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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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復讐者達、その13~英雄王の危機~

「そこまでだ、ブランシェ」

「ア」

「あ・・・ライフレス!?」


 ライフレスの出現に一行は全く気が付いていなかった。それほどライフレスの出現は突然であったし、おそらくは姿を消していたのであろうが、リサでさえその存在には気が付かなかったのだ。


「(く、いつの間に・・・リサも油断していたわけではないですが、こんなにやすやすと接近されるようでは、ライフレスがその気になればいかようにも我々を弄べるではないですか。戦略も警戒もあったものではありません)」

「住処を飛び出してどこに行ったかと思えば、こんなところにいたか」

「ウウウ。ハナセ!」


 ライフレスはもがくブランシェの腕をねじりあげながら,怜悧な視線を彼女に投げかけた。そしてちろりとアルフィリースの方を見ると、彼の口からは珍しい言葉が発せられた。


「迷惑をかけたようだなアルフィリース、許せ」

「・・・は?」

「飼い犬にはしっかりと首輪をつけておくべきだな。お前達の襲撃は俺にとっても本意ではない。素直に詫びるとしよう」


 それだけ言うとライフレスはブランシェを引きずりながらその場を去ろうとする。その態度はあまりにアルフィリース達を軽視しているように感じられ、危機が去っていくことを感じながらもアルフィリースは腹が立った。それに自分そっくりな者を、このまま見逃せるはずがない。


「待ちなさい、ライフレス! その女は何者なの?」

「これか。だから言ったろう、俺の飼い犬だと。それ以上も以下もない」

「どうして私と同じ姿なの? 髪の色は違うけど」

「俺が知るか。余程お前にご執心なんだろうよ。聞けばお前を憎むあまり、同じ姿になったようだが?」

「どうして私がそんなに憎まれないと――」

「自分の胸に聞くがいい」


 突如として割って入った言葉に、全員の注目が集まった。そこには新たに魔術士風の女性が立っていたのだ。いや、茶色のローブのせいで正確には女性とはわからないが、声が男性にしては高いし、背格好も男性にしては小柄すぎる。

 その人物はゆっくりと歩みを進めると、アルフィリース達に近づいた。そのアルフィリースに、リサがそっと耳打ちする。


「(アルフィ、気を付けてください)」

「(何を?)」

「(接近が全くわかりませんでした。センサーなのに申し訳ないですが、ローブの人物が魔術士であることに違いはないでしょう)」

「(そうなの? でもほとんど魔力を感じないわ)」


 アルフィリースはローブの人物を見ながら、素直な感情を述べた。魔術士どうしなら、対峙しただけで相手の内臓魔力の総量はなんとなくわかる。ライフレスはその魔力があまりに大きいため、対峙するだけでもその圧力に足を踏ん張るのが精いっぱいに等しいが、ローブの人物からはまるで魔力を感じないのである。おそらくは、魔術の使えない一般人と同等程度にしかアルフィリースには感じられなかった。

 だがその人物の態度は図抜けていた。ライフレス、それに知っているどうかわからないが、イーディオドの女王を前に、まるで謙遜した様子がない。ローブの人物はアルフィリースの方に一瞬視線を投げかけると、話かける声が震えたような気がした。


「貴女がアルフィリースか?」

「・・・そうよ」

「そうか、貴様が・・・」


 何かを言いかけてローブの人物は言葉を飲み込んだ。そして今度はライフレスの方に向き直り、驚くべき発言をしたのだった。


「英雄王グラハムとお見受けするが」

「いかにも。だが木端風情が俺の名前をきやすく呼ぶものだな。何者か」

「死にゆく者に名乗る名はない。いや、既に死んでいる者に対しては、なおさらだな。現生を彷徨う哀れな王よ、その魂を無に帰してやろう」


 それだけ言うと、ローブの人物はまるで拳闘士のように、拳を構えて上げたのだった。そう。ローブの人物はライフレスに戦いを挑もうとしているのだった。そしてその態度と言葉に、ライフレスはあからさまに不快な表情を示した。


「何様のつもりだ、雑魚が。身の程を知れ!」


 ライフレスはブランシェを後ろに放り出すと、自分の周囲に魔力の塊を複数作り出す。詠唱で練り上げれば相当の威力の魔術になるだろうが、ライフレスはそれらを無造作にローブの人物目がけて発射した。ただぶつけるだけでも人間を爆ぜさせるには十分であろう魔力の塊が、ローブの人物を襲う。


詠装準備セット


 だがローブの人物は慌てない。左手を軽く前に突き出した構えをそのままに、突進を開始したのだ。そして最小限かつ最速の動きで、魔力の弾丸の群れを躱しながら前進をしていたのだった。

 いともたやすく攻撃をかわされたライフレスが少し興味を持つが、まだライフレスにとってローブの人物は脅威にすらなってなかった。


「ほう? 中々の動きだ。ならばこれはどうだ?」

「・・・」


 ローブの人物は無言のまま突撃し、ライフレスは先ほどまでとは3倍近い数の魔力の塊を周囲に出現させた。それでもなお余裕のあるライフレスに、アルフィリースは自分の認識を再確認していた。


「(なんて奴。前に対峙した時よりもさらに魔力が強い気がする。以前戦ったときは、まるで本気ではなかったとでも言うの? いったいあの男の全力はどれほどだというの)」


 アルフィリースにとってもローブの人物の去就はどうでもよかった。ただライフレスが自分に付きまとい、そしてやがては戦う宿命にあるだろうことから、アルフィリースは常にライフレスへの対応策を考え、また目標としてもいた。だがライフレスの真の実力を相当に見誤っていると感じ、アルフィリースの中のライフレスの圧力はさらに増していたのだ。

 ゆえに、ローブの人物がどうなろうがアルフィリースにとって関係なかったのだ。アルフィリースもライフレスも、ローブの人物の事を完全に舐めていた。ただの魔術士風情が、英雄王に一撃を加えられるはずがないと。

 だから、その人物の踏み込みが急に速くなり、英雄王の目の前に突如として踏み込んだ時でさえ、脅威にすら考えなかったのだが。


「ほう、中々速い・・・」

「消えろ」


 ローブの人物の拳が眼前に迫り、ライフレスはなぜか嫌な予感を覚えた。攻撃を受けても平気なはずの自分の体だが、なぜかその拳を止めるべきだと考えたのだ。ライフレスはローブの人物の攻撃の直後に反撃しようとしていた手を諦め、拳を止めるべく自らの手を差し出した。その瞬間、ローブの人物の目をはっきりと見たのだ。


「(黒い瞳の女――)」


 燃えるような黒い瞳を見て、ライフレスは一挙に認識を改めた。このローブの人物は、只者ではないと。覚悟をした者の目。こういう人間には何かがあると、ライフレスは経験で知っていた。

 だからその女の右拳を止めることにも油断はなかったはずなのだ。なかったはずなのに、ローブの女の拳はライフレスの手を突き破り、その顔面を破壊したのだ。

 ガラス細工のように砕け散ったライフレスの顔面。その場にいた誰もがその結果に驚き、ブランシェも、アルフィリースもライフレス自身も信じられない物を見た目をしていた。ただ一人、ローブの女性だけがその結果を確信していたようだった。

 さらに突き出される左拳を前に、ライフレスが急遽我に返る。間一髪で躱したかに見えたその拳もライフレスの顔面を削り、さらに破片を飛び散らせる。ライフレスには得体のしれない攻撃に対する焦りが見えた。


「くっ!」

「油断したな、英雄王。今日が貴様の命日だ!」

「オウサマ!」


 ブランシェがライフレスを助けるべく飛び出そうとするのを、森から飛来した無数の蝶が止めた。視界を遮り、ブランシェにまとわりついてその動きを制限する。


「ナニコレ!」

「ふむ、どうやらお付きのエルリッチとドルトムントはいないようだ。千載一遇の好機だな」

「ち・・・なんだこれは? 再生しない?」


 ライフレスの表情が驚愕に染まる。そう、ライフレスの体は自動的に再生を始めるはずだった。アルフィリースと対峙した時もそうだったし、それゆえにアルフィリースはライフレスの事を不死身だと思っていた。ライフレスもまた再生能力ありきの自分の不死性だと思っていた。

 だが、その力が発動しない。ただローブの女だけがそのことを知っていたかのように、ライフレスに向けてさらなる攻撃を仕掛けるべく前進したのだ。

 その姿を見てライフレスは一瞬どうするべきか躊躇ったが、さすがに百戦錬磨の戦士である。一瞬で対応策を練り上げたのだった。


「ふむ、確認してみるか」


 ライフレスは錬成魔術で土から剣を作り上げた。一瞬で練り上げられた鉄の剣の精巧さと強度が、ライフレスの高度な魔力を現していたが、


「無駄だ」


 ローブの女性はその剣に容赦なく拳を放ち、真っ向からその剣を破壊したのだった。目の前で起こる衝撃に事実にアルフィリースはまたしても目を見張ったが、今度はライフレスも冷ややかにその結果を受け止めていた。

 そして連続で繰り出される女の攻撃を何度かかわし、後ろに大きく飛びのいた。その身のこなしの鮮やかさに、女は舌打ちした。ライフレスは既に冷静さを取り戻し、柄まで壊れた剣をじっと見ていた。


「なるほど。そういうことか、女」

「気が付きましたか、さすがは英雄王。それにその身のこなし。魔術だけではないようですね」

「当たり前だ、俺を誰だと思っている? 俺は武芸百番、何を使っても一流の使い手だ。俺が魔力を使えない状況での戦闘を想定していないとでも思っていたのか?」

「そうは思っていませんが、素直に賞賛しているだけです。態度が悪いのは生まれつき故、どうか気になさらず」

「その図抜けた態度、見事だ。名前を聞く価値はありそうだな」

「エーリュアレ。見知りおく必要はありませんが、貴方を仕留める者としてだけ認識していただければ」


 エーリュアレはあくまで不遜な態度でライフレスの前に立ちはだかる。ライフレスはエーリュアレのその態度に苛立ちを隠せないのか徐々に殺気が膨らみ、本気になりつつあるようだった。ライフレスの魔力が大気を震わせ、エーリュアレが再び討って出ようとしたその時、彼らに迫る地津波が押し寄せてきたのだった。



続く

次回投稿は、8/29(水)15:00です。

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