復讐者達、その16~三人目~
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アルフィリース達は森の中の一件以降、何の問題もなく任務を終えた。ミューゼは無事フィネガンとベンメルと和解し、何と彼らをそのまま伴ってベグラードに赴くことになったのだった。ゆえにアルフィリース達はフィネガンの別邸にてそのまま任務を終えることになったのだった。
アルフィリース達はラーレから報酬についてギルドには既に支払い済みなことを伝えられると、ミューゼには合うことなくその場を去った。アルフィリースとしてはもう少しミューゼと話してみたかったのだが、フィネガンの別邸が俄かに騒がしくなったのを見ていると強引に申し立てることもできず、丁寧な感謝の意を伝える手紙を残して暇を告げたのだった。ラーナの使い魔が知らせるには、アルネリアからアルフィリース達には次の依頼が舞い込んでいるとのことだったのだ。
アルフィリース達が去った夜、ミューゼはベグラードへの出発に向けての準備をひとしきり終えると、フィネガン邸内に設けられた資質にラーレを呼んだ。騎士装束こそつけていないが、夏が近いにも関わらずオー・ド・ショースのような分厚い地に加えて、下はぴたりとした長いパンツという何とも暑苦しい恰好だった。彼女が入ってきた時にあまりに暑苦しい恰好に目を細めたミューゼは、彼女に衣服を脱ぐように命じた。
「随分と暑苦しい恰好ね、ラーレ。もう少し崩した格好になさいな」
「すみません、返り血を浴びたもので」
ラーレが平然と言い訳する内容に対し、ミューゼが無表情で答えた。
「まさかもう始末したの?」
「はい、まだ相手の連中はこの近くに待機させていましたので。先ほど始末してまいりました」
「誰にも見られてないかしら?」
「もちろん。7名程度でしたから、私一人で十分でした」
ラーレがさらりと言ってのけると、彼女は相手を始末した証である衣服の一部を取り出した。ミューゼが確認すると再び懐にしまい、自らの主に礼をした。
ミューゼはその成果に満足そうである。
「よくやってくれたわ、暗殺者の準備から何までね。ただ私にとって誤算だったのは、あれほどアルフィリース達が強かったということ。20名より多くては貴女達が勝てないかもしれないし、少なくても撃退される恐れがある。20名程度が丁度良いかと思ったけど、彼女達にとっては少なすぎたようね」
「はい。あそこにヴェンがいたのも誤算でした。彼だけでも20名程度なら倒してしまうかもしれません。ただそれ以上の人数となると、話がどこかに露見しないとも限りませんでしたので」
「そういえばヴェンと貴女は士官学校時代の同期だったわね。優秀だったの?」
「ええ、それはもう。同期の中では図抜けていました。現在の王国においても、彼ほどの人材はそういません」
「そうなの、それはもったいないわね。どちらにしてももう同じ手段はとれないわ。別の手段を考えないと」
そういったミューゼの顔はどこか楽しそうであった。それに、いつになく真剣であり、施政に臨むときよりも生き生きとして見えるのだった。
ラーレはそんなミューゼの事を心配したのか、諭すように言ったのだ。
「ミューゼ様、申し上げたき事が」
「アルフィリース達のことかしら」
「はい」
ラーレは一層かしこまりながら答えた。ラーレは自らの主人の怖さをよくわかっている。ただの優雅な王女が東の諸国の中で主導権を握ろうはずもない。ミューゼに仕えていた中で、彼女に意見しその姿を消した者、謎の病になった者などは数多くいる。ラーレは若くしてその王女に仕え、そして生き延びてきたのだ。ミューゼへの仕え方は心得ていた。そしてうかつなことを話せば、同時にその命運も尽きることも。
それならば心を殺して仕えてしまえばすべては簡単なのだが。同意にラーレはミューゼの悲しみもよくわかっているつもりだった。ラーレは言葉を選んでミューゼに奏上する。
「かの者達を今後どうするつもりですか?」
「そうね・・・今回は逃したけど、今後も彼女達を観察するわ。そして機会があれば・・・ね? 私には他にも王女という役割があるのだし」
「なぜそこまで執着されるのですか? それは、その・・・かの宰相との因縁はありますでしょうが・・・」
「随分な口をきくのね、ラーレ」
ミューゼの口調が鋭くなるにつけて、ラーレはだくだくと冷や汗をかいていた。だが聞かずにはいられなかった。ミューゼがいったいどこを目指しているのか。またミューゼが破滅への道を目指すなら、臣下としてなんとしても阻止せねばならなかった。ミューゼの影響下にあるにしろないにしろ、ミューゼに面と向かって意見できるのはもはや自分ぐらいしかいないと、ラーレは確信しているのだ。
なぜなら、ミューゼが魔術を用いてフィネガン公爵とその息子のベンメルを操作し、あっという間に彼らを洗脳下においたのだ。彼らはミューゼが暗黒魔術を使用するということをいち早く知り、それゆえに遠隔地にてミューゼを避けていたのだが、それもまたミューゼが手を回して彼らを呼び戻してしまったのだ。つまり、アルフィリース達がこの国を訪れることに際して彼らを利用して依頼を作り上げたのだった。
もちろん、襲撃者達もミューゼが用意した者達である。ギルドを介さず、直接傭兵や暗殺者を雇ったのだった。そんな主君を放っておけるはずがないと、忠義深いラーレは考えたのだった。
だがラーレはミューゼの顔を見れなかった。その瞳を見た瞬間、洗脳されるかもしれないという恐怖にとらわれていたのだ。そんなラーレの心を見透かすようにミューゼが重く声を発した。
「ラーレ、顔をあげなさい」
「・・・どうか、ご容赦を」
「あげなさい」
ラーレは覚悟の上、顔を上げた。だがそこには思いのほか優しげなミューゼの顔があった。
「馬鹿な子ね。見ただけで洗脳できるほど私の魔術は便利ではないわ。それに私に恐怖しながらも忠節を誓う臣下を、魔術で支配するほど私は愚かではなくてよ。それにフィネガンもベンメルも、今回の件が済めばまた解放するわ。彼らは私にとって貴重な反対役ですからね」
「・・・は、失礼いたしました」
ラーレはほっとしながら詫びの言葉を述べた。だが一転、ミューゼはさびしそうな顔へと変わり、ラーレに語り始めたのだ。
「確かに・・・アルフィリースという傭兵の事は、いろいろな事情を抜きにして私も気に入っているわ。だからそれほど悪いようにはしない。私の事を信じなさい」
「はい。出過ぎた真似をいたしました」
「いいのよ。貴方の忠誠心ゆえの出来事なのですから」
それだけ言うと再びラーレは礼をして部屋を出ていこうとした。だが出口のところでその足を止め、ふっとミューゼに話しかけたのだ。
「ああ、そういえばアルフィリースから伝言がありまして」
「何かしら?」
「例のワインの話、続きがあるそうです。手紙にしたためたから、あとで見ておいてほしいと。それに彼女は洗脳を解いていましたね」
「・・・ええ、そうね。後で手紙を見ておくわ」
「失礼します」
ラーレはそれだけ言うと、部屋を後にした。ミューゼはラーレが去っていく足音を聞き届けると、テーブルのところに置いておいた手紙をナイフでそっとあけ、中身を確認した。そこには丁寧な言葉で直接の礼も言えず去ることに対する詫びと、そしてワインの続きを吟遊詩人から聞いたという内容が書かれてあった。
そこには確かに数々の対立を経て、最後には母が娘を守るという話が書かれていた。だがミューゼはそれを見るやいなや、手紙を燃やしてしまったのだ。
「・・・この子は自分が全て知っているからと言って、精神的に優位にでも立ったつもりかしら。そういうところまで、あの人そっくりだわ。だけど、人間の感情はそんなに単純じゃない。私だって、自分がしていることが正しいとは思っていないわ。だけど、それでも私はいまだにあの人が忘れられない・・・だからあの人を独り占めした貴女が憎いのよ、アルフィリース!」
誰に聞かせるでもなく、ミューゼは一人毒づいた。ミューゼの怒りに呼応するように室内のロウソクの火が一瞬燃え上がったが、再びロウソクは元通りゆらめき、室内のミューゼの影をより深く浮かび上がらせるのであった。
続く
次回投稿は、9/3(月)14:00です。久々連日投稿やります。
そして次回から新シリーズです。今回のシリーズに関して評価・感想などありましたらお願いします。