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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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初心者の迷宮(ダンジョン)にて、その0~ある少女の末路~

適度にG表現あります。苦手な方はご注意。

 少女はお腹がすいていた。もう随分長いこと何も食べていない。世の中が平和になったと言ったのは誰だったか。皆が豊かになったと言ったのは誰だったのか。だが少女の暮らしはちっとも良くならなかった。


***


 少女が生まれる前には『家』というものが彼女にもあったらしい。一緒に残飯をあさっていた、少女の手を握ってくれている人が教えてくれた。そしてあそこで死んでいるのが僕達のお母さんだよ、と。どうやら彼が少女の『兄』というものらしい。『母』や『死』が何かはわからないが、とりあえず『兄』がどういうものかは、少女には理解できた。お腹が膨れる方法を教えてくれる人だ。とりあえず『兄』と一緒にいるとご飯が食べれる。それだけで少女には十分だった。



―――最近は暑い日が多い。



 最初は何人かでご飯を分け合っていた。でも最近はご飯が上手く手に入らない。段々少女に回ってくるご飯が減ってきていた。だけど少女はこの中で体が一番小さいからしょうがないと言われた。だが少女には何のことか、意味がわからない。『小さい』とはなんだろうか? とりあえず、少女のお腹は膨れない。


「市長は浮浪者を町から追い出すつもりらしい」


 ある日誰かがそういうことを言っていた。残飯の処理をしっかりして、市の衛生面を強化。そうすれば食べ物がなくなった浮浪者達は自然と数を減らす、と。だが少女には何のことか意味がわからない。隣でご飯の心配を『兄』がしている。少女はお腹がふくれないのは嫌だった。

 だけど『兄』は少ないご飯を少女に分けた。『兄』は日に日に元気がなくなる。でも、少女のお腹は膨れなかった。


「妹を守るのが僕の役目だ」


 『兄』は胸を叩いて少女にいつも言っていた。多分『妹』とは自分のことだろうと少女は考える。もっともそれ以外のことは少女にはよくわからない。『守る』『役目』とは何だろう? 相変わらず少女のお腹は膨れない。


***



―――最近は涼しい日が多くなった。



「浮浪者を積極的に追い出すらしい」


 また誰かが言っていた。必要があればその場で処罰を与えても構わないらしい、と。『追い出す』とは何なのか。少女には意味がわからないが、少女が見た『兄』の顔色はいつもより非常に悪かった。

 ある日ご飯を食べに行くと、棒を持った人が追いかけてきた。『兄』はとっさに少女を抱え込んだが、おかまいなしに全員が棒で彼女達を何度も叩いた。少女はあまり痛くなかったが、赤いモノをいっぱい流した『兄』はその日からあまり動かなくなった。


「痛い、痛い・・・妹よ、医者を呼んでくれ・・・」


 『兄』がそう言った。でも何のことか少女にはわからなかった。『医者』『呼ぶ』とはなんだろう?

 

 しばらくすると、『兄』は動かなくなった。少女がゆすっても叩いても殴っても動かない。少女はどうしたらよいかわからなかった。だって何をするかはいつも『兄』が決めていたから。だから少女が考えれること、できることは1つだけ。


「・・・食べれるのかな?」


 しばらくすると悲鳴が周りから聞こえてきた。少女はそのまま引きずられ、外に放り出された。


「貴様、自分の兄になんてことしやがる!」

「それでも人間か!?」

「狂ってやがるそ、こいつ!!」

「気持ちの悪いガキめ、二度と近寄るな!」


 でも何のことか少女にはわからない。


「(動かないモノを××××だけなのに。私にはそれだけしかできないのに。)」


 やっぱり少女のお腹は膨れなかった。


「なんで皆、私の邪魔をするんだろう?」


 少女には理解ができなかった。そして少女は『兄』だったモノから離れて行った。



―――最近は寒い日ばかり。



 少女は最近コツを得た。何かで一番上の部分――彼女に言葉があれば頭、と表現できるはずだったのだが――を叩き続けると、動いていた者が動かなくなる。


「(堅いのでやるとすぐ動かなくなる。動かなければ×××もいいんだよね。それだけは知ってる。)」


 なぜならいつも『兄』がやるのを少女は見ていたから。でも『兄』は小さいモノしか仕留めなかった。


「(どうしてだろう? 大きいとそれだけでお腹が膨れるのに・・・)」


 兄は小さな小動物を仕留めていたのである。だが、少女の空くことなき欲求と、彼女の単純な思考により、対象はより大きなものへ、大きなものへと移って行った。ほどなくして彼女の対象が人間に移る事までに、さしたる時間はかからなかった。

 少女には理解できなかった。それに外は寒いから、赤い液体が温かくて気持ちいいと彼女は思っていた。頭からかぶるとそれだけで幸せな気持ちになれた。『兄』がいた時にはそういった温かさがあったような気がする。

 でも最近は皆少女の姿を見ると逃げだしていた。少女は既に市中で有名になり始めていた。最初は耳を疑った大人たちも、目撃者が増えるに従い警告が市中に出され始めていた。だが少女がそのようなことを知ろうはずもない。


「(いつも追いかけられている気がする。なぜだろう?)」


 少女は悩むが理由はわからない。だが通りすぎる家の鏡に映る彼女の姿は、頭の先からつま先まで返り血で真っ赤に染まり、赤でない部分を探す方が難しかった。本当は血が乾いて黒く変色しているはずなのだが、先ほどとても喉が渇いた彼女は、その辺を悠長に歩いていた女性の喉笛に、しこたま噛みついたばかりだったのだ。そのため体は深紅に染まり、赤い足跡が延々と地面に描かれていた。


「あのバケモノはどっちに逃げた?」

「子どもの姿だからって容赦するな」

「見つけたら即座に斬ってもいいそうだ」

「この前なんか墓場で―――」

「隣のゼラの子どもなんか生まれて1年経ってなかったんだぞ―――」

「この前は花屋の番犬を―――」


 それでも少女には追いかけられる理由はわからなかった。 


「(お腹が膨れるほどには×××ないのに・・・)」


 少女には理由がわからなかった。悩んだ結果、自分だけがごちそうにありついているから皆が怒るのだと思い、仕留めた獲物を×××途中で他の人に差し出したが、その場にいた全員が一斉に悲鳴をあげて逃げ出した。だがどうしてそうなったのか、少女にはわからなかった。


***


 ある日少女は後ろから突然殴られた。頭が痛いし、なんだか赤いモノがいっぱい流れてくる。それに段々少女を叩く人が増えていた。少女はせいいっぱいの悲鳴を上げたが、彼女がぴくりとも動かなくなるまで誰もやめてはくれなかった。


「これであの子の仇を・・・」

「これからは落ち着いて寝られるな」

「全くとんでもないガキだ!」

「いや、悪魔だよ。まさか人間を×××なんて信じられない・・・」

「こんな子どもがどうして・・・」


 街の住人には少女が殺し続けた理由がわからなかった。だが少女にも理由は分かっていなかった。誰も、何も少女に教えることはついになかったからだ。彼女は倫理、モラルというものを、ついに死ぬまで教えられなかった。ただ彼女は一つの要求に従って動いただけ。『食欲』という。


***


 その日から少女は自由に動き回れるようになった。よく自分を見ると、ふわふわと空中を飛んでいる。壁もすり抜けられる。でも誰も少女に気付かないし、彼女もまた誰にも触れることができない。


「(こんなにお腹が空いているのに・・・)」


 どうやったら少女のお腹は満たされるのか。少女にはもう何もわからなかった。

 


―――そのうち暖かい日が来て、やがて暑くなり、また寒くなる。それを何回繰り返しただろう。



 相変わらず少女のお腹は空いている。それでも誰にも触れない。どうしたらいいのか、少女にはまだわからない。そんなある日。


「へー、キミ、そんなガキで悪霊になるなんて大したもんだ。悪霊としての力はまだまだ無いみたいだけどね」


 少女を見てニヤニヤ笑う少年。『兄』よりも大きい。少女に話しかけることができた存在は初めてだった。


「キミは何かしたいことあるか? 僕でよければ手伝うけど」


 少女は少し考えたが、どうせ考えることは一つしかないことに気が付いた。


「・・・・・・・・・お腹いっぱい食べたい・・・・・・・・・」


 その言葉を聞くなり、ニヤリと少年は歪んだ笑みを浮かべた。


「なら、それができそうな奴の所へ連れてってやる!」


***


 それからどのくらい経ったのかわからないが、少女が気が付くと元の場所に戻っていた。少女はもう飛んだり壁をすり抜けたりはできないけど、今度は色んなものに触れるようになっていた。

 少女の視界の端にふと人をみかけたので近寄ったが、いやに人が小さく見える。あれは『大人』っていうものだから、自分より大きなはずなのにと少女は不思議がり、さらに近寄ろうとするとくるりとその人が振り向いた。その瞬間、


「ひっ・・・いやぁぁぁぁー!」

「な、なんだ!? バケモノだー!」

「うわ~! 助けてくれ~」

「誰か自警団を呼んで来い!」


 なぜか小さい人達が逃げ惑う。だが少女にはよくわからない。とりあえず一人捕まえようとするが、少し触ると吹き飛んでピクリとも動かなくなってしまった。よくわからないが本能に従い、ソレを×××してみる。


「な、なんだあのバケモノ・・・人間を××××ぞ!」

「に、逃げろー」


 ちっともお腹が膨れない。どうしてだろう? 


「あ、そうか。私が大きくなったから、量が足りないんだ」


 少女は手当たり次第に人を捕まえ、××る。しばらくすると剣や槍を持った人たちが少女に斬りかかってきたが、今度は全然痛くなかった。もはや殴られてうずくまる必要もない。それに少女が少しなでると、小石を転がすようにみんな吹き飛ぶ。少女はとても面白かったが、少女に勝てないとわかると皆さっさと逃げ出してしまった。

 後には動かなくなったモノがいっぱいある。


「もう終わり? つまらない・・・でもとりあえずいっぱい×××してもいいのかな??」

 

 動かなくなったモノを次々と×××みる。今度は誰も止める人がいない。どれだけ×××しても怒られない、殴られない、遠慮をしなくていい・・・なんて楽しいんだろう!?

 少女は手当たり次第に動かなくなったモノ、いや動いていようがお構いなく××始める。そして周囲が血と悲鳴で満たされていく惨状を楽しそうにみつめる少年。


「どう? 満足したかい?」


 その少年は興味深そうに尋ねる。少女は少し考えて正直に答えてみた。


「・・・・・・全然足りない・・・・・・」


 その答えを聞いて少年は最初目を丸くしたが、しばらくして腹を抱えて笑い始めた。


「プッ、ククク・・・アハハハハハ! キミは面白いなぁ!」


 ひとしきり笑い終えて少年は続ける。


「あー、面白かった。キミを気にいったから僕の部下にしてあげるよ。僕は女の子は好きだしね! まあガリガリなのがなんだけど・・・女ってのは容姿よりも、一緒にいて面白いかどうかが重要だ。ちなみに名前はあるかい?」


 少女はふるふると首を横に振った。そういえば誰も少女に名前をつけてくれなかったのだ。


「そうか。じゃあ『マンイーター』でどうだ?」

「よくわからないけど、沢山たべていい??」

「いいとも! 満足いくまで、ね・・・ククク、アーハハハハ!」

「・・・あなたの名前は?」

「うん、僕かい? 僕はドゥームっていうんだ!」


 そして少女はその少年についていくことになった。きっとこの人が新しい『兄』というものなのだろう。

 それよりも。もう我慢しなくていい、お腹が満たされるかもしれない。少女にはそう考えられるだけで十分だった。



続く


次回投稿は11/16(火)12:00です。



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