初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その2~平穏な旅路~
依頼の期日は何日かに分かれていたが、アルフィリース達は最後の日程に合わせることにした。昨日まで泊っていた宿のある町から目的の洞窟までの日数を確認すると、ゆっくり向かっておよそ7日というところだ。そのペースでちょうど依頼の期日ぴったりくらいになるので、今回の旅はとてものんびりしている。またダルカスの森も東側から目的の遺跡まで入る分にはかなり安全らしく、森の入口までも街道がしっかり続いているから安心できる。宿場もそこかしこにあるし、宿代節約のため野宿している人たちの明かりもあちこちに見える。魔物も出ないし、アルフィリースが旅を始めてから最も安全な道のりだと言ってもよいだろう。
また昼に限らず夜半でも、中央街道はそれぞれの国が自分の領地の範囲を巡回している。どの宿場にも詰め所があり、酒場で住民と盛り上がっている騎士や警備兵をみかける。国境沿いの酒場では、2つの国の兵士が肩を組んで騒いでいる姿を見ることがある。元はれっきとした国家間の懇親会が催されていたのだが、中原に平和が成立してから何十年も経った今、そんな堅苦しいことをせずとも既に全員が顔馴染みなのである。中には、互いの子ども同士を結婚させようなどという話も飛び出すくらいだ。このおかげで西方ではありがちな国境での小競り合いが、中原では行われない。
もともとこの一連の仕組みを考え出したのはミリアザールだが、そのことは各国首脳陣しか知らないことである。彼らにはその恩恵のみが伝わっていれば十分なのだとミリアザールは考え、助言のみをはるか昔に行った。だがこの中央街道に溢れる笑顔を見る限り、ミリアザールの目論見は成功していると言ってよいだろう。
もちろん盛り場らしく酔っ払い同士のケンカもしょっちゅう行われるが、恒例行事といった程度の争いなのでちょっとした祭りのようなものだ。ケンカが始まるとどちらが勝つかで賭けが始まるなど、殺し合いには間違えても発展しそうにない。そのケンカを肴に全員が飲んでいる。なぜかミランダも時々ケンカに混じって大暴れしているが、
「シスター服は着てないから大丈夫!」
なのだそうだ。そういえばミランダは昔、山賊まがいのこともしてたとアルフィリースは聞いている。酒場で暴れるのはもはや習慣なのだろう。そしてだいたい『勝者ミランダ』で終わり、その晩の酒場代は男達に払わせて、ミランダは好きなだけ飲んでいる。あのシスターは絶対ロクな死に方をしない、あ、不死身だったっけ、とかつまらないことをアルフィリースは考えているが、実際なんとものどかな風景といえた。例外があるとすれば、ミランダの椅子代わりに這いつくばっている男くらいか。だが時々幸せそうな表情を浮かべる男もいるのは、まだアルフィリースにはわからない話だった。
そして朝も毎日ややのんびり目に出発し、早朝と夕食前には訓練をするのがアルフィリース達にとって日課になっている。ブラックホークの3番隊にボロボロにされてから、誰とは言わず全員が自主的に訓練をする雰囲気になった。前回はたまたま助かったが、あそこでアルフィリース達は全滅していても全くおかしくなかったのである。
とはいえ具体的にどうすればよいかも大きな指針が立つわけではなく、簡単な手合わせや、緊急時の戦闘隊形などの確認である。いざというときにどうするかを決めておくのは、コンマ何秒かの判断を要求される戦場では生死を分ける重要な要素だ。地味なようだが重要な打ち合わせである。実際に戦場では烏合の衆の1万を、訓練された千の兵が打ち破ることなど珍しくもない。
アルフィリース達の中で、純粋な近接戦闘では突出してニアが強い。ミランダはほぼ我流で鍛えた戦士であり、結構力任せな所がある。それに彼女の全力での戦い方は、本来の薬師としての能力を発揮して、薬品・爆薬などを使用しての戦いになる。その点で最も『殺し合い』で強いのはミランダかもしれないが、こと武芸比べではニアはおろか、アルドリュースにきちんとした武芸を習ったアルフィリースの方がミランダよりかなり強い。
ニアとアルフィリースの手合わせではアルフィリースが様々な武器を使ってニアの動きのバリエーションを増やそうとしているが、いかんせん獣人でもトップクラスに速い猫族の動きをとらえるのはアルフィリースですら至難の業だった。ニアは人間との戦闘経験が少ないから役立つと言ってくれるが、実際役に立っている気がアルフィリースにはあまりしない。このままで訓練を続けても、ニアがあのドロシーとやり合えば前回と同じく手玉に取られるだろうことは容易に想像がつく。
参考までに、大戦期にはどうやって獣人と人間が戦争をしていたのかニアに聞いてみたが、
「魔術、戦術で対抗された。獣人は魔術が使えない者がほとんどで、魔術に対する耐性も低い。そのため直接的な攻撃魔術も防御しにくいが、間接的な魅惑・幻惑・睡眠・麻痺・毒といった魔術にきわめてかかりやすい。それに戦闘に入ると興奮状態で我を忘れる者が多いから、『緩兵の計』などでわざと敗戦を装われても、何の疑いもなく深追いして罠にかかる。もっとも、その罠すら打ち破る突破力を発揮する時もあるのが獣人だがな」
だ、そうだ。だがこれだけ身体機能に差があるのに、どうやってドロシーがその差を埋めていたのかが気になる。あの時ドロシーに聞いておけばよかったと後悔するが、それはニアも同じようだ。ニアの印象としては、
「動きがそれほど速いわけではなかった。いや、人間としてはかなり速いが、獣人としては遅いくらいだ。だがこちらの攻撃は当たる気配がなく、向うの攻撃は的確に私を捉えていた。私の動きに癖でもあるのか、アルフィ?」
と言われても、実際これだけ速いニアの動きを対峙してとらえようにも、『目の前で消える』と表現するのが正確であり、とても癖どころではない。アルフィリースは自分とドロシーとの俊敏性に雲泥の差があるせいだと考えていたが、実のところアルフィリースとドロシーの反応速度にはそんなに差があるわけではない。一口に言えば戦闘経験の差なのだが、彼女達がそれに気付くのはもう少し先の話である。
リサにはアルフィリースが剣の型を教えているし、フェンナはアルフィリースに弓のコツを教えている。また巡回している騎士団などに練習相手を頼めることもあり、そうやって修行するのがアルフィリース達の旅のルーティンワークとなりつつあった。
幸いなことに街道のおおらかな雰囲気も手伝うのか、アルフィリース達の申し込みを、巡回中にもかかわらず、士団の面々は大抵が快く引き受けてくれた。なかには彼女達が女性のみのパーティーなのを確認すると、訓練にかこつけていかがわしい行為に及ぼうとする者もいたが、そういった者はすべからくアルフィリース達に返り討ちにあった。彼女達は気が付いていないが、女性でありながらその実力は1対1の戦闘においては職業軍人といえど街道警備兵程度では相手にならず、各国生え抜きの親衛隊と比べても強い部類に入っていた。そのため手合わせは物足りなく終わることが多かったものの、アルフィリースは国によって剣の型に違いがあることを面白がっており、またこういった騎士団の面々と手合わせしたことが、後に意外な福利を彼女達にもたらすことになる。
***
そんなこんなで日々は過ぎ、既に『初心者用ダンジョン』の目の前である。さすがに多少のんびりしすぎたのか、遺跡の前は既に人だかりができている。ざっと見積もっても100人はいるだろうか。人種・職業も様々で、獣人はもちろんのこと、珍しいことにエルフやドワーフもいるし、剣士・弓使い・槍使い・格闘家・魔術士など職業も様々だ。さらに珍しいことに、巨人や子どもまでいる。子どもの年齢はリサより小さいくらいだろうか。ローブをまとうところから魔術師の類いだろうが、アルフィリースは思わず子どもをじっと見てしまった。
その視線に気付いたのか子どもがこちらを振り向き、そして二コリと可愛らしい笑みを返してきた。世長けてもいるし、利発そうでなかなか可愛らしい。思わアルフィリースも笑顔で返し、手まで振ってしまった。その様子に気付いたミランダとリサがアルフィリースをいじめ出す。
「へぇ、アルフィはあーいうのがいいんだ?」
「・・・どさくさに紛れて子どもに色目使わないでください、このショタコン」
「そんなんじゃないわよ!」
「まあ自分好みに育てるのもいいけどさ・・・」
「アルフィではせいぜい調教されて、貢がされて、ポイされるだけでしょう」
「何よその三段論法は?」
「いや、子どもはなかなかいいぞ?」
え? と思わず三人がニアを見る。ニアは無意識だったのか、はっとしてうろたえ始めた。
「な、なんだ? 何がおかしい??」
「ニア・・・そういう趣味だったのか」
「変態がこのパーティーにもう1人いたとは・・・リサの不覚です」
「リサ、最初の1人はまさか私のこと?」
「あらアルフィ、他に誰か候補者がいますか?」
「アルフィさんはいいとして、ニアさんが言いたいのはですね・・・」
フェンナ、私はいいのか? とアルフィリース言いたかった。最近はアルフィリースに対するフェンナのツッコミが厳しい。ミランダやリサが余計な世間常識を教えているのか、フェンナの口調が段々俗っぽくなってきている。大丈夫かな、フェンナは仮にも王女様なんだけどと、そんなアルフィリースの心配もよそにフェンナが続ける。
「ニアさんが言いたいのは、獣人は逆ハーレムを作る習慣があると言うことですよ。エルフも種族によってはやりますし。寿命が長いと、男性が女性の20歳年下の夫婦とかよく見ます。若い容姿が長く続く種属では、将来性がありそうな子どもに目をつけておいて、自分好みに育てることはよくありますよ? 私の両親がそうでした。もっとも私の両親の場合は、父が母を育てたのですが」
「そうなのかい?」
「ええ。ですから昔の癖からか、時々母は父のことを『お兄様』と言っていました」
「なんて羨ましい・・・」
リサが思わずため息をつくが、ミリアザールがここにいれば間違いなく「自分はどうなのじゃ?」と突っ込んだであろう。幸か不幸か、ここにはリサとジェイクの関係を知る者は1人もいないのだが。
そんなどうでもいい話で女性達が盛り上がっている間に、今回の主催者らしき人物が登場してきた。わざわざ全員から見やすいように高い台を設けて、なんとも芝居がかっている。
続く
次回更新は11/17(水)14:00です。