは人間の世界だけでなく、獣人の世界でも同様である。

 だがカザスはそんなことを気にしない。そしてアムールとも事実すぐに打ち解けたのだった。アムールは最初単なる興味を持ってカザスの相手をしているようだったが、カザスの見識が並々ならぬものと知ると、徐々に対等の相談相手としてカザスの事を見なすようになっていった。

 カザスの知識は地理のみにとどまらず、政治、経済、語学、歴史、算術、その他非常に多岐にわたる。だからこそ彼はトリアッデ大学の最年少教授だったわけだが、彼の生徒でも理解できない事の多いカザスの話を、アムールは実に正確に理解していたのだ。そしてアムールはカザスについて興味以上のものを示すようになっていた。


「・・・ドライアンに合わせてみるか」

「は? 何か言いました?」

「いーえ、独り言よぉ」


 アムールはその思いつきを、まだニアには秘めておくことにした。


***


 そして彼らは途中飛竜なども使って、グランバレーにたどり着いた。あまりにカザスが地図作りに熱中するため、これ以上はらちがあかないと悟ったからである。

 彼らがグランバレーにつくと、そこはカザスにとって驚愕の世界だった。


「これがグランバレー・・・噂には聞いていましたが、このような都市が本当に存在するとは。さしもの私も感激と驚きが隠せません」

「その割に冷静な声ね。ここが私たちの首都よお。名前の示す通り、谷に作られた都市なの」


 彼らが到着したのは、地面にできた大きな裂け目の中だった。断崖絶壁には数々の穴が掘られ、また階段が取り付けられていた。中にはロープだけで移動する入り口や、階段や捕まる場所すらなく、どうやってたどり着けばいいのかわからない入り口も存在する。

 また谷は全部で三つ存在するが、谷どうしは一部連結していて、その連結部分が主に市となっており、谷自体は居住区だったり、他の生活空間となっているようだった。谷は深く、その深さはおよそ200数十mにも達しようかという深さであり、幅も最大のもので数百mに及んでいた。谷の壁面どうしは距離がせばまる場所で一部交通があるようで、そういった場所には非常に背の高い木が生えており、それらの木々を使って獣人たちは行き来をしているようだった。

 もちろん地上にもいくつも住居らしき建物が多数存在する。地表では軍の訓練らしきものが行われており、家畜を放しているようでもある。グランバレーはカザスが今まで目にしたことのない大都市であることはもはや間違いがなかった。


「話や書物では知っていましたが、これは素晴らしい。こんな都市の在り方を想像するとは、獣人とはなんと独創性に優れた生き物でしょうか」

「まあ本当のところを言えば、穴倉生活が骨身に沁みてるってところかしらね。獣人の祖先は元々山暮らしや森暮らしだったって話だから。外に出て暮らしている連中は、余程の変わり者か、あるいは居住空間がなくなってあぶれてしまった連中よ。最近では人口が増えすぎて、生活空間の確保が主たる政治問題なのよねぇ」


 アムールが飛竜を空中で旋回させながら語ってくれた。そして谷の底にある飛竜の発着場まで飛竜を降ろす過程で、カザスはあることに気が付いた。


「ここの地質・・・特殊ですね」

「あら、わかる? さすがは学者さんね」

「もちろんです。ここの地質はアルマダイトという特殊金属です。加工すれば非常に強力な武器防具となりますが、そのままでも随分固いはず。これらを加工して都市をつくったのですか?」


 カザスが感心したように語るので、アムールに代わってニアが多少得意げに答える。


「そうだ。我々獣人は立派に成人した証として、自分の家をこの岸壁に作る資格を得る。その家は自分の爪や拳で掘るのだ。カザスも知ってのとおり、この壁は非常に硬い。そして端に、下に行くほど固くなる。だから大きな家を構える者ほど、谷の底に家を構える者ほどその力を示せることになる」

「まあ時間さえかければ、たいていの獣人はそれなりの家を構えることができるな。住居がでかければ偉いってわけでもないでしょうけど」

「そのようなものですか・・・」


 カザスは感心したように答えたが、その内心では既に話は耳に入っていなかった。それよりもカザスはこの都市を見て、あることに気が付いていたのだ。グランバレーという都市の存在を聞いた時からある程度考えたことではあったが、直に目で見て疑問は確信へと変わった。おそらくは大草原で遺跡を見た時のような、とてつもない発見かもしれないことだったのだ。



続く

次回投稿は、9/13(木)14:00です。

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