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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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獣人の国で、その2~思いで話~


***


 そもそも事の発端はアムールというニアの上司だったわけだが、彼がニアをグルーザルドに連れ戻しに来てから、ニアはアルフィリースと一度離れたわけだ。

 だがアムールはすぐにはグルーザルドに戻らず、そこかしこで魔王に関する情報収集を始めた。そんなアムールに苛立つニアだったが、アムールは自分の動きを誰かに制限されるのを最も嫌うため、ニアはおとなしく彼に同行した。そしてニアもまた、アムールが決して無駄な行動をしないことを知っていたので、我慢強くアムールの行動の真意を読み取ろうとした。

 すると少しずつアムールの行動の意図が読めてきたのだった。そして頃合いを見計らったようにアムールはニアに問いかけた。


「どうだニア。俺の行動の意味がわかったか?」

「はい、なんとなく」

「それでいい、話してみろ」

「まず私を連れ戻すという口実でこの国を出たあなたは、まだ国に戻るまでに猶予がある。今はグルーザルド内部では知りえない情報を収集しているのでしょう。グルーザルドに人間のギルドはありませんから。隊長はいわゆる間諜の役目を請け負っています。違いますか?」

「あらん、ニアちゃんもちょっとは頭をつかえるようになったのね。いい子いい子」


 アムールがいつものオネエ言葉を使いながらニアの頭をわしわしとこすり、なぜかウィンクをした。ニアはアムールのいつもの態度に背筋をぞわりとさせながら、彼に続いた。

 事実アムールは時に人間のギルドに依頼しながらそこかしこで情報を集めているようであり、時には自らが赴いて魔王を退治したりもした。ニアはアムールがかつて獣将を争うほどの逸材であったとは知ってはいたが、改めて魔王を単独で討伐しうる彼の戦闘能力に感心した。戦闘において、ニアはほとんど出る幕なしだったのだから。

 そうして一月もしたころ、ニアはアムールが誰の命令で動いているかをなんとなく察し始めていた。アムールの元に時に訪れている獣人の伝令はおそらくはロッハの部下であろうことを悟り、アムールが組織だって動いている一員だと思ったのだ。そしてなぜそのような場面に自分を立ち合わせているのか、ニアはその目論見まで考えるようになっていた。

 そしてミーシアの酒場である。ウルドが店長代行を務めるようになった酒場で、連日アムールはくだを巻いていた。もちろん、情報収集のためだ。東西南北の交通の要衝であるこの街には多くの人材が集まる。アムールはその中で何らかの動きをしているようだったが、ニアにもその全貌はつかめずにいた。

 ある日の事、ニアはその酒場でカザスと再会したのだ。そして出会ったのはもう一人、ニアにとってはあまり歓迎のできない顔であったが。ともすれば、カザスとの再会の感動を台無しにしかねない人物であったのだ。


「よお先生、久しぶりだな」

「おやラインさん、奇遇ですね」


 ニアにとって懐かしくも憎らしい顔だった。一瞬、というよりもカザスが名前を呼ぶまで誰だかわからなかったが、それは確かに初心者の迷宮で出会った腹立たしい傭兵に違いなかったのだ。ただ以前と違いその恰好はきちんと整えられており、ニアでさえラインの風貌は好青年だと認めざるをえないような面持ちだったのだ。変化のしようにはニアも驚くが、とは言ってもラインの内面が変わるわけではない。

 だがカザスはそんなラインの外見にはまるで惑わされないのか、一瞬でラインと見て取った。あるいはラインの顔を知っていたのかもしれないが、彼らはいかにも自然に話し合いに入った。


「先生、まだこの辺にいたんだな。とっくにメイヤーに帰っていると思ったんだが」

「アルフィリース達と旅をするのが面白くなりましてね。それに元々私には地図を描くために放浪する癖もありますし。あの後大草原を縦断したんですよ、信じられますか?」

「そりゃあ命知らずだな。よくもまあ大草原の北部に入って生きて出てこられたもんだ。俺だったら絶対やらんね」

「危険には敏感ですものね、ラインは。ところで後ろの女性は?」

「ああ、旅の連れだ。わけあって一緒に旅をしている」

「ほう」


 そのままラインはカザスと他愛のない話を始めた。その様子をじっとアムールは見守っている。だがラインはアムールの様子が気にならないのか、その方を全く見ることはなかった。

 そしてアムールはやがて席をはずしてどこかにふらりと消えた。ラインもしばらくするとひとしきり積話を終えたのか、挨拶だけをしてカザスの元を去っていった。特にニアに気をつかった風もなかったが、その理由はニアも最後の方になってやっとわかったのだ。

 カザスは何もわからなかったのか、ただラインとの再会を楽しんだようだった。


「いやあ、さすが交通の要衝ですね。知り合いの少ない私でも、誰かに会うものです」

「そうだな・・・」

「ニアさん? 浮かない顔になっていますが、何か?」


 カザスが心配するのを、ニアはなだめた。


「ああ、別になんでもないんだ。ただ・・・」

「ただ?」

「どうして隊長はあの傭兵を挑発していたのかと思ってな」

「挑発?」

「カザスにはわからなかったろうが、ずっとアムール隊長はラインを殺気で挑発していた。無駄だと知ったのか、隊長は出て行ったが」


 ニアはミルクを飲みながらカザスに説明した。カザスはますますわからないといった風に首をかしげた。


「それならより変ですね」

「何が」

「いや、多分ニアさんが思うよりラインははるかに鋭い人間です。そんなことをされて気づかないわけがないのですが」

「あるいは気が付いていたのかもな。ラインは隊長の方を一度たりとも見なかったから。改めてかつてあの男の雇い主だったカザスに聞くが、あの男は何者なんだ? ただ髪を切って髭を剃っただけでは、あのような空気はまとわない。あの男、あんなに鋭い気配を発する奴だったか?」

「さあ、私も詳しくはなんとも。ただ彼は依頼すれば必ず達成すると評判でした。それは彼が簡単な依頼を受けているだけではなく、依頼の選別が非常に上手いことを指しています。彼の危機察知能力は相当なものでしたよ。戦いの事は私にはわかりませんが、おおよその事は戦わずになんとかしていました。本当に強い者は、戦わずして勝利すると聞きましたが?」

「ふぅむ。不可思議な男だな」


 ニアとカザスは互いに首を捻っていたのだった。



続く

次回投稿は、9/7(金)14:00です。

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