復讐者達、その11~護衛任務②~
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アルフィリース達はミューゼの護衛をつつがなく続けていた。東の諸国は非常に平和だと聞いてはいたが、確かに本街道をはずれつつも全く乱れない治安に、安心した気持ちで護衛を続けることができた。
道端には農家の人達が仕事を休みながら談笑している。時にすれ違う商人達は必ず挨拶をしてくるし、旅人は丸腰の者も多かった。アルフィリース達のようにローブに身を包み馬を走らせるのは旅人ならばありふれた格好だが、今回に限っては逆に目立つことこのうえなかったのだ。
そのため彼らは途中から街道を外れ、別の道へと方向転換をした。さすがに徐々に人気のない方へと走りながら、地図を出して進路を時々確認する。まだ日は天高く、時間にも余裕のあるアルフィリース達だったが、フィネガン侯爵の城へは最短の道筋を使うことにしたのだった。
「この森を通るの?」
「そうだ。この森はしっかりと浄化されているし、樵達の手入れも行き届いているから馬も通ることができる。道も比較的なだらかだし、陽もしっかりと射す。悪い選択ではない」
「それでも野生の魔獣が全くいないってわけじゃないだろう。森の周囲を迂回した方がいいんじゃないのか?」
「それだと何度か街道の近くを通りますね。街道からは目立ってしまうでしょう」
「ふーん。あまり気は進まないわね」
ラーレの意見に渋い顔をするアルフィリースだったが、ラーレの選択は妥当であり、理論的に反対する余地はなさそうだった。
アルフィリースはリサの方をちらりと見たが、リサもまたあまり良い予感はしないようで、アルフィリースの方を確認するような目で見つめ返してきた。だがラーレの提案を完全否定する要素もなく、最後にはアルフィリース達も従うほかなかったのだ。
アルフィリースは注意深く仲間を散開させると、森の中を少し広がるようにして進んだ。あまり密集していては、万一襲われた時に木々のせいで上手く逃げることができないからだ。ただ森の木々は背が高くまた幹は細く、枝が付いているのははるか高い場所のため、小五月蠅い枝に進路を妨害されないのは良い条件だった。
森の半ほどに入ったところだろうか。さすがに森もそれなりに深くなるが、相変わらず日はしっかりと射しこみ、魔獣の一匹すら見当たらない。緊張しすぎかとアルフィリースが考えを改めようとしたところ、リサが指笛を鳴らした。センサーに感知有りの報告である。そのまま手で二時方向を指すリサ。指の数からして、敵の数は10人を超えている。アルフィリース達は騎馬を降り、抜刀しながらミューゼを中心に防御の円陣を組んだ。
「距離」
「目視まで20秒、接触まで40秒」
「数」
「二時から14騎、12時から8騎。大きさからして馬上の人間。武器は剣が主、何人かは弓を背中にかついでいます」
「2時の敵はラーナとルナティカにやってもらうわ。残りの面々で主に正面の敵を叩く。ミューゼ殿下の安全を最優先に。ラインとエクラはミューゼ殿下の護衛を任せた。正面は私とヴェンで受け持つ」
「「「了解!」」」
アルフィリースが抜刀するなか、その傍らにはヴェンだけでなく、ラーレまで立っていた。無言の申し出に、アルフィリースが微笑む。
「護衛はいいのかしら?」
「護衛は他の者で十分だ。それよりも私が正面にいて敵を駆逐する方が確実だろう」
「私達傭兵が嫌いなのかと」
「好きではないが嫌いでもない。特に蔑視しているわけではないのだ。私は女王陛下が護れればそれでよい」
「じゃあ無口で無愛想なのは生まれつき?」
「そう思ってくれ」
そういったラーレの表情は無愛想のままで、アルフィリースは彼女を見てぷっと吹き出してしまった。そんなアルフィリースを見て、ラーレは初めてアルフィリースに自分から仕事以外の事を話しかけた。
「おかしなやつだ。戦いの前によくそんな余裕があるな」
「余裕はないわ。だけど緊張しっぱなしってよりも、この方が私には合ってる。それにこんな生活をしていると、死とはいつも隣合わせ。どうせやるなら、いつも笑顔でいたいわ」
「そうか」
ラーレは素っ気ない返事をし、その目は既に自分達に迫りくる敵を見ていた。ただラーレは思うのだ。笑顔でいたいと言ったアルフィリースの顔は、明らかに戦いが近づくことを喜んでいるのではないかと。なぜなら、その表情は笑顔ではなく、どちらかといえば待ちわびた祝祭日を迎えた少女のように見えたから。
ラーレとアルフィリースの目に映るのは、無言のまま喚声すら上げずに突っ込んでくる男達。一見盗賊のようにも見えるが、彼らは馬に乗ったまま、勢いに任せて突っ込んでくるのだ。彼らがそのまま止まる気がないと悟ったアルフィリースは、懐から球のような物体を取り出すと、魔術で軽く導火線に火をつけて敵の中に投げ込んだ。
「ラーレ、耳を塞いで一瞬目を逸らして」
「?」
男達が何事かとその球に目を奪われた時、球は光り輝いて轟音と閃光を発していたのだ。男達は完全に視界を奪われたが、それ以上に驚いたのは馬の方だった。馬とは元来臆病な動物。特に脅かされることに弱く、突然自分達の横で轟音などしようものなら、悲鳴を上げてその場で乗り手を振り払ってしまう。
当然のごとく振り払われた男達はその場に放り出され、ひどい者は驚いた馬の下敷きや、あるいは頭を踏み抜かれた者もいた。そして最後尾の男が目を開けた時には、その眼前には既に首を切られた仲間と、自分に突きだされるアルフィリースの剣が見えたのだった。
アルフィリースの鮮やかな手並みにミューゼの女騎士達は目を見張ったが、そのアルフィリースの頭はリサの杖によって叩かれた。
「馬鹿ですか、このデカ女! あんなことしたら我々の馬も逃げるでしょうが、このアンポンタン」
「だって、これが一番手っ取り早いと思ったんだもん」
「逃げた馬を集めるのにどれだけ苦労すると? それに他にも敵がいるなら、自らその位置を教えたようなものではないですか。そこかしこからわらわらと敵が出てきたらどうするのです!」
「そんなぁ~」
敵を倒したばかりで血まみれの剣を握るアルフィリースに、がみがみと説教をするリサ。緊張感のない戦場のやりとりに、ラーレは思わず隣にいたヴェンに話しかけてしまった。
「お前達の団は、いつもああか?」
「まあおおよそは。少なくとも、我々のように片肘を張ってはいませんよ、ラーレ」
「そうか。だが強いな。いや、だから強いのか?」
「さあ。そこまでわかるほどまだ私は彼女達を知りません」
ヴェンが静かに答え、ラーレはしばらくアルフィリースとリサのやり取りを見守っていた。そしてその場にラーナとルナティカも姿を現したのだった。
「あら、こちらも終わったのですね」
「あれ、もう片付いたの?」
「問題ない。雑魚ばかり」
ルナティカの手には既に刃物は握られていなかったが、その手は血に濡れていた。指の間には髪の毛が付いているようにも見えるが、それが何を意味するかはアルフィリースは考えないようにした。あまり気持ちのいいものではないだろうし、自分にとってなんら益とならない思考だと考えたからだ。
その中で、ひとりミューゼが信じられないといった目でアルフィリース達を見ていた。アルフィリースは彼女の視線に気が付くと、つかつかとミューゼの方向に歩み寄って行った。
「意外でしたか、王女様。私達が苦戦をしないのが」
「え? ええ・・・ただあまりに鮮やかで、私なぞはもう襲撃されたその事に動揺していたというのに。どうやら私は貴女を見くびっていたようですわ、アルフィリース」
ミューゼが謝罪を述べたので、アルフィリースは無言で礼をしてその言葉を受けた。その態度にどこもおかしなところはなかったが、ただアルフィリースの仲間達だけが、どこかしらアルフィリースの態度に違和感を感じずにはいられなかった。
少し長い礼が終わると、アルフィリースは意外な言葉を口にした。
「そういえばミューゼ殿下、私はシャントー・ブレーニュの由来を調べたのですが」
「よく覚えていましたね。それで、どんな由来だったのでしょうか」
「はい。あの酒はある果実農家に嫁いできた後家の話です。果実農園の領主であった若者は、ある未亡人に恋をした。彼女は自分の農園の使用人だったが、その夫は既に死亡。未亡人は身分の低い者ながら貞淑だったが、領主の情熱的な口説き文句に、ついにその求愛を受けることを決意した。
だが未亡人には小さな娘がいた。彼女は成長するにつけ非常に美しく育ち、近隣の男達の視線を独り占めするようになった。少女は非常に教養も高く貞淑であり、また心優しくどこの貴族と比べても遜色ない女性へと育った。無論、領主の視線も独り占めするようになっていった」
「・・・それで?」
「ついに領主は娘もまた自分の女にしてしまった。母はその事実を知って怒り狂い、娘を害そうとやっきになったのです」
「そこまでは私も知っています。ただその後の話は私も知りません。わが国にはその先の物語を語る吟遊詩人がおりませんでしたので」
「その続きですが――」
「アルフィ、話の途中申し訳ありませんが」
リサが毅然とした口調で割って入った。その表情から、緊急の用件であることは明らかだった。
続く
次回投稿は、8/25(土)15:00です。