復讐者達、その15~観察する者~
「初めてお目にかかる。私は魔術教会征伐部隊指揮官である、イングヴィルという者だ」
「征伐部隊? まさか『略奪者』のことか?」
ラインがいち早く反応した。聞きなれぬ言葉に一同が顔を上げた。イングヴィルは反応されると思っていなかったのか、少しラインに興味を示した。
「ほほう。我々の事を知る者がいるとは。多少近年派手に活動しすぎたか」
「これまた随分厄介な連中が出てきたもんだ。噂の類だと思っていたが、実在したとはな」
「こいつらを知っているのか?」
リサがラインに尋ねる。それは自らの知らない情報がないことを自負する彼女らしい一面だった。
「ああ、噂程度だが昔ちょいとな。なんでも魔術教会の先兵としていろんなところに首を突っ込んでいるらしいな。目的のためなら手段は問わず。実際諸国で行われている暗殺は傭兵や暗殺ギルドではなく、半数近くがこいつらのせいではないかとさえ言われている」
「そこまでひどく言われていたとは初耳だ。我々は確かに魔術教会に属してはいるが、諸国の趨勢に関わるような組織ではない。アルネリア教会と一緒にしないでくれ」
「どうしてそこでアルネリア教会の名前が出る?」
「アルネリア教会の敷地内に本部を作っておいて、まさか知らぬわけではあるまい? あの組織ははるか昔より諸国の栄枯衰勢を見守ってきたのだ。アルネリアの影響を受けていない方が、またアルネリアの支配下にない方がおかしかろうよ。影響の最も少ない国で、ローマンズランド、グルーザルド、それにアレクサンドリアか。それでも間諜の類は数多くいるだろうし、無関係というわけではないだろうがな」
「よく喋る奴だ。信用ならんな」
「話すことは嫌いではない。組織の性質上、滅多に話す機会もないがな」
イングヴィルとラインはしばらく目線をぶつけていたが、イングヴィルの方がやがてはずした。イングヴィルにはそれよりも気にかかることがあるようだったのだ。
イングヴィルは今度はアルフィリースに向き直ると、その頭の先から足元まで一通り見る。そして一度頷くと、捨て台詞を残してその場に背を向けた。
「その体、大切にしておけ」
「は? あなたに言われなくても」
「その意味が分かるのはもっと先の事だろう。こんな職に就く私だが、貴様の運命には同情するよ。その呪印、しっかり守るがいい。少しでも生きながらえたいならばな。行くぞ、エーリュアレ」
「どういう・・・」
だがアルフィリースがその答えを聞く前に、イングヴィルとエーリュアレの二人はすぐ転移で消えた。後に残されたアルフィリース達は、不可解な思いにとらわれたままだった。
「どういう意味? 運命に同情するって」
「私達にしこたまイジられているからでしょう」
「それって私のせい?」
「ツッコミどころが多すぎるので」
リサが茶化したせいで台無しになったが、全員が同じことを考えていた。白いアルフィリース、そしてライフレスを押し返したエーリュアレの存在。プランドラーのイングヴィル。
自分達が徐々に逃れられない大きな流れの中にいるのではないかと、初めて彼女達は実感したのであった。
***
転移を終えたイングヴィルとエーリュアレは引き上げの準備を始めていた。彼らとて自在に転移ができるわけではない。彼らは近くまで転移をすると、そこに飛竜を待機させていたのだ。そしてそこには他にも人員が多数待機していた。イングヴィルは単体よりも組織で動くことを旨とする。いざという時のために、後詰を常に配置しているのだった。
これからの世界は組織戦が中心になる。個人の力など、重厚な組織の前には敗北する存在だとイングヴィルは信じていた。そのイングヴィルが育てた精鋭がプランドラーである。だからこそ、10年ほど前にただの少女が彼の自慢の征伐部隊を全滅させたことに、イングヴィルはこの上なく衝撃を受け、アルフィリースという存在を調べ上げていたのだった。
だがどれほど調べても何も出てこなかった。アルフィリースの両親は普通の農家の人間だったし、その兄弟もいない。従妹と呼べる人間達は存在するが、いずれも普通の人間だった。魔術の素養など、欠片程度にしかありはしなかった。
「あれがアルフィリースか・・・ますます不思議な存在だな」
魔術の素養は偶発的なものもあるが、たいていは血統によることが多い。その理論があるからこそ、魔術教会では派閥を作り、魔術の素養がある者同士の婚姻を奨励し、ここまで多数の優秀な魔術士を輩出してきた。
時に魔女のように偶発的な存在も出現するが、彼らは意図せぬところから出現するいわば突然変異であり、圧倒的に数が少なかった。世の中に発生する魔術を用いないと解決が困難な事件、魔獣征伐などは、突然変異の出現を待ってはくれない。
安定した力を持つ魔術士を供給するために、魔術士は連合を作ったとイングヴィルは理解している。もっともあ魔術教会の意にそぐわない者は独立するし、あるいは導師になることもあり得るし、ただその方向性までを縛る必要はないとイングヴィルは考えていた。どちらにしても、偶発的に出現する優秀な力の持ち主はたいていは占星術などを駆使して発見でき、それ以上に導師や魔女が見逃さないだろう。自然はそういった突然変異の出現を教えてくれるからだ。
だがアルフィリースは違った。アルフィリースの出現はどの自然も予期せず、突如として出現したと言ってもよい。ゆえに10数年前、魔術を使用する少女の出現報告を聞いた時イングヴィルは悩んだ。そんな報告は受けていなかったし、また魔女達に確認したところ、少なくとも問いただした数名は知らないとの返答を出したからだ。
イングヴィルは悩んだ結果、10名程度の部隊を派遣した。能力は多様な人間を選んだし、だれか一人は生きて帰ると踏んでいたのだ。だが彼らは全滅した。それも、実にあっさりと。10歳で征伐部隊の隊長に就任し、その後わずか5年で指揮官にまで出世したイングヴィルにとって、初めての失敗だったのだ。
イングヴィルはすぐに原因の調査を始めた。それもこの上ないほど徹底的に。だがどれほど原因を探っても、アルフィリースがなぜあれほど強力な魔術を使用できたかはついにわからずじまいだった。それにアルフィリース本人もアルドリュースに封印、監視されており、彼女を直接調べることができなかったのである。
イングヴィルは機会を待った。そしてアルドリュースが死に、秘密裏にアルフィリースの監視を始めた。だがアルフィリースには確かに強力な封印が施されており、結局のところ外部からは原因がわからなかった。アルフィリースを強引にさらおうとも考えたが、元々封印術をほどされた人間には暗示の類がききにくいこと可能性もあったし、魔術士としてイングヴィルはアルドリュースと契約をしていた。目的のためならどんな手段も厭わないイングヴィルだが、魔術士である以上彼にとっても魔術士としての誓約は絶対だったのだ。
イングヴィルは考えた。アルフィリースがいかに自ら封印を解くように仕向けるかを。そしてアルフィリースを死なせないように仕向けるかを。彼は部下にアルフィリースを見守らせながら、彼女に見合った依頼が彼女の元に舞い込むように、色々な工作を行っていた。ただ依頼の過程でアルフィリースがミランダと出会ったのは、完全に偶然だった。イングヴィルはアルフィリースが次々と手を出しにくくなることに、歯噛みしながら他の任務をこなしていたのだ。
「よくよくも運の強い娘だ。だがこれほど多くの存在に睨まれては、その命運も尽きようというもの。そうでなくては困るな、エーリュアレ?」
「私は何も。ただ殺すようなことがあれば、それは私の手で行いたいと思います」
エーリュアレは無表情に答えて見せた。そんな部下を見て口の端を上げるイングヴィル。
「どうした。父であるクレンメルの仇を討ちたいのではなかったか?」
「それは貴方とて同じはず。貴方の輝かしい経歴の中で、あの事件は唯一に近い汚点です。私よりも貴方の方が雪辱を果たしたいのでは?」
「そう考えた時期があったがな」
イングヴィルはとたん真面目な表情に戻っていた。エーリュアレは自分の荷物を飛竜に固定しながら話を続ける。
「今は違うと?」
「ああ、むしろ逆だな。あの時あの娘を殺さないでいてよかったと思う。実に面白い娘に成長していた。スラスムンドでの戦闘の記録を見たか? 実に驚異の魔術士だよ、あれは」
「私にとってはどうでもいいことです。魔術士である以上、私には勝てない」
「確かにな。かのグラハムにすらお前の力は通用した。これでいくらか黒の魔術士達にも目途が立とうというもの。それにアルフィリースの力が完全に解放されれば、もっと面白いと思わないか?」
「完全に彼女の力が解放されれば、我々の手に負えなくなるのでは」
「何を言っている。だからいいのだろう?」
まるで混沌を楽しむかのようなイングヴィルの発言に、エーリュアレは準備の手を止め、一瞬自らの上司を見た。だがイングヴィルはこの上なく上機嫌で、準備を進めていたのだった。彼の口からは独り言のように言葉が紡がれている。
「これでこの世界はもっと楽しくなるだろう。今のままでは何もかもつまらないと思っていたのだよ。安定しただけの世界など、何が面白いというのか。一瞬先は闇だからこそ、生きていて楽しいというのに。そう教えてくれたのはアルドリュースだ。奴は未知なるものに挑むことの歓喜を私に残してくれた。知りたいという要求は、魔術士の原点だよ。奴はそういう意味では誰よりも魔術士だったな」
「・・・」
エーリュアレはイングヴィルの独り言を聞きながら、自らが成すべき任務について考えていた。ライフレスを仕留める方法について、もっと煮詰めなければと。そして、初めてその目にした自らの仇を、どうやって追い詰めるかを考えていたのだ。
続く
次回投稿は、9/2(日)14:00です。