復讐者達、その14~二人目~
「地津波?」
「ほう」
エーリュアレは思わぬ横槍に驚き、ライフレスは乱入を楽しんでいるようだった。ライフレスはこの虚を利用して驚くことに引いたのだ。しかも蝶にまとわりつかれて身動きの取れないブランシェを連れて。そして前方に向けて突撃準備をしていたエーリュアレは回避が間に合わず、自分を飲み込まんと襲い来る地津波に向けて、やはり正拳を放ったのであった。
そしてぴたりと止まる地津波。エーリュアレは一息つくと、一歩引いて魔術の主を確かめた。
「そこか?」
「左様」
魔術を放ったのはエルリッチであった。エルリッチはひとしきり全員の顔を見回すと、ライフレスに呼びかけた。
「ライフレス様、いかがなされますか? アルフィリース達はともかく、この女はここで・・・」
「いや、退却する」
ライフレスは意外なことに、あっさりと退却を宣言した。誰しもが驚くこの選択に、ライフレスがただ一人涼しい顔をしていた。
「は? いや、しかし」
「構わん。得体のしれん相手と不利な状況でわざわざ戦う必要はない。今回はそれが目的ではないしな。無論このままやりあって負ける気はさらさらないが、さらに厄介な相手が森の中にはいるようだ」
「森の中、ですと?」
ライフレスの視線の先にエルリッチも目を向けるが、何があるかはエルリッチにはわからなかった。ただブランシェはライフレスの腕の中でひたすら暴れているのだが。
「イヤダ! ミンナノカタキ、あるふぃりーす!」
「駄目だ。今は我慢しろ、ブランシェ。だがいずれ機会は俺が作ってやろう」
「ダメ、イマスグ!」
「聞き分けのない小娘だ」
ライフレスは面倒くさそうにブランシェの額に指を置くと、何らかの魔術を唱えブランシェを眠りに誘った。そして改めてブランシェを抱え直し、その場を去ろうとする。
去り際、ライフレスはアルフィリースを一瞬だけ見て言葉を残した。
「アルフィリース。今回は不本意な形だが、いずれまた戦うことになるだろう。その時までせいぜい強くなっておけ。弱い者をいたぶっても楽しくもなんともないからな」
「だからその子は何も・・・」
アルフィリースが聞き返す暇もなく、ライフレスとブランシェは姿を消していた。そしていつの間にかエルリッチも。
ただその場にまんじりともしない気持ちで残されたアルフィリース達であったが、エーリュアレだけは消えるわけにもいかず、その場に立ち尽くしていた。彼女は戦闘の最中で脱げてしまった茶のローブを確認し、そちらに歩いて行こうとする。
その姿をアルフィリースは確認し、せめてライフレスの代わりに聞きたいことがあったのでその肩をつかんでエーリュアレの動きを止めた。
「ちょっと待って。話を聞きたい――」
だがアルフィリースは振り向きかけたエーリュアレの瞳が尋常ならざる色をしていることに気が付き、反射的にその身をかがめた。アルフィリースの頭上を、エーリュアレの拳が空を切る。
「な・・・いきなり何するのよ!」
「馴れ合うな、アルフィリース。私はお前の事が憎いのだ」
エーリュアレはただその瞳に憎悪の炎を燃やしたまま、アルフィリースをにらみつけていた。小柄なエーリュアレだが、その殺気が彼女の体をはるかに大きく見せていた。切りそろえられた茶色の髪と整った目鼻立ちが、いっそう彼女の事をきつく印象付ける。
アルフィリースはただ自分だけに向けられる殺気の意味が分からず、戸惑いながら彼女に問いかけた。
「どうして・・・どうして私の事が憎いの?」
「お前は私の父の仇だ」
エーリュアレが吐いた言葉に、身を固くするアルフィリース。いつかは自らに投げかけられると覚悟していた言葉であったが、ついにその時がきたのだ。アルフィリースが人生で初めて人を殺した時、その時の体験がまざまざと脳裏によぎった。手にかけた人の事を、アルフィリースはいまだ全て覚えている。
誰かが言った。最初に人を殺したときは、人生で三番目に恐ろしい。いずれ誰を殺したのか思い出せなくなった時が、人生で二番目に恐ろしい。一番恐ろしいのは、殺した相手の家族が自分を殺しに現れた時、ためらいもなく自分を守るために剣をふるった時だったと。血と死の円環にとらわれた者は、一生そこを逃げ出せないのだと知ったと。
アルフィリースは自分ならどうするだろうかと考えたが、結論は出ないまま、その疑問は棚上げにされていた。そして今、その棚上げにされた疑問が自分に降りかかってきたのだった。
アルフィリースは呆然としながらエーリュアレの言葉を聞いていた。だがエーリュアレはアルフィリースをなじるわけでもなく、ただ淡々と事実だけを述べたのだ。
「別に貴様を怨んではいない。父は戦場で戦い、負け、そして死んだ。それだけのことだ。ただ残された私と母は、父が死んだせいで地べたをはいずりながら暮らしてきた。表に出せぬ仕事をしていた父の家族に、まっとうな仕事や死後の手当てなどあろうはずもないからな。
母は私の父の汚名を雪げと、ただそれだけを呪いのように吐き続け死んだ。私が12の時だ。以来、私の人生は父の汚名を返上するためだけに存在する。
わかるか、アルフィリース。私の人生は貴様を殺さない限り、始まりすらしないのだ」
エーリュアレの言葉に、自分が立つ地面が歪むような錯覚を覚えるアルフィリース。そのアルフィリースを支えるようにリサは後ろからアルフィリースを蹴っ飛ばすと、エーリュアレに敢然と反論したのだ。
「黙って聞いてりゃ勝手な事ばかりぬかすでないですよ、このオチビ。不幸な主人公気取りですか?」
「そんなつもりはない。私には自らの不幸に酔うような趣味はないからな。だが、事実だ。私の人生はアルフィリースを殺さない限り始まりはしないのだ。ここにいる私は復讐のためだけに生きる借り物にすぎない」
「それが勘違いだと――」
「エーリュアレ、余計なことを口走るな」
リサがさらに何かを言いかけた時、森の中から出現したのはエーリュアレと同じくローブに身を纏った男だった。ただしエーリュアレと違い、彼のローブは漆黒といった表現がよく似合う、闇色の男だった。何より、その瞳の色がローブよりもさらに深い闇をたたえていたのが印象的だった。
男の髪は長かった。その全貌はローブでわかりはしないが、男の持つ雰囲気は不気味としか言いようがなかった。だがエーリュアレがただ黙ってその場を控えたを見れば、男が絶対的な命令権を持っていることは明らかだった。
そもそもこの男は何者か。その疑問を誰もが抱いていたが、その答えは他でもない男自身からもたらされたのだ。
続く
次回投稿は、8/31(金)15:00です。