復讐者達、その6~望まぬ依頼~
***
「アルフィリース!」
「う・・・何?」
翌日、アルフィリースは怒鳴り込んできたラインの声で目を覚ました。アルフィリースはまだ重たい瞼をこすりながらベッドから起き上がった。寝巻代わりのインナーを身に着け、下は下着だけのアルフィリースだったが、ラインはそんな彼女の格好にも目をくれず、声を荒げていた。
「今宿にこんな手紙が届いたぞ! お前、ミューゼ王女の依頼を受けたのか!?」
「う・・・そう、だったっけ?」
「寝ぼけるな!」
ラインはまだ頭のしゃっきりとしないアルフィリースの肩を揺さぶり、強引にその目を覗き込んだ。
「俺達は王女の依頼を受けないことで一致したはずだ。その意見を聞くのも聞かないのも、団長であるお前の判断なのはいい。だがこの依頼はまずい。一歩間違えれば、一国のお家騒動に巻き込まれかねん。そんな一大事に関わるには、俺達には年季も準備も足りなさすぎる。どうしてこの依頼を受けたか、納得のいく説明をしてもらおうか?」
「う、ん・・・そういえば・・・なんでだっけ?」
「おい? お前、いい加減に目を覚まし――」
「少し、よいですか?」
ラインを押しのけるように姿を現したのはラーナである。彼女は昨日ラキアが迎えに行ったのだが、ラーナがアルネリアのどこにいるのかわからなかったので、ラーナを探すうちベグラードに戻ってくるのが夜半になったのだ。ラキアの目は人と比べ物にならぬほど良いのだが、それでもアルネリアは広く夜目は利かないし、夜中では精霊に尋ねながら探すのも一苦労である。
ラキアがラーナと共に帰ってきた時にはアルフィリースは既に就寝していたのだが、ラーナが不自然に挨拶に行こうとするのを、ラキアが強引に止めて事なきを得たのだった。ちなみにラキアが止めていなかった場合、どのような事が起きたかは定かではない。
そして朝になり、ラーナはラインのずかずかと歩く大きめの足音に反応して、顔を出したというわけだった。そのラーナはアルフィリースの顔を覗き込むと、真剣な目でその目をじっと見つめていた。アルフィリースといえば、いまだに呆とした顔でされるがままである。
しばらくそのままで動かない二人にラインが苛立つ。そうする間にもほかの仲間たちはアルフィリースの部屋に集まってきていた。ラインの声は他の部屋にも聞こえていたのだ。
「ラーナ、どうした? 何があったんだ? だいたいどうしてここに――」
「質問は一つずつ。まずアルフィリースを正気に戻しましょう」
ラーナはアルフィリースに自分の指をくわえさせると、その額を合わせて何かを呟きながら、カッと目を開いた。
するとアルフィリースの頭がばちんと何かに弾かれたようにのけぞり、ラーナは同時に自分の指を引き抜いたのだ。その指先には黒い小さな蛇がかみついており、軽く血が滴っていた。
ラーナの指にかみついた蛇を見て、全員がぎょっとする。
「ラーナ、それは?」
「魔術の一種です。おそらくはアルフィリースに気が付かれないように仕込んだのでしょう。アルフィリースは直接物理干渉する魔術、いわゆる攻撃のための魔術は得意ですが、こういった間接魔術は苦手ですから。もっとも、魔術を正式に習う者はこういった呪い的な魔術から習うのですけどね」
「と、なると怪しいのはミューゼ女王陛下ですか」
リサの言葉に全員がリサを見る。その隣では戸惑うエクラと、口惜しそうにするラインがいた。
「くそ、やっぱり裏があったか」
「女王様が、そんな・・・」
「落ち着いてください。まだ女王陛下の魔術と決まったわけではありません。あくまで可能性の問題です。警戒すべき相手だとは思いますが、まだあらぬ疑いを持って向こうに気取られる方がもっとまずい」
「リサの言う通り。必要があれば調べるだけ」
ルナティカの言葉に、全員が納得した。そしてベッドからは後ろに弾かれたアルフィリースが起き上がってくる。
「う~、まだ頭がくらくらする。そんなに飲んだ覚えはないのになぁ」
「気付けの水を用意しましょう。酒はともかく、ミューゼ女王との会食で、何か変わったことはありませんでしたか?」
ラーナが水を用意しながら、その中に特製の粉薬を混ぜる。二日酔いなども含め、覚醒を促す薬だ。アルフィリースがその水を飲み干すと、徐々に目に光が戻ってきた。
「変わったこと・・・特になかった気がするわ。別段怪しい素振りはなかったし、食べ物も変な味はしなかった。私も警戒はしていたのだけどね。毒や意識をもうろうとさせる薬に関しては、師匠からある程度試されているわ。一通り、この大陸の薬学書で知られるような物は、舌先だけで判別がつくはず」
「さらに言うと食べ合わせでそれらの風味を隠すことは可能ですが、相当に高等な技術です。どちらにしても暗黒魔術の業ですね。本当に、他に何かありませんでしたか? どんな些細なことでもいいのです。何かしら違和感を感じたとか」
「違和感・・・そういえば」
アルフィリースはミューゼを見た第一印象を思いだす。ミューゼの華美な装飾にも違和感をおぼえたのだが、庭の様子も気になった。対称な構造をしておらず、庭の切込みから柱の配置まで何かと違和感を覚えたのだ。最初こそ居心地の悪さを感じたものの、席に座るとその違和感は不思議と消えた。ゆえにアルフィリースはあまり気にも留めていなかったのだが。
「庭には入った時に違和感を覚えたわ。ミューゼ王女の装飾にもね」
「装飾。具体的にはどのような?」
「やたらに派手だった。それに金と黒が多かったわ」
「金と黒・・・他には?」
「そうねぇ。会話にかみ合わないことが多かったかな。私が会話のペースに乗せられているだけかと思ったけど」
「かみ合わない会話・・・」
ラーナが何事かを考えているときに、リサがちろりと目線をルナティカに配った。ルナティカはリサの視線を感じると、部屋の扉を素早く開いて外にいる人物を捉えたのだ。
ルナティカが連れてきた人物はハウゼンだった。ルナティカはハウゼンの両手を後ろ手に拘束し、部屋の中に連れてきたのだ。
「婦女子の部屋を盗み聞きするつもりはなかったのだが、そろそろ離してもらえないかな?」
「リサ?」
「構いません。エクラの父君ですし、この国の宰相閣下に無礼になるでしょう」
ルナティカはリサの言葉にその手をあっさりと放した。ハウゼンの手には多少なりとも跡が残っており、ルナティカの力の強さをうかがわせるものだった。その手をハウゼンは軽くさすると、アルフィリース達を一通り見まわし、昨日までいなかったラーナに目をつけた。
「そちらの御嬢さんは昨日までいなかったようだが?」
「父上、彼女はラーナというアルフィリースの仲間です」
「仲間を連れてくるのは構わないが、私に一言断わってほしいものだな。一応この館の主人は私なのだからね、エクラ」
「すみません・・・」
申し訳なく頭を項垂れるエクラの頭に優しく手を置き、ハウゼンは進み出た。そしてラーナに向かうと、彼女にも優しく語りかけた。
「さて、おそらくは魔女であろう少女よ。先ほど興味深いことを口にしていたようだ。ミューゼ女王陛下が暗黒魔術を使うとか?」
「よく私が魔女と分かりますね。正式には見習いですが」
「魔女と話すのは初めてではない。この国には爆炎の魔女グランシェルという者が時に訪れる。私は宰相だからな。そういった者と話す機会もあるのだ」
「自己顕示欲の強い魔女もいたものです。それでミューゼ女王陛下が暗黒魔術を使うとおっしゃいましたが、私はそこまでは言っていません。あくまで可能性の話です」
「ふむ。結論から言うと、彼女は魔術士だ。それも、それなり以上に高位の」
ハウゼンの言葉に、全員がぎょっとした。ミューゼが魔術士であることにも驚いたが、まさかハウゼンがそれをあっさりと漏らすとは思わなかったからだ。
逆に不審に思ったリサがうさんくさそうにハウゼンを眺める。
続く
次回投稿は、8/15(水)16:00です。