獣人の国で、その4~不穏な動き~
「・・・いいだろ、その交換条件を受けてやる。だが、俺にもやるべきことはある。片手間でやることになるが、それでもいいな?」
「もちろんよぉ。こちらとしても貴方が頼みの綱ってわけじゃないしね。連絡方法はこのウルドの店宛てに、特殊な宛名で出してもらえれば結構よ。それで私の元に手紙が届くから」
「わかった。それで俺に対する情報は、手付代わりに教えてくれるんだろうな?」
「焦らないで。まずはアレクサンドリアの現状からいきましょう。貴方も詳しくは知らないんでしょう?」
そう言ってアムールは自分の知りうる情報を話し始めた。
「現在、アレクサンドリアは非常にまずい内情といえるわ」
「まずいだと?」
「ええ、そうね。その国内の情勢の引金を引いたのは他でもない、貴方よ」
アムールの意外な一言に、ラインは面食らった。
「俺が、だと? 俺がどう関わるっていうんだ?」
「貴方って、国にとってそれなり以上の重要人物だったっていう自覚はないのかしら? 謙虚なのはいいことだけど、自分の事が正しく認識できないのは愚かよぉ?
まあいいわ、所詮貴方はきっかけにすぎない。あの国は貴方の一件で火が付いたのよ。元々あの国は強国だったけど、それらは代々の賢王と屈強な騎士団と、何より精霊騎士ディオーレ=ナイトロード=ブリガンディあってこそ。200年以上変わらず忠誠を誓う最高の騎士がいてこその大陸最強の騎士団だし、強国たりえた。
でも優秀すぎる人間は徐々に疎んじられる。ディオーレの功はそれこそ随一よ。もう誰がどのようにしても勝てないほどにはね。だから彼女は中央から遠ざけられた。事実、もう彼女は長いこと北東の小民族が争う土地の調停役として派遣されているじゃない。
いかほど優秀な人材でも、一人の人間が権力を握ったまま離さないのはよくないわ。それはディオーレ自身が提唱した国の方策であるし、最初は渋々ながらもディオーレは辺境の守護についた。
だけど時が経ち、ディオーレが中央にいない間に好き勝手をする人物が増えてきている。また辺境が思ったよりも荒れて忙しいことで、うかつにディオーレは辺境を離れられなくなった。はたしてこれは偶然かしら?」
「なんだと? どういうことだ!?」
食ってかかろうとするラインの鼻をアムールが抑え、彼の気勢を削いだ。ラインは自分の鼻が抑えられたことで気勢を削がれたのではなく、たやすく自分の懐にいることのできるアムールの芸当に、一歩さらに彼と距離を取った。
だがアムールは別段気に留めない。さらに続きを話し始めた。
「詳細までアタシもわからないわ。ともあれディオーレが中央にいない間に、アレクサンドリアの中央政府には佞臣がはびこり始めた。国とは大きな樹のようなものよ。いかに強国と言えども、根幹が腐ればいかんともしがたい結末を迎えるわ。
もちろんあの国の騎士達がそれをよしとするわけがない。彼らは佞臣を一掃する機会を常に狙っているの。その発端として貴方の追放を利用し、中央政府の大臣達の不明を糾弾する動きが出てきているわ。
今現在、あの国はいつ内紛に発展してもおかしくないの。佞臣を一掃して国を建てなおそうとする過激派と、国は徐々に変革すべきだという穏健派。そして中立を保つ人間と、どうでもよいと考え既得権益だけを貪るくだらない人間の派閥といったところかしらね。この一連の動きはこの先、望むと望まざるにかかわらずディオーレがどう動くかで決まるでしょう。そしてそのディオーレは今日動くのかもしれない。
こんなところね、今のアタシが言えるのは。どうかしら、今のアタシの言葉に、貴方の胸に響くものはあったかしら?」
「・・・」
ラインはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げてアムールを見た。アムールを見るラインの表情は彼には珍しく、困ったような行き場をなくしたような、少年のような表情のラインがいたのだ。
「それは・・・俺のせいなのか?」
「そうとも言えるし、そうとも言えないわね。所詮貴方のことはきっかけにすぎない。貴方がいまいがどうしようが、今回のような状況にアレクサンドリアは遅かれ早かれ到達したでしょう。
だから貴方が責任を背負う必要は全くないとは言わないまでも、そんなにあるとも言えないわね。結局の所、我々は目の前にある選択肢を選ぶしかないのよ。過ぎた選択肢を後に戻って選ぶことは不可能だわ。でもこれから選べる選択肢もあるんでなくって?」
アムールの言葉にラインは少し救われたのか、ややあって頷いた。そしてアムールの申し出を受けたのだ。
「・・・わかった、確かにお前の言うとおりだな。俺は前に進むしかないんだな?」
「そうそう、その意気よ。貴方は若いんだから、もっと前向きに生きなさい。後悔なんて、アタシみたいなやり直しのきかない年寄りになってからすればいいのよ」
「よく言うぜ、それほど歳なんかいっちゃいないだろうによ。面はまだまだ現役だって言ってるぜ?」
「もちろん、アッチの方はね」
アムールがウィンクをしてみせたので、ラインはぞっとしない表情になった。アムールの言った方向がどっちなのか、さしものラインも理解しかねる。本能が拒否していると言ってもいい。
ラインは妙な気分にとらわれて、その場を逃げるように後にした。あまり個人的に親しくはしない方がよさそうだと、本能が告げているようだった。
アムールがそんなラインの背後で妙に体をくねらせていたのを、もちろんラインは見ることはなかった。
続く
次回投稿は、9/11(火)14:00です。