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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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獣人の国で、その1~現状~

***


「せいああああ!」


 気合の入った掛け声と共に、組手の修行に励む者がいる。ネコ族の獣人の女性、ニアであった。相手を務めるのはなんと五賢者の一人、ゴーラである。

 ニアの目にもとまらぬ連撃を、ゴーラは座ったまま左手一本で捌いているのだ。右手にはお茶が揺れもせず握られており、ゴーラは茶をすすりながらニアの相手をしているのである。組手が始まってはや半刻。ゴーラは茶を飲んだり書物を読んだり、あるいは扇子で自らを扇いだり。勝手気ままにくつろぎ続けている。戯れあう子供をあしらうようともいえる。その表情には、常に笑顔が見られていた。


「ほっほほ。あまいあまい」

「なんの!」


 ニアが一歩踏み込む。並みの戦士ならばその一歩で完全に詰められ、掌底なりなんなりの一撃で昏倒させられるはずだが、やはりゴーラ相手にはニアの拳は悲しく空を切るのみだった。

 だがニアはめげずに攻め続ける。そしてさらに半歩踏み込んだニアの左拳をゴーラが後ろにのけぞりよけた時、ニアは腰を落として右を拳から掌底へと変化させた。


「ハアア・・・」

「む!」


 だがニアがその掌底を放つ瞬間、目の前に飛び込んできたゴーラに掌底を外側に弾かれニアは額にデコピンを受けた。


「きゃん!」

「ふう、危ない危ない」


 ゴーラがほっほっほと笑う。ニアは額をさすりながらため息をついた。


「これで組手500回。一本はおろか、拳がかすりさえしません。どうにも成長の実感がないのですが・・・」

「いやいや、成長はしておるよ。ワシが反撃をするようになったからのう。ワシと最初おぬしが手合せをしたとき、ワシは反撃せずともおぬしを疲労で戦闘不能に追い込んでおった。そのことを考えれば、随分と進歩しておる。もっとも、ピレボスの登山でたとえるなら、やっと一合目を出たところ、というところじゃろうがな」

「はぁ~、ますます気力が萎えますね。褒められているのだか、けなされているのだか」


 ニアが汗を拭くために、無言でほほ笑むゴーラに一礼をしてから去る。こんな光景はもう数えきれないほど繰り返されたことだが、その彼女にタオルを渡したのは、他でもないカザスだった。


「ニア、お疲れ様」

「カザス! お前、ドライアンと話し合いはどうなったんだ?」

「もう終わったよ。でもまた夜に酒でも飲みながら話すかって。気に入られたのはいいんだけど、こうも連日飲みばっかりだと、ゆっくり文献を調べられもしない。彼に便宜を図ってもらっている場面は多いとはいえ、良し悪しだね」


 カザスがお手上げのような仕草をしたので、ニアはおかしくて噴き出してしまう。ドライアンと対等に口を利ける獣人など、皆無に等しいというのに。このカザスときたら、ドライアンを面倒な奴くらいにしか思っていないのだ。

 ここまで来るとカザスの図太さも大したものだと、ニアは素直に感心していた。カザスが最初にドライアンと面会した時はさしものニアも肝をつぶしかけたが、ドライアンはいたって真っ当な人格者であり、ニアはほっとしていた。昔聞いた、とんでもない暴れん坊の王様だという評判はなんだったのか。

 そしてニアがタオルを受け取りながらカザスと並んで歩く。


「もうここにきて半年近いのか・・・随分と私達を取り巻く環境も変わったものだ」

「ええ、確かに。でもまだまだやることは山積みですよ」

「わかっているさ。私は私生活の事もそうだが、まずゴーラから一本取らないと、アルフィリースに手を貸すことすらできまい。武器を持たない我々獣人は、大型の魔王と戦う時に明らかに攻撃力不足だからな。アムール隊長との契約は一年だったが、そんなに待っていられないかもしれない。アルフィリースは既に傭兵団を作って活躍させているようだ。アムール隊長との契約が切れる前に軍を抜けるための条件は、ゴーラ殿から一本取ることだからな」

「僕もね。ドライアンとの約束通り、南方の蛮族どもに対する作戦を果たさないと。それに今はグルーザルドの地図を作り直しながら、より優れた街道整備をしょうかと画策しているんだけどね。あと半年もあれば何とか形に・・・」


 カザスは自分が行っている仕事について熱心に話し始めた。こうなると彼が止まらないことをニアはよく知っている。カザスが専門的な話を始めるとニアにはなんのことやらさっぱりわからないのだが、とりあえずカザスが素晴らしく頭の良いことはわかるし、情熱的に自らの仕事の話をする彼は可愛らしくも目が鋭く輝いており、ニアはそんなカザスを見るのがとても好きだった。

 ニアはカザスの話を聞きながら、自分達がここまで来た経緯を少し思い出すのだった。



続く

次回投稿は、9/5(水)14:00です。

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