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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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復讐者達、その10~放逐~

***


 さて、そのライフレスだが。アルフィリースの監視はとりあえず使い魔に任せ、自分は一旦拠点へと戻っていた。ライフレスも魔術士である以上、自分の拠点や工房なるものも持っている。ライフレスは自分の拠点となる古城へと帰ったが、自分の出迎えをする者はいない。かつてライフレスが王であった頃、彼の凱旋を喜ばぬ民はいなかったが、ライフレスとしてはなぜ民が自分の勝利を喜ぶかもわからず、ただ足元で囀る者達を煩わしいとさえ思っていた。

 だから今こうして拠点へ帰還して誰も出迎えがない事に関しても、ライフレスは何の寂しさも感じない。ただこうしていちいち帰還することに煩わしささえ感じるライフレスだが、どうにも目が離せない存在がいる。


「エルリッチ! いるか!?」

「は、ここに」


 エルリッチが闇の中から姿を現す。相変わらずぽっかりと空いた髑髏の目は何の感情もたたえていないようにしか見えない。ただこれほど感情豊かな髑髏もそうそういないだろうと、ライフレスは時に鬱陶しく感じていた。そして、元々邪悪で通していたはずのこの髑髏が、自分の言うことを表向き忠実に聞いていることへの苛立ちも覚えないわけでもない。

 エルリッチはそんなライフレスの疑惑の目線を知ってか知らずか、恭しく頭を垂れたままその場に黙って立ち尽くしている。無言のままでは時間の無駄だと感じたライフレスは、いち早く質問した。


「エルリッチ、報告はあるか」

「は、何についてでしょう」

「とぼけるな。アルフィリースの監視以外で俺が気に掛けることと言えば、奴の事以外にあるか?」

「はあ、あの小生意気な白い獣ですか。さて、ここ数日とんと見ていませんが、どこにいったのやら」


 エルリッチはややおどけるように答えたが、その態度は余程ライフレスの不興をかったらしい。有無を言わさず圧搾大気ディーププレスで壁に押し付けられたエルリッチの骨が軋んでいた。


「ぐうおおお?」

「舐めた口をきくなよ、白骨風情が。誰に向かってその軽い口をきいている」

「わ、わたしは・・・」


 エルリッチが何かを言いかけたので、ライフレスは圧搾大気の出力を弱めてエルリッチの口を開かせた。


「私は・・・紛れもなく王に仕える下僕にございます。初めて貴方の姿を拝見した時から、現在における世界の情勢を説明したのは誰だと思っているのですか・・・! 私が貴方に仕える気が無くては、どうしてあんなことをしようものですか」

「ふん、それはどうかな」

「私とて・・・私とて一度は魔王として、それもかなり強大な魔王として権勢を誇った身。ただ人に平伏するのは、それなりの覚悟があると思っていただきたい!」


 エルリッチのいつになく強固な発言に、ライフレスは魔術の放出を止めた。エルリッチは軋み一部ひびの入った骨を修復しながら、ライフレスを睨みあげるように見た。


「生意気な骨だ・・・だが俺の部下に惰弱な輩は必要ない。時に俺に噛みついてこそ、俺の部下よ」

「貴方に噛みつこうとは思いません。私では貴方に勝てませんから」

「ふん、ならば勝てる時ならば噛みつく気か」


 ライフレスの意地の悪い質問に、エルリッチは答えなかった。


「・・・まあいい、とりあえずブランシェを探せ。この前はようやく会話が成立する程度にはなっていた。服もまあなんとか布を纏うようになったしな。言葉も話せず服の着方も知らぬ者が俺の部下では、俺の面子がたたん。引き続ききっちり躾ける必要があるだろう」

「・・・おっしゃる通りで」

「すぐに連れてこい。半刻も待たんぞ」

「仰せのままに」


 それだけ述べてエルリッチは姿を消した。ライフレスは人を使って待つことに慣れているのか、ただその身をその辺りの窓際を背もたれにし、目を閉じて休み始めた。本来彼には必要のない動作ではあるが、彼の習慣というものである。

 一方でエルリッチはライフレスから見えない位置に来ると、その拳を壁に叩きつけた。壁の一部が欠け、表情のないはずのエルリッチの顔が険しくなる。


「あの男・・・私が下手にでていれば調子づきおって」

「まったく、その通りだね」


 闇からすうっと姿を現したのはドゥームである。彼は楽しそうな笑みを浮かべると、エルリッチの背後をふわりふわりと浮かびながら回り始めた。エルリッチはこの子鬼の出現にさして驚くでもなく、その存在を受容していた。ドゥームは何かと連絡を寄越す時に出現しており、彼がこの拠点に出現するのはさして珍しいことではない。

 ただ見られてまずいものはこの拠点にはないものの、やはり自分達の拠点に他の者が気軽に表れるのはエルリッチもいい気はしなかった。

 だがそんな配慮などドゥームにはあるはずもなく。ドゥームはいつもの調子でエルリッチに話しかけた。


「大変だね、エルリッチも。我儘な王様のお世話は大変でしょう?」

「ああ、正直うんざりしている。時に殺してやりたいとすら思う」

「でも無理だから我慢していると」

「・・・」


 エルリッチはドゥームの方を無言で睨んだが、事実を言われたのでただ黙っておいた。ドゥームの方はそんなエルリッチの反応を楽しむようにさらに彼に話かける。


「そんならなんであんな男に仕えているのさ。君も死霊の一種だろうに、僕の所に来る方がよっぽど楽しいと思うけどなぁ」

「誰が貴様なんぞに仕えるか。それにあの男を主人と仰いだ覚えはない。いつも私の主人は私だけだ。確かに初めて見た時、あの圧倒的な魔力に理想を見た気はしたが」

「自分の主人は自分だけ。いいね。好きな言葉だよ、それ」


 ドゥームが珍しく感心したように頷いていた。そしてそのままひらひらと高く舞うと、さかさまになってエルリッチの正面に来る。


「でもさあ、それでも形式上はライフレスがご主人様なんだから嘘はいけないでしょう。ブランシェを逃がしたのは、わざとだね?」

「奴が散歩に行きたいと言ったから外に出したまでだ。別段その行き先とか、帰ってこれないとかは知ったことではない」

「ひどい言い訳だね! でもブランシェの行き先については知っているのかな?」

「なに?」


 ドゥームがそっとブランシェの行き先を耳打ちすると、ないはずのエルリッチの表情が見る間に青ざめた気がした。そのままエルリッチはドゥームを無視し、「こうしてはおれん!」とその姿を消したのだ。後に残ったドゥームは腹を抱えながらも忍び笑いをしていた。


「くっくく。なんて間抜けな骸骨だい。野生の動物の本能を舐めているね。あの獣を外に放ったらどこに行こうとするか、全く想像できなかったのかな? あの程度でどうやって魔王を名乗っていたのやら。

 まあここで予想外の歯車が回るかもね。上手くすると、いや、下手するとオーランゼブルの目論見もはずれるかも。ただここはさすがの僕も、まだ今のままの状況が良いんだけどね。こちらもまだ準備ができていないんだから」


 ドゥームは声を立てないように笑いながら、その姿を消すのであった。



続く

次回投稿は、8/23(木)15:00です。

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