復讐者達、その12~一人目~
「我々に向けて凄まじい速度で接近する者がいます。直にここに来ます」
「人間? それとも魔獣?」
「姿は人間でしょう。ですが、移動速度は明らかに人間のそれではありません。ただこの姿形は・・・?」
リサは一瞬口ごもり、非常に微妙な表情でアルフィリースの方を見た。見たことのないリサの表情に、アルフィリースも困る。
「リサ?」
「アルフィ、つかぬ事をうかがいますが・・・双子の姉妹などいませんか?」
「は?」
アルフィリースの口があんぐり開くのと、ぞっとするほどの殺気が一帯を包むのは同時だった。アルフィリースは開きかけた口を一文字に閉じると、反射的に剣を抜いて構えたのだ。それは全員が同様だった。
そして彼らが向けた剣の先には、驚愕の人物が立っていた。
「な・・・んだと?」
「あれは・・・見間違いですか?」
「白い、私?」
アルフィリース達の目の前に立ちはだかる者。それは、間違いなくアルフィリースと同じ姿形をした人物。ただアルフィリースとは違い、彼女はワンピースのように上から長く白い一枚着を被っただけであり、その髪もまた雪のように白かった。基本的に黒い恰好を好むアルフィリースとは、何もかもが対照的だった。
突如として現れた白いアルフィリースに、全員が顔を見合わせる。そして徐々に全員の視線がアルフィリースに集まると、アルフィリースはようやく声を発したのだった。
「貴女・・・誰?」
「ミツ・・・ケタ」
だがその問いかけに返事はなく、ただうわごとのように何かの言葉が風に乗って聞こえただけだった。掠れたような声に、アルフィリースはもう一度問いかける。
「え? なんて?」
「ミツケタゾ!」
だがアルフィリースの問いかけに答えたわけではないだろうが、白いアルフィリースは地面を蹴りアルフィリースに向けて猛然と突進を開始した。訳も分からず剣を構えたアルフィリースだが、突進してくる自分の分身のような者の殺気に、一瞬たじろぐ。
そしてアルフィリースがなんとなく正面に差し出した剣に、自ら突っ込んでくる白いアルフィリース。白いアルフィリースは何も足に履いておらず、素足で剣に飛び乗ろうとしたことでアルフィリースは反射的に握りを緩めたのだが。
「きゃあっ!?」
それが逆に幸いした。凄まじい勢いで蹴られた剣は弾き飛ばされ、アルフィリースは衝撃を逃がすために後方に跳んだつもりで後ろに二回転もしてしまったのだ。さしもの彼女も受け身を取る事に失敗し、身を起こした時には自分そっくりの女を見逃していた。
「どこに・・・」
「上だ!」
ラインが叫ぶと同時にアルフィリースは頭上を仰ぎ見たが、そこには背の高い木に逆さまに張り付くようにして白いアルフィリースが身構えていた。その姿は今まさにとびかからんとする猛禽類のようであり、四肢の筋肉が隆起しているのがはっきりとわかったのだ。
アルフィリースは察した。今からでは防御が間に合わないと。そして咆哮と共に白いアルフィリースが木を蹴ったが、彼女は横から飛んできた黒い影に叩き落とされた。
「ルナ!」
「・・・」
ルナティカに叩き落とされた白いアルフィリースは体を回転させながら、地面に見事に着地した。まるでアルフィリースと同じ体格をしているとは思えないほどの身軽さである。
そして四つん這いで唸る白いアルフィリースだったが、その瞬間アルフィリース達は既に体勢を整えていた。ラインは弾き飛ばされたアルフィリースの剣を回収しており、またミューゼを護るように全員が円陣を組んでいた。
「何者だ、あれは? アルフィリースは本当に心当たりがないんだな?」
「ないわよ! そりゃあ私に生き別れの双子がいたら、そういうこともあるかもしれないけど」
「それはない。なぜなら、あの動きは人間ではなく、よほど野生の獣に近い動き。あんな動きをする人間はいない。現に」
ルナティカが左腕を差し出して皆に見せる。その前腕は赤く腫れてきていた。
「交差した瞬間、連続で五回の攻撃を受けた。結果がこれ。全部捌けなかった」
「折れてるの?」
「折れてはいない。せいぜい骨にひびが入っただけだからまだ使えるが、左腕の機能は3割以上落ちる。戦力が削られた」
ルナティカが無表情に言い放つも、その言い方からしてルナティカは余程悔しがっているのだろうと、リサもアルフィリースも内心気が付いていた。姿を見られることもなく相手を仕留めるルナティカにすれば、相手に傷つけられる事自体がもはや屈辱になる。
だが今はそれよりもルナティカに手傷を負わせるほどの相手が問題だ。それにその姿格好も。リサは緊張感漂う空気の中でちらりとミューゼの事を探った。ミューゼは全く泰然自若と構えさすがに一国の長らしく振舞っているが、その内心ではかなり焦っているのか、脈はかなり速くなり発汗が進んでいた。これはミューゼが仕組んだ可能性はかなり低そうだとリサはそれだけ確認すると、意識を再び白いアルフィリースに向けた。その詳細を探るためだ。
「(止まっている建物なら感知も楽ですが、生きて動いている者に対してはその中身まで探るのは容易ではありません。さて、果たしてあの白いアルフィリースは人間や否や? リサの予想では魔王の類ですが・・・)」
リサは白いアルフィリースが動きを止めて唸っているのをいいことに、その中身をセンサーで探ろうとした。だがその試みを白いアルフィリースは察したのか、リサのセンサーにかかるやいなや後ろに飛びずさったのだ。
リサが舌打ちをする。
「ち。デカ女とそっくりのくせに、なんて反応の早い」
「リサ、冗談は言いっこなしよ。アレは、なんなの?」
「・・・一瞬でしたが、たしかにあれは人です。間違いなく、アルフィリースと同じ姿形をした人ですよ。ただし、その筋肉やらなんやらはとても人のものとは思えないくらい高密度でしたが。そのせいでセンサーが内部まで通りませんでした。とんだ化け物です」
「なら、魔王の類だな?」
「あるいは突然変異の魔獣か。少なくとも人間なのは形だけ。侮らない方がよいでしょう」
ラインとリサのやりとりには確かに正しかったのだろうが、それでは先ほどの言葉はなんなのだろうか。
「ミツケタゾ」と、確かに相手は言ったのだ。なぜ自分を探しているのかアルフィリースにはどうしても納得がいかず、戦いに集中できなかった。
それに相手の事がわかってもその対抗策が思いついたわけではない。白いアルフィリースは変わらず強敵なのだ。そして白いアルフィリースがとびかかるべく肉食獣のように体をかがめた時、その腕をとる者がいた。
続く
次回投稿は、8/27(月)15:00です。




